三年あれば人は変われる。知りもすれば忘れも出来る。
あたしはそれをあの気高い母親から聞いていたはずなのに、最初はその事実を上手く呑み込めないでいた。
一年あれば声を忘れる。
二年で顔も朧げになる。
三年もすれば非存在だ。
あらゆるものが消えてあらゆるものが加算され、人はどんどん大人になっていく。大人になり、全てを知っていく。無知であることを知り、既知になり、そして純粋な何かを置き去りにしていく。変わっていくのだ。

あたしと彼の場合もそうだった。

ミドルを無事に卒業し、ハイスクールに進学したあたしたち。ミドル時代からの友人も多く、空気を作りやすいコンディションでのスタートを切った筈だった。これから素晴らしい学校生活が始まるものだと思っていた。油断していた――いや、みくびっていたのだ。


あたしの進学したハイスクールに《彼》も進学していた。


深い象牙色の髪にブルーグレーの瞳。少女の目を引く見目は甘く精悍で、数年前の面影を残しながら逞しく成長していた。
なにかの冗談だと思った。いくらなんでもありえないと思った。ミドルでは私立の名門に行ったはずなのに、どうしてここでまたこっちの世界に入り込んできたのか。まるで理解できなかった。だから最初に廊下ですれ違ったときは流石に困惑した。自分でも無防備なくらい目を見開いたのを今でも覚えている。
横に並ぶ友達は黄色い吐息をあげた。
誰もが彼のブルーグレーの瞳に釘付けになった。
幸せになるような笑顔を讃える彼は誰よりもハイスクールの制服が似合っているように思えた。
彼の進む道にはレッドカーペットが敷かれているようにも思えて、周りの空気をがらっと変えるような冴え冴えとした存在感を放っていた。


あたしは拳をぎゅっと握る。


ここまで来て、あたしはまた彼に優しくしなければならないのかと思った。無邪気な彼はあたしを見て子犬のように微笑むだろう。また会えたね、と嬉しそうに語りだすだろう。その可愛らしい顔を柔らかくしてゆったりと首を傾げるだろう。馬鹿馬鹿しいことに、そう思うと何故か、どうしようもなく逃げ出したくなった。こんな感情を知りたくなかった。


彼と、目が合う。


ブルーグレーの虹彩は金色の斜光を浴びてキラキラとしていた。誰よりも美しいと思っていたあたしが惨めに打ちのめされたような気がした。しかしここで、驚くべきことが起きる。
彼は、あたしを無視したのだ。
あたしと目が合うなりすいっとそれを逸らして他の友達と語らう。なんの感慨も感嘆もなく、あたしという人間を透過する。
一度合った目の意味を知って、あたしは痛感した。


珪砂・フェルドスパーは悟ったのだ。花瓶硝子の思念を。
大人になって、無邪気を落ち溢して、ようやく悟ったのだ。
よくよく考えてみれば簡単にわかることだ。いつ花瓶硝子が彼を好きだと言っただろう。いつ花瓶硝子が彼に優しくしただろう。いつ花瓶硝子が、彼の思慕に振り向いただろう。彼女がやったことと言ったらぬらりくらりと曖昧にかわして、心の中で彼を拒んだくらいだ。
三年あれば人は変われる。知りもすれば忘れも出来る。それを今まさに痛感した。一年あれば声を忘れる。二年で顔も朧げになる。三年もすれば非存在だ。
あたしは非存在となった。彼の中で、最も険悪な形で過去として忘れ去られた。彼の中の、もっとも深いところに、鍵をかけて封を閉じられた。

それならそれでいいわ。

あたしは穏やかに笑う。あたしは花瓶硝子だ。花瓶硝子はこんなことで動揺も心配も不安もしない。ただ懐かしい少年との関係がリセットされただけだ。深く考えなくても大丈夫。
あたしは頷いた。
貴方がいなくなっても、あたしの世界は廻るのよ。



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