母親が亡くなった。
過労だった。
葬式は寂しいものだった。
無理もなかった。
涙は少しも出なかった。
悲しくないわけでもなかった。
むしろとても悲しかった。
一人で生きていかなければならないのだ。
これからどうしよう。
あたしはどうすればいいんだろう。
まずなにをすべきなんだろう。
今まで母親の言うことを聞いてきた。
そうすれば全てが上手くいった。
母親の言うことだけをやって生きてきただけのがらんどうなだけのあたしだけで、いったいどうして生きていけばいいんだろう。
彼女が死んだあとのことなど彼女から事前に聞いていなかった。
まず学校に電話して。
お墓の用意をしなければ。
住民票はどうするのか。
家賃は、生活費は、授業料は。
彼女の仏壇を作るかだけの余裕が、あたしにはあるのだろうか。
なにをするにもまずお金が必要だった。
けれど貯金はそんなにない。
働こうにもこんな年齢じゃ雇ってくれないところのほうが多い。
どうしよう。
どうしよう。
余裕の笑みは崩さない。
けれど足場は崩れてく。


あたしのことが大嫌いなはずの彼が家にきた。


あたしのことを《錯乱カジノ》で雇うことになったらしい。
時給はとてもいい。
しばらくの間は日払いだという。
あり得ないほどの高待遇があたしに用意されていた。
彼はにこりとも笑わなかったしこちらを見ることもなかった。
けれど久しいあの無邪気な彼らしさに触れた気がした。
憎らしかった少年の面影。
なんでも持っているものは、なにも持っていないものに優しくなれる。

あたしは座ったままスカートの裾をぎゅっと握った。
なにかが痺れを切らしたようだった。

彼はようやっとあたしの顔を見たかと思うと、驚きにブルーグレーの瞳を見開かせる。
自分でもこんなに驚いているのだ。
本当の自分を知らない自分じゃない誰かなら尚更だろう。
あたしはなにも言えないまま俯く。
手で涙を拭う。
決壊したそれはぼろぼろと限りなく頬を伝っていった。
恥ずかしさもなにもなかった。

本当は真っ先に泣きたかった。
なによりも誰よりも先に駆けつけて、あの愛のない体にしがみつき、大声で泣き叫びたかった。
けれど彼女はあたしに言ったのだ。
『自分の身を保つため、立場を確立するため、認識を植えつけるため、それが出来上がるまでは余計なものは排除しなさい。欲や見栄はそれが出来上がってからよ』
母親があたしに言った言葉の全て、あたしは守らなければならない。
彼女がいなくなったあとも、誰からも愛されるように。

あたしの涙はやまなかった。
どんなに食いしばっても、瞳を閉じても、それは延々と雪崩続けた。

やっと保身できたの。
やっと安心できたの。
だからもう、貴女のために泣いてもいいでしょう?

深い象牙色の髪が焦燥に揺れた。
この残酷な天使に底抜けの感謝をした。


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