「お天道様は体調が悪いのかな」


私はすり潰したようなため息の後に学校へ行く支度を完了させる。
窓の外は厭と言うほど暗く、まるであの世を見ているような気分になった。木造建築が建ち並ぶこの通り。元より電飾やら電灯やらとは無縁なものではあるが、今日は一際提灯が明るく見えて来る。
私は学生鞄の釦を閉めて、セーラー服の襟を正した。


「行ってきます」


暗い朝日に漕ぎ出すため、私は奮い、そう呟いた。
玄関を出て、通りに出ると、人一人見当たらない。
いつもならこの時間帯は、血気盛んな剣道少年や青白い顔をしたサラリーマンの方々が、自然に目に飛び込んでくるほど行き交っている。なのにどうだろう。この静寂とした今日は。
気付けば、私は豆鉄砲をくらった小鳩のように、ぽかんと口を開けていた。

何故朝がこんなに暗くなってしまったのかはわからない。

きっちり七時間寝れば目を覚ます私が、今を夜と間違えている可能性は低い。第一、母の朝ごはんをこの空腹に素直な私の腹におさめてきたところなのだ。
私は首を傾げる。
しかしまあ。太陽が昇らず、朝が来たのに町が暗かった、というのは、実はこれが初めての経験ではない。
それは、私がまだひよこまめのように幼き時代。
ふと目を覚ますと朝だと言うのに町は暗く、まるでお化けの世界に迷い込んだかのような錯覚を受けた。あれは流石にびっくりしたものである。
しかし父を叩き起こしてみると、「大丈夫、数時間待ってごらん」と私を宥めることしかしない。私は渋々と布団に潜り、お気に入りの飴玉を噛み潰したような気持ちで、数時間の苦痛を堪えた。
すると、どうだろう。
あんなに暗かった町並みに光が差していく。
町に活気が溢れていく。
それはまるで、熟練の手品師の技を見せ付けられているかのような気分だった。

確か、あのときはお天道様がお月様と喧嘩なさっていて、その影響で朝日に参られなかったらしい。すぐに国のお偉い方が、人工太陽を打ち上げてくれたのだとか。

だから、今のこの奇異な現状に、余裕たる気持ちが無いと言えば嘘になる。またお偉い方が、私たちのために人工太陽を打ち上げて下さると信じているからだ。
でも、――――遅い。
あの頃の稚拙な記憶力を頼りにするのも、些か憚られる話ではあるが、確か昔は、もう少し早くに打ち上げなさってくれていた筈だ。
それがどうだろう。
私が通学の時間になっても、今だ太陽は現れない。



::
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -