――硝子ちゃんは可愛いね。


そんな賛美には、賛辞には慣れていた。


――色も白いし、目も大きいし、いいなあ。
――ありがとう。
――髪もふわふわのさらさら、いいなあ、わたしもそんなふわふわに生まれてきたらよかったのになあ。


ぶーたれる友達に、わたしは苦笑して返す。
わたしが綺麗なのは生れつきじゃないわ。生みのお母さんが美人なのもあったけど、小さい頃から努力していたからなのよ。あなたたちが元気に日焼けも気にせず外ではしゃいでいる間、わたしは肌を整えて労っていたわ。髪だって毎日手入れしてるのよ。色々、努力してるの。でも、そんなことは言わない。わたしは、余裕の微笑みを崩さない。周りにわたしが“努力してない”ように見えるなら、なるたけそのイメージを損なわないようにしたほうが特だもの。
そうよ、わたしは生れつき可愛いのよ。なんの努力もなしなの。素敵でしょう。でもあなたたちも十分可愛いわ。
厭味もなしに笑って、わたしは白鳥のように振る舞った。


間違いなく、誰からも愛される子だった。


女の子も男の子も大人のひとも、みんなわたしを可愛いと言うし、賢いと言うし、えらいと言うし、優しいと言うし、大好きだと言うし。
“愛されるため”に頑張ってきたわたしは、愛される少女に間違いなく孵化していた。
場の空気を読んで雰囲気を執り成す話術も、誰もが溜息をつく美しい身のこなしも、大人びすぎない愛らしい表情も、全てが全て周りに受けがよかったのだ。誰かが悲しそうにしているときは迷わず心からの手を差し延べた。誰かが嬉しそうにしているときは躊躇わず心から祝福してあげた。
見も心も美しく清らかであるように努力をし続けるのは、苦労などではない。
楽しかった。
嬉しかった。
幸せだった。
愛される楽しさを、可愛がられる嬉しさを、好きになられる幸せを知った。
育ての母親がわたしに与えようとしてくれたものを、わたしは受け取ることに成功したのだ。
誰もわたしを妬まなかったし、誰もわたしを嫌わなかった。わたしは完璧で完全で、完成された女の子だった。そうであろうと、努力したから。


『魅力的な唇のためには、優しい言葉を紡ぐこと。愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること。スリムな身体のためには、飢えた人々と食べ物を分かち合うこと。美しい身のこなしのためには、決して一人で歩むことがないと知ること』


わかっているわ、母親。
わたし、全てちゃんとやっているわ。完璧よ。わたし、誰からも愛されるの、一番愛される子なの。


――いいぞ珪砂! あとちょっとだ!


珪砂・フェルドスパーの前以外では。


――珪砂くんまたため池にボール落としたんだね。
――危ないわよね、落ちちゃいそうよ。
――本当よ……でも、ほら、すごいわ、手が届きそう!


芝生グラウンドの外れ、スクール設立当初からあるというそれなりに立派なため池に、黄色いボールが浮いていた。錦鯉なんかが泳ぎまわりながらぱくぱくと口を開けている真上――《彼》は近くの木に低くしがみついて浮かぶボールを取ろうとする。池に落ちるか落ちないかのギリギリのバランス。片手に木の棒を持って、ボールを自分のほうへ寄せようしていた。
途端、大きな飛沫がたった。手か足かを滑らせたのだろう、《彼》が池の中に落ちたのだ。水深は五十センチもないから溺れることはない。《彼》はびちょびちょの状態で、それでも黄色いボールを片手に、可愛らしく笑っていた。


――大丈夫かー!?
――よくやった珪砂!
――体操服貸してやるから戻ってこいよー!
――うん!


《彼》はずぶ濡れのままで駆け走る。膝や服に藻がついていたけど全く気にしてはいないらしい。本当に愛らしくて、無邪気そのものだった。
友達たちもヒソヒソと楽しげにさっきの《彼》の話をしている。かっこいいだのかわいいだの、どっちに転がろうと褒め言葉にしかならない単語。
わたしはその会話に混ざることなど出来なかった。
もしわたしが彼のように振る舞っても、こんなふうに受け入れてもらえるだろうか。ずぶ濡れで、藻に塗れ、不格好なところを見られても、笑い者にされることなく、誰からも叱られることなく、“無邪気で明るいですね”と言われるだろうか。
否。
わたしの母親は烈火の如く怒るだろうし、先生は叱りつけるだろうし、友達は呆れて遠ざかるだろうし、幻滅するに違いない。
自由気ままに振る舞えるのは、わがままもおてんばも笑って許されるのは、珪砂・フェルドスパーただ一人だろう。《彼》は何も知らない、本当に無邪気なものだ、わたしが努力しなければ手に入れられないものを、本当になにもなしで手に入れているのだから。


――ああ、やっぱりだわ。


わたしはため池を覗き込む。
錦鯉が一匹、潰れて死んでいた。

何も知らない貴方は、小さな誰かを殺しても、無邪気だなんて褒められるのよ。


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