星合は二人きりで


 七夕の日は、天上に住まう織姫と彦星が出会いを許される日であるという。
 しかし、太陽暦が使われるようになって百幾年、七月七日の日は高確率で雨が降るようになり、夜闇を忘れた街でベガとアルタイルは見えなくなった。そんなわけで、七夕祭りと洒落込む気など私にはない。
「…はぁ」
 せっかくの七夕だというのに、今年も空はどんよりしている。まあ、星の世界じゃ地球の天気がどうなろうと関係ないのだから、織姫と彦星は今年も変わらずランデヴーを楽しんでいることだろう。
 さっさと帰って創作活動するに越したことはない。そう考え靴箱を開けた私の目に、革靴の上の白い封筒が飛び込んだ。裏面には妙な形のアルファベットで『MAZAKA』と記されている。
 …あの変人が、また何か変な物をよこしてきたようだ。(宇宙からのメッセージとでも言いたいのか?)
 私は同級生に見つからない内に学校を出て、駅で電車を待つ間にそれを読むことにした。律儀にも日本語で書かれたメッセージ、その内容はというと、
『地球人へ
ハローCQ。今夜8時に君を迎えに行くから待っていてね。
スンバラリア星人より』

***

「家族に怒られないの?」
「明日は土曜日だよ。学校も休みだし、文句を言われる筋合いはないさ」
 スンバラリア星人こと風間は呑気な口振りで言った。荷台に私を乗せているのにぐらつきもせず、涼しい顔と口調で自転車を漕いでいる。
「こんな時間に呼び出したりして…言いくるめるの大変だったんだから」
「へえ、そりゃまた。なんて言い訳したんだい?」
「友達とテスト勉強。ちょっと怪しまれたけど、期末テストが近いから信じてくれた」
「ふーん。君がテスト勉強ねえ。君が」
「そんなことより、送ってくれるんでしょうね」
「もちろん。レディーを誘ったからにはきちんと責任を持って送るのが紳士の常識さ」
「どの口が言ってんのよ…。で、どこに行くの?」
「あそこの山」
 風間が指したのは、山と言うよりは丘といった感じの地帯だった(正確な名前は知らない。竹藪が広がっていて、たまに筍が生えていたりする)。
 男女二人だけであんな暗い場所に行くのは危険かもしれないが、相手は風間。何かしてこようものなら遠慮なく抵抗できるので安心だ。
 
 自転車が丘の前に着いた時、周囲はとっぷりと暗くなっていた。街灯が唯一の光と言ってもいい。
 リュックサックをごそごそしていた風間が懐中電灯を手渡してきた。
「ほら、これ持って」
 こいつも以外と要領いいんだな、などと考えながら、風間に手を引かれて丘を登る。予想した通り急斜面などは全くなく、終始なだらかな坂が続く穏やかなルートだ。
 草の匂いとムシムシする熱気が肌を湿らせる。握った手がじっとりと汗をかいているのに気付いて、思わず胸が鳴った。
 そんな乙女心を華麗に無視したように風間がいきなり手を離し、それを背中に回したのと同時に視界が開ける。
「着いたよ、真由美」
「え……あっ」
 竹藪の中から見上げた夜空はすっかり晴れていた。天の川は見えないけれど、雲母のような星に交じって一際明るく輝く星が見えている。
「ベガ? それともアルタイル?」
「違うよ、北極星だ。ベガもアルタイルも今の季節はよく見えないのさ」
 …牽牛星か織女星だと思ってワクワクした自分が恥ずかしい。
「旧暦の七夕なら見えるよ。はい、真由美」
 風間が差し出した手に紙切れが挟まっていた。夜目でも色がついていると分かるそれは、誰がどう見ても短冊だ。
「願い事を書くの?」
「短冊っていうのはそういうものだろ? 笹もあるんだから、ここで書かない手はないよ」
 続いてリュックサックからマジックペンを出し、何やら書き始めた。
 何を書くのやら、と思って覗きこもうとした途端、風間は気味が悪いほど俊敏な動きで短冊を隠してしまった。
「ちょっと、見せるぐらいいいでしょ」
「まあ待ちたまえ。これは人に見せてしまうと願いが叶わなくなってしまう。だから君が書いた短冊を僕に見せなさい。そうすれば大丈夫、ノープロブレムさ」
「もう、ああ言えばこう言う…」
「ほらほら、君も早く願い事を書くんだ! 急がないと見せてあげないぞ」
 言いなりになるようで悔しいけどしょうがない。大人しくマジックペンを受け取り、適当な願い事を考えて短冊に書き記した。
 書いたよ、と言いつつ短冊を差し出すと、風間はそれをぱっと奪い取る。
「なになに…『天才美少女になりたい』? 君ねえ、もうちょっと情緒のある願い事はないの?」
「腹立つな…あんたは何書いたのよ」
「僕? もちろん、『風間王国が建設されますように』だよ」
「ちょ、短冊見せて…あっ」
 どこから出したのか、風間は短冊に手早くこよりを通すと、頭上の笹に結び付けてしまった。(笹だけにササッと。)私の身長ではジャンプしても届きそうにない。
「ちょっとー!」
「さ、そろそろ帰ろうか真由美。送っていくよ」
「私が見せたらあんたも見せるって言ったじゃん! 裏切り者ー!」
「あーあー聞こえないなー。夜だからうるさくしたら駄目だよ」
 あまりの腹立たしさに、こいつだけ置いて帰ろうかと画策していた所、一陣の風が吹いた。
 頭上の笹がざわざわと鳴り、結んだ短冊が翻る。
(あ…)
 緑色の短冊に書かれていた文が、確かに、見えた。


『思いが伝わりますように』


 神の御業か悪魔の悪戯か―――はたまた彦星と織姫か。
「帰るよ、真由美」
「…バカ」
 ここからはどちらも見えないけれど、とりあえず夜空に手を合わせてお辞儀をしておいた。
 それでも何か起こることはなく、夜は静かなままだった。
...
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