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「絢」
「なんだ」
「大丈夫なの?」
彼は目を瞬かせる。
「魔法使いさんが言ってたじゃない。薔薇を使うには体力がいるんでしょう?」
「……厳密には体力じゃない」
「えっ、そうなの?」
彼は頷く。
「そっか……。じゃあ、茨を使ったとき、絢が苦しそうにしてたのはなんで?」
「……………」
彼は目を逸らした。言うか言うまいか悩んでいるような顔だった。彼の美しいかんばせが、僅かに歪む。
そして、深いため息のような、そんな吐息で。
言う。
「命」
私は、目を見開く。
「茨は命を擦り減らす」
「えっ…………」
「薔薇を咲かせる為に、僕の命は削られていく」
“そういう呪詛だ”
「この力は、幻花を手折った罪でかけられた呪詛の副産物に過ぎないからな。呪詛の内容は二つだ。一つ目、太陽の出る刻には目が薔薇に食われる。そして二つ目が、薔薇の浸蝕」
「……………」
「僕の意識とは関係なく、薔薇はその蔓を伸ばす。抗うことは出来ない。無抵抗に命は擦り減っていく。そして最期には――――……………」
彼は、目を伏せて。
「……――僕の身体は薔薇に締め付けられ、喰われる」
忘れては、いけない。
彼は、花盗人。
皇室の幻花を手折った少年。
どう足掻いたって。
どう藻掻いたって。
彼が犯罪者であることには変わりは無いんだ。
私は俯いた。
肩を落とす。
なんとなく、彼の顔を見れなくなってしまった。
「なんでだろうね」
無意識に、言葉は出た。
忘れてはいけない。
彼は花盗人。
皇室の幻花を手折った少年。
――――だけれど。
「絢は、ただ、花を誰かに贈りたかっただけなのにね」
誰を困らせようとしたわけではない。
誰を悲しませようとしたわけでもない。
ただ、彼は、その誰かの為に、花を手折っただけなんだ。
喜んでほしかっただけなんだ。
私が俯いたままでいると、彼は小さな溜息をついた。溜息というよりも嘆息に近かった。木板の床を軋ませて、こちらへと近づいてくる。
彼はぶっきらぼうに、優しげに、私の頭を軽く小突いた。
「行くぞ」
彼は私の手を握って、鍵の外れた扉を開けた。
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