美層青竜蝦−シャコの重ね蒸し辛みソースかけ−

 濃紺の絵の具で塗ったかのような廊下。響く足音は普段より大きく反響している気がする。
 窓からは何も見えず、非常灯の緑色の光がぼんやり映っているだけ。
 ……いいなあ、この緊張感。サバイバルゲームでもやってるみたい。
 しかし、一応生命の危機に瀕しているのだから、気を引き締めていこう。
 私はスカートのポケットに手を入れた。
「よかった、取られてないみたい」
 銀色の鋭い刃がついた美術道具。デザインナイフというやつだ。もちろん私物である。もしもの時のために携帯しておいたのが功を奏した。
 けれど、これだけでは心もとない。武器を探さなくては。
 とりあえず、私は職員室に行くことにした。



 美術室、木工室、被服室………鍵をいろいろ揃えておいた。これで何かあっても大丈夫。
 職員室を出て、さあどこに行こうかな。
 よし、木工室にしよう。金槌とか釘抜きとかあるに違いない。
 そうと決まれば早速、木工室へ!
「あ、見つけた」
 …なんて、簡単に行かせてもらえないみたいだ。
 数メートル離れた位置に、目を爛々と光らせた福沢さんが立っている。鼠を見つけた猫のような顔だ。
「ラッキー、私が一番乗りだよね」
「…うん、そうだよ」
「こんなに早く見つかっちゃうなんて、真由美ちゃんもツイてないねぇ。あーでも、殺人クラブに狙われた時点でツイてないって言えるかな」
「あはは…」
「あははじゃないよ。あのさぁ、あんた今死にそうになってんだからね。もうちょっと緊張すれば?」
 福沢さんは猫の眼のまま、じりじりとにじり寄ってくる。
 こんな風に近づいてくるってことは、遠距離から攻撃するタイプの武器じゃないってことかな。
 考えている間に、もう福沢さんとの距離はだいぶ縮まっていた。その時一瞬、福沢さんの口角が吊り上がる。
「まあいいや、もう死んじゃえ」
 振りかぶった右手には、大振りの千枚通しが―――。
 それを確認し、横に移動してかわす。何とか攻撃はそれたようだ。一滴の血も流れていない。
「……なに逃げてんのよ」
「だって、逃げないと死んじゃうしさ」
 さっきまでの笑顔から一転、福沢さんは不愉快そうな顔でこちらを睨みつけて、また千枚通しを構える。
 あんなもので刺されたら無事じゃすまないだろう。痛そうで怖いけど、このスリルがたまらなくゾクゾクする。
「ムカつく。私、あんたみたいな奴が大嫌いなのよ。人のもの勝手に取ったくせに、ふてぶてしい……」
「ごめんね。私のシャーペンとそっくりだったから、間違えて……」
「うるさいな、ごめんで済むなら殺人クラブは存在しないのよ!」
 福沢さんの刺々しさは、猫から豹のそれへと変化した。本気で私を殺そうとしている。
 たかがシャーペン一本で、よく人を殺そうと思えるものだ。
「…面白いなあ」
「はぁ?」
「私、あなた達みたいなのを待ってたんだよ。こんなにスリリングな遊びを提供してくれるなんて、最高だよ」
「…何言ってんのよ……、バカじゃないの?」
「絶対に生き残らなきゃ。殺されたくない、少なくともあんたなんかに」
「………きゃははははは、あはははは! ホントに何言ってんの? おかしくなったんじゃないの? そんなに死にたくないんだ、ふーん」
 千枚通しが突き出される。
「殺されて当然なの、あんた」
 避けたつもりだったけど、その刃は右手の甲にかすり、皮膚を少し抉り去っていった。
「あ」
 そうだ。この負傷を利用しない手はない。
 私は踵を返し、廊下の向こうへ疾走した。目指すはこの下、保健室だ。
「きゃはは! だからぁ、逃がさないってば!」
 負けじと福沢さんも走り出す。彼女のかなり先を走り、そして階段へ―――。


 下校時刻を大幅に過ぎた今、階段は真っ暗闇だ。非常灯が付いているけど、目が慣れないうちはなかなか視界が開けない。
「隠れても無駄だってば………いるのは分かってんだからね」
 一歩踏み出したその足を、私は見逃さない。すぐさま自分の足を出し、横に薙ぎ払う。
「えっ……」
 階段の上にあるはずだった足は中空に投げ出され、足場を失った福沢さんの体はぐらりと傾いて。
「きゃぁああああっ!」
 金切声を上げつつ落下した。
 幸いと言っていいのか、どうやら脳震盪でも起こしているらしく、身動き一つしない。
 落下場所まで降り、呼吸しているのを確かめると、靴下を脱がせてそれで手足を縛っておいた。ついでに千枚通しもゲットした。
「ふう」
 デザインナイフより威力がありそうだけど、大きいからポケットに入らない。
 とりあえずこれをメインの武器にして、サブでデザインナイフを使うとしよう。場合によっては使い捨てもありえる。
 さて、どこへ行こうか。千枚通しが手に入ったので、武器の調達も先送りですみそうだし…。
「あ、そうだ。怪我してたんだった」
 絆創膏でも貰いに行こう。この先、負傷するかもしれない。
 保健室の鍵があることを確認して、私は階下に急いだ。


 ***


 鍵は難なく開き、保健室のドアが開いた。
 当然、中には誰もいない。ほっと安堵した私は救急箱をあさり、絆創膏数枚と包帯一つを貰っていくことにした。
 さてこれからどうするか、とりあえずベッドに腰かけて一息ついた丁度その時、ドアがガラガラと音を立てた。
 思わず何事かと顔を上げると、長い黒髪の美人がいた。…すごい美人が。
「あら」
 名前は……確か岩下さんって言ったっけ。
「まさかこんな所にいるなんて、思いもよらなかったわ。戦士の休息かしら? 田口さん」
 黒い髪と黒い瞳の、ちょっと不気味な美人―――岩下さんはこちらにゆっくりと近づいてきた。
 しかしその容姿ではなく、右手に握られたカッターナイフに、私の目は釘付けになっていた。
...
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