鹿肉塩肴肉−手製塩漬け鹿肉のテリーヌ−

 いやが上にも緊張が高まる。この人、福沢さんよりも危険そうだ。雰囲気からして危ない。あー、やっぱり保健室に来たのはまずかったかなあ。
「田口さん」
「は、はい。何でしょう?」
「隣、いいかしら」
「へ………あ、はい、どうぞ」
 …何を言ってるんだ? この人は。私を殺しにきたんじゃないんだろうか。
「あの…」
「どうして殺そうとしないのかって、言いたいんでしょう」
「……ええ、まあ」
「今回、あなたを殺すことについては、私は賛成ではなかったわ。あなたは私を裏切ったわけではないから」
「…はあ」
 だからこの人だけ、他のメンバーに比べて動機がぞんざいだったのか。
 岩下さんは足を組んで優雅な姿勢をとると、私が左手に握っている千枚通しに目を留めた。
「…それ、福沢さんのよね」
「はい、そうです」
「彼女を追い払ったということよね……殺したの?」
「足を滑らせて階段から落ちました」
 一瞬、岩下さんは面食らったような顔をした。
「彼女が、そんなドジを踏んだというの?」
「本当ですよ。まだ気絶してると思います、部室棟の踊り場で」
「…そう、そこまで言うなら信じるわ。よかったわね」
「何がですか?」
「あなたが嘘をついていたら、あなたを殺す理由が出来上がるわ」
 どうやら、地雷を踏むのは避けられたようだ。命拾いした。
「私を殺さないんですか?」
「今の私にはあなたを殺す理由がないもの。理由もなく人を殺すのは、ただのケダモノでしょ?」
「私が質問に曖昧に答えたから、殺したいんじゃないんですか?」
「そんな理由、日野君が無理矢理つけただけよ。私の本意じゃないわ」
「そうなんですか……」
 そっとベッドから立ち上がっても、岩下さんは追って来ようとはしなかった。
「…本当にいいんですね?」
「いいわよ。他の誰かに獲物を譲ったと言えば、日野君も咎めたりはしないわ」
 あー、理性的な人で助かった。どうやら殺人クラブも一枚岩じゃないようだ。おかげで敵を増やさずに済んだ。
「どうも、見逃してくれてありがとうございます」
「まあ頑張ってちょうだい。殺されずに私たちから逃げ切るのは難しいけれど」
 最後に嫌な言葉を残してくれた。ぐう、そんなこと言われるともうすぐ死にそうに思える。
 ともかく、もうここに残る理由はなさそうなので、どこか別の場所へ逃げるとしよう。
 そう思ってドアを開けようとした瞬間、触れてもいないのに勝手にドアが開いた。

 背の高い男が立っていた。
 あの怖そうな人―――確か新堂さんとか言ったっけ―――私がそう気付いて数歩後ろに下がった刹那、手に持ったバールをちらつかせる。
「…岩下、何でお前もここにいる」
 先輩×2VS私。何という不運だろう。まさか岩下さんはこれのことを言っていたのか?
 ふと岩下さんの方を振り返ると、彼女はどうでもよさそうな目で新堂さんを見ていた。協力する気はさらさらなさそうだ。
「ゆっくりしてる場合かよ。獲物を横取りされてもいいのか」
「獲物? 何か勘違いしているみたいね。私は彼女を殺す気はないわ」
「はあ? まさか見逃すのか」
「見逃すのではないわ。譲るのよ」
「俺に? …何のつもりだ」
「私にはあなたを殺す理由がない。さっきこの子にそう言ったのよ。だから私はこの子を殺せない」
「そうかい。じゃあ、遠慮なくいただくぜ」
 バールが持ち上がる。
 狂気の表情で向かってくる新堂さんを、私は見つめた。
「俺はこいつとは違うんでな。お前に何を言われようが、殺す気は変わらない。 じゃあな、死ね」
...
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