猴頭−猿の脳味噌−

 冷ややかなその一言が放たれ、バールの先端が私の脳天を直撃する寸前、私は千枚通しでバールを防いだ。
 さすがに叩き落とすことはできなかったものの、何とか致命傷を避けることはできたようだ。
 私はそのまま新堂さんから距離をとり、出方を伺う。
「福沢から奪ったやつか、それ」
「…そうです」
「あいつ、失敗したんだな…。まあ一年だし、失敗するのも無理はないか」
 新堂さんは動かない。どうやら私と考えている事は同じのようだ。
「福沢が死のうがどうでもいい、お前みたいな人間がのうのうと生きてるのは気に食わねえ。せめて相討ちになってればよかったんだがな」
 私の背後で扉が開く音がした。岩下さんの姿が見えないから、多分彼女が出て行ったんだろう。
 どうやら早々に飽きられてしまったらしい。
「…邪魔が消えたな。これで集中できる」
 そのセリフを最後に、新堂さんの目が変わった。見た目がどうこうではなく、雰囲気が変わった。
 私が動くより先に新堂さんの足が前に出て、そのまま加速した体が一気にこちら側に押し寄せた。
 殺意を目いっぱいに含んだ眼差しが私を射抜く。伸びたバールが私の顔を捉え、一片の躊躇もなく襲い来る。
「うっ…わっ」
 私は必死に体を折り曲げ、間一髪で回避した。
 つんのめりそうになりながら体勢を整え、とりあえずベッドの方に逃げる。
 追ってくる新堂さんを目で追いつつ、シーツを手繰り寄せタイミングを待つ。
 そして、新堂さんがベッドを乗り越えたのを合図に、私は持っていたシーツを放り投げた。
「ぐっ」
 くぐもった声がして、瞬く間に新堂さんが白い布に覆われた。
 当然、すぐに取り払われてしまうだろう。私はその隙を見逃さずドア付近まで走り、持ちうる最高の速さでドアを閉め、鍵をかけた。
「てめえ!」
 体当たりでもしたのか、ドカンと大きな音がしたが、もちろんドアが開いたりはしない。
「ふうーっ…」
 何とかうまくいったようだ。まともにやりあっても多分勝ち目はないし、こうするのが正解だっただろう。…多分。
 さあ、ぼうっとしてはいられない。他の部員がここにやって来る前に、どこかへ行かなければ。

 ―――その時、耳をつんざく音がして、私の足元にガラスの破片がキラキラと散らばった。
 慌てて頭を上げると、割れたガラス窓からバールの赤と新堂さんの顔が見えた。
「あんなので俺を閉じ込めたつもりかよ。ちんけな真似をしやがる」
 窓に残ったガラスを残らず落として、新堂さんがにゅっと窓枠から這い出てくる。
「言ったろ、殺す気は変わらねえってよ」
 窓を割って脱出する程度には冷静さが残っていたらしい。
 …まずい。逃げたら即座に追いつかれるだろう。かといって正面から戦うのはもっとまずい。力負けして殺されるのがオチだ。
 どうする?
「死ね! 今度こそな!」
 先に動かれた。もう考えている暇はない、とにかく避ける。
「ちょこまかすんじゃねえっ!」
 怒号と共に振り下ろされるバールの攻撃を、私はがむしゃらに避けた。
 このままでは追い込まれることは分かっている。体力が尽きれば私の負けだ。
 一か八かで、私は千枚通しを振り上げた。
 しかし、それは当然届くことはなく、いとも簡単に掴まれた。
 まさに赤子の手をひねるといった感じで。
 千枚通しを握ったまま、新堂さんが不敵に笑う。
「おしまいだ」
 そして、右手のバールが横に薙がれ、腕の骨が砕かれる―――
 寸前で、手を放した。
 当たるべき箇所を失ったバールは、そのまま速度を落とさず流れていく。
 驚愕の表情を浮かべた新堂さんを見据えながら、ポケットの中をまさぐり、すかさず目的のものを取り出して、隙だらけの彼に突き刺した。
「ぐっ」
 速攻で引き抜き、こちらを向いたその顔を斬りつける。
 躊躇すればすかさず反撃されるだろう。
 私は気が狂ったようにデザインナイフを振り回した。
 ―――気が付けば、目の前にうずくまった新堂さんの姿があった。
 カッターシャツも廊下も、滴り落ちた血液で真っ赤っかだ。
 出血と痛みのせいで動こうにも動けないのか、新堂さんは顔を押さえたまま。
 傍らに転がっていたバールを拾い上げ、デザインナイフを仕舞っても、起き上がる気配すら見せない。
「はあ…」
 危なかった。もし新堂さんが私の腕を掴んでいたら、ゲームオーバーだった。
 とりあえず、千枚通しはやめにして、これからはバールを使うことにしよう。
 そそくさとこの場を去ろうとした時、新堂さんが蚊の鳴くような声を出した。
「おい、お前………これで済んだと思うんじゃねえぞ」
「は、はあ」
「教えといてやる。俺たちの中では、日野を除けば岩下が一番厄介だ。あいつはすぐに手のひらを返すぜ。あんな事言われて油断してたら、ぶっ殺されるぞ」
「……」
「せいぜい足掻いとけよ。お前はどうあっても、殺される運命にあるんだからな。その時、俺はお前を指さして笑ってやるぜ」
...
Top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -