シエスタの供に終末論を


 僕らは今、二人並んでソファに腰かけ、静かな音楽を聴いている。
 お洒落なカフェや美容院で流れていそうな、ゆったりしたテンポの落ち着いた曲だ。
 彼女はいつもの冷艶とした表情で音楽に没頭していたが、突然口を開くとこんな質問を投げかけてきた。
「世界が終わる時、あなたはどこにいる?」
 唐突に、彼女はそう口にした。
「……どういうことです?」
「言葉そのままの意味よ。もしも、今日で世界が滅んでしまうと知ったとしたら、あなたはどこで一生を終えるのかしら?」
「逃げるという選択肢はないんですか?」
「ifの話よ。世界の終わりを受け入れ、死を迎えるとしたらどこにするのか、という質問」
 この人は、本当によく分からない人だ。思考も価値観も疑問も人と違う。
 1995年という世紀末ゆえに、自然とそんなことを考えたのかもしれないけれど。
「……世界の終わりが来た時にしか分かりませんよ」
 素っ気ない返事をしてしまっただろうか、という僕の心配は杞憂だったようで、彼女は気を悪くした様子もなくからからと笑った。
「荒井くんらしい答えね。でも、質問にはちゃんとした答えを返すものじゃない?」
「さっきの質問、岩下さんならどう答えるんです?」
「決まってるわ。その時、一番一緒にいたい人と過ごすの。そして、愛を囁きあって眠るように人生の幕を下ろすのよ」
「具体的ですね」
「あと六年で20世紀が終わってしまうのだもの。いつ世界が終焉を迎えてもおかしくない頃合いよ? 考えておいた方がいいでしょう」
「ノストラダムスが予言したのは、1999年ですね。あと四年です」
「そうね。まあ、二年違うだけでほとんど同じようなものじゃない」
 1999年、地球が滅びる。
 初めて聞いた時は、他愛のない与太話だと思った。
 だけど、日が経つにつれ、まんざら虚構だとも思えなくなっていた。あと五年、四年とカウントダウンされるたび、本当にこの世界は終わりを迎えるのではないか、と危惧する僕がいた。
 大地震か、津波か、はたまた戦争か。あるいは隕石が落ちるのか。
 もしかしたら、落書きを消したように四十六億年の歴史が「なかったこと」になって、世界が終わったという認識すらできずに僕らの存在は無くなっているのか。
 学校生活の片隅で、気づいたら僕はそんなことを考えている。
「……世界の終わり、来てほしいですか?」
「え?」
「僕は嫌です。仮に1999年に世界が終わるとして、その時僕は二十一歳です。成人式を終えたばかり、まだ大人の楽しみも味わっていない頃に死んでしまうなんてごめんですよ」
「……そう。そうね。でも、大人になったら辛い事が増えるわよ? 自殺したくなるほどの、苦しい境遇に落とされるかもしれない」
「その時はその時です。苦しいことも楽しいことも、全部ひっくるめて僕の人生です。苦しい事を味わえないということは、楽しい事も味わえないということです。……そういう理屈を抜きにしても、世界が終わるのはやっぱり嫌です」
「――ふふ」
 目を細め、口で曲線を描いて、彼女は笑った。モナリザにも似た、少し気味が悪く美しいアルカイックスマイル。
「あなたはそう思うのね、荒井くん」
「そう思いますね。今は」
 彼女は、質問に答えるわね、と律儀に前置きし、話し始める。
「世界の終わり、来てほしくはないわ。だけど、もし四年後に世界が終わる日が来たとしても、私はその事実を受け入れる」
「……怖くは、ないんですね」
「ええ。怖くはないわ。でも思うでしょうね……少し早すぎるって」
 目を伏せ、憂鬱な面立ちで呟くようにそう言った。
「ねえ、荒井くん」
「なんですか?」
「一緒にいて頂戴ね。世界が終わる瞬間まで」
「……岩下さん」
 そっと、僕の肩に頭を預ける彼女を見て、何も言えなくなった。
「眠くなってきちゃった。少し寝るわね」
 うつむいた彼女の表情は見えないが、静かな息遣いが耳に入り込んでくる。
 ……いきなり寝るなんて、まるで子供みたいだ。僕まで眠くなってきた気がする。僕はソファーに被せてあった毛布を手に取り、彼女と自分の体にかけた。
「……おやすみなさい」
「……おやすみ」
「ずっと一緒にいますよ。世界が終わっても、ずっと」

 寝息をBGMに、僕は睡魔を引き連れて夢の中へと落ちる。
 この夢のあとには、どんな世界があるのだろう。変わらぬこの世界か、それとも――彼女か僕のいない世界だろうか。
 離れてしまわないように、僕は彼女をそっと抱き締めた。


Dreaming

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