――――血の華の香りで、そこら中がいっぱいだ。

今までに感じたことのない空気を全身で受け、切磋琢磨は戦慄していた。回遊魚に奴隷狩りの奴らを任せて、彼は一人《ギルド》に戻ったところ。青いそのビルディングが、いつもよりやけに静かなのが不安を煽る。何より、さっきからしつこく鼻腔を突く血の臭い。それが彼の心臓に早鐘を強要していた。切磋琢磨は、急いでドアを開ける。

そこには。
血まみれの家族達が、踏み潰されるように横たわっていた。


「……………ッあ……!」


声にならない。
喉から突っかえて、上手く言葉にならない。
いや。
声と化したところで、それは言葉にはならなかった筈だ。

切磋琢磨は身体中を犇めく悲鳴に崩落した。

だれもかれも身体を無惨に切り裂かれている。到底生きているとは思えない惨状だ。血は海を作って彼らの身体を濡らしている。
切磋琢磨が血に付した膝にも、その海は理不尽に雪崩こむ。


「………誰か……」


足元は心許ない、血の気の引く感覚。何も考えられない、シャットダウンされた脳。
柄にもなく。
切磋琢磨らしからなく。
ひ弱くか弱い声を、彼はあげた。


「刹那……、苛……、楚歌ぁ……………ッ!」


容易く捻り潰された未来に彼は恐怖する。


「誰か…………いないのか…………ッ!?」


どれだけ震える喉に鞭打っても、自分の声が反響するだけだった。誰からの声もない。自分をからかう言葉も、屈託のない笑顔も、何一つ残ってはいなかった。

ただ息もしない血まみれの家族たちを、独りだけで見ていた。



「………………ボス……」



そのとき。
奇跡に跳ねられたようなか細い声があがる。切磋琢磨は視線をあげて、声のあった方を見遣った。


「…………祥玲?」


愛新覚羅祥玲だ。
髪も乱れ、血に汚れ、絢爛豪華な民族衣装ごと荒々しく貫かれ、身体の中心から大量に血を流す彼女が、床に伏していた。
息も絶え絶えで、虫の息である。
ズル、と腕をあげて、愛新覚羅祥玲は「ボ……ス…………」と虚ろに呟いていた。


「祥玲! 祥玲……ッ!」


一心不乱に切磋琢磨は彼女に駆け寄った。
仲間の死体に埋もれるように、彼女は真っ青な顔でいた。

彼女の。

彼女の、真珠のような煌めきは、もう消えかかっていた。あの硬く冷たく輝く、密かに咲き匂うような美しさ。
目を細めて。
震える手をあげて。
駆け寄ってきた切磋琢磨の裾を、余りにも弱り切った力で握る。


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