::十九頁
しかし、絢はそれをじっと見つめている。上から垂れるような尾の襖を、ただ寡黙に見つめるだけなのだった。
「……絢?」
すると、彼は、一歩踏み出す。
無闇に小慣れたような手つきで襖を勢いよく開けた。
「…………え……」
そこには。
雄大にも広く広く敷き詰められた若竹色の畳の、大変趣深い壺やらの陶器が並べられた小美術館のような空間――――――――――などでは決してなく。
「廊下?」
細い木板が横に続く、ただの廊下だった。
「廊下の隣に…………廊下?」
「違う」
絢は私の手を取って、そちら側の廊下へと移る。そしてその襖を手早く閉めた。襖には、先程の尾長鶏の続きと思われる、尾が下で切れた不格好な鶏が首を動かして存在していた。
「二階だ」
「…………二階?」
「そうだ」
絢は頷く。
「多分、絵が一階二階とで一続きになっている襖………そこが階段の役割を果たしているんだ。だからここは、二階だ」
「…………ひねてるね」
「ひねてるさ」
じゃなきゃお天道様を盗んだりはしない。
「中々ハイカラなお人なんだ」
「ハイカラ……まあ、そうだな」
「資産家ってこんな人ばっかりなのかな……」
それは無いか。
うちの蝸牛学園のマドンナと噂される同じクラスの明石萌華さん。菩薩堂のお爺さんほどではないが彼女の家の営む明石料亭も中々の資産家だった。
明石さんは、大人しい人だ。
大人しいというか。
はんなりしてて。
ふんわりしてて。
動作の一つ一つが神聖で、まるで古事記に出てくるようなお姫様みたいな人なのだ。
それでいてどこか抜けているのだけど、そんなのは人間らしさの一つだろう。
「……………あれ」
私は、廊下の突き当たりに見える暗闇を指差した。
暗闇。
否。
黒い、襖。
金箔を塗した漆黒は、荘厳な雰囲気を醸し出している。
しかも、襖には僅かに錆び付いた古い錠前がついている。いかにも何かを隠しています、という、そんな錠前が。
「怪しくない?」
「怪しすぎるな。罠かと疑うくらいだ」
「あそこだけ襖が違うし」
「違うな。もはや見せ付けているようにしか思えないぞ」
お茶目なお爺さんだね。
「行こう」
「正気か」
「正気だよ」
「鍵も無いんだぞ」
「壊せないかな」
「どんな荒業を仕出かすつもりなんだ、お前は」
私はあたりをきょろきょろと見回した。
相変わらずの襖だらけ。
何もあるはずが無かった。
「…………うん」
私は思い切って、手頃な位置にあった襖を開けた。幸い、誰もいなかった。
過::次