フェルドスパー家と言えば街一番どころか国一番といってもいいくらいの名家であり何百年もの歴史を持つ名門だった。屈指の賭博場を持つ大都会であり国際貿易港の一端を担っているセンチメンタルシティにおいての“街一番”の肩書きを背負っているというのは、最早それだけで“国一番”という肩書きが霞むくらいの大偉業であり、つまるところは本当にもう、どんな言葉を並べ立てても追い付かないくらいの家格を持つ名家なのだった。
そのフェルドスパー家の後継ぎである珪砂・フェルドスパーという少年は、皮肉なことにわたしと同い年であり、そしてどういう偶然か同じ学び舎に通っていた。わたしはお金の工面を考えなくてもいい普通のスクールに通っていて、つまりお金持ちの《彼》には場違いであるほどに身分違いなスクールで、だというのに――彼はそこに通っていたのだ。


――お父様にお願いしたんだ、全寮制のスクールには行きたくないって。


全寮制のスクール。このあたりで全寮制のスクールと言ったら、名門中の名門が集まるお坊ちゃまお嬢ちゃました学園しかない。そこを蹴ってまでこのスクールに来るとは、なんて愚かな少年だろう。そしてそのスクールに息子を通わせることを許す父親も、親バカ丸出しの愚劣だ。


――ふふ、そうなの。このスクールに入って、その希望に敵うようなことはあった?
――勿論。みんな本当によくしてくれるよ。この前僕の屋敷で開いた誕生日パーティーでは、みんな素晴らしいプレゼントを持ってきてくれたんだ! 本当に素敵な一日だったよ。君が来てくれなかったのは残念だったけど。
――ああ、もう十一歳を迎えたのよね? ごめんなさい、用事があって行けなかったの。
――君を責めてるわけじゃない、とにかく、いい人たちに囲まれて僕はとても幸せだったってこと。


穏やかなブルーグレーの瞳が幸せそうに細められた。深い象牙色の髪をした美しい少年は誰からも愛されるような笑みを讃えている。


――あら、羨ましいわ。
――なにを言うかと思えば。君だってそうだろう?
――わたし?
――そうさ。みんなが言うよ……花瓶家のお嬢さんは賢く優しく美しいと。おまけに礼儀正しく愛嬌があり、人を喜ばせるのが得意だと。理知的で社交的で誰もが憧れると……専らの評判だよ。
――ありがとう、少し照れ臭いわね。
――なにを恥ずかしがることがあるんだい? 全部本当のことじゃないか。僕だって君に会えて光栄だよ。……もし、もしあのとき全寮制のスクールに君がいるのだとしたら、僕は間違いなくそちらに行っただろうね。


ここにいてよかった、と淡く微笑む《彼》に、わたしも微笑みを返した。
馬鹿らしい。
そう、内心では思っていた。
わたしの家は貴方の家のようにお金持ちではないのよ。だから、貴方が蹴った全寮制のスクールにはたとえ背伸びをしたとしても行くことは出来ないの。貴方が当たり前に持っているものはなに一つ当たり前でないのよ。そんなことも知らなかったのね。そんな当たり前のことも知らずに、わたしにそんな残酷なことを言うのね。


――貴方の髪、とっても綺麗ね。


わたしが《彼》の髪を撫でると、《彼》はきょとんと目を丸く見開いた。そんな間抜けな表情をしていても、《彼》は相変わらず美しくて、何故かわたしはとても情けない気持ちになった。彼はそんなわたしに気付かずに――ありがとう、君の髪も艶やかで素敵だね――そう甘やかに笑みを返すのだ。

美しく可愛らしい少年。
今まで誰からも無償の愛を与えられ続けていたであろう少年。
その美しさから、家柄から、後ろ盾から重宝されていると、全くこれっぽっちも気づかない愚かな少年。
周りが貴方に優しいのは、貴方がフェルドスパー家の子息だからなのよ。貴方のお家が素晴らしい名門だから……だから誰も彼も貴方に優しくするのよ。
フェルドスパーの名が無ければ、貴方はただ見目が美しいだけの子供なの。哀れで情けない、お幸せな子供なのよ。


――ああ、もうすぐ昼休みが終わってしまうね。教室に急ごう。


わたしの手を取る《彼》は明るい声でそう言った。緩やかに駆け出して校舎を目指す。
馬鹿ね。
そんなに急いで教室に行かなくったって、少し授業に遅れたぐらいじゃ誰も貴方を責めたりはしないわ。
愚かなことにこのスクールは無知な貴方の言いなりなのよ。
誰も貴方に逆らえないし咎められない。
貴方の――貴方の父親のご機嫌取りに、目が眩んで仕方がないんだわ。
わたしの母親、育ての母親もそうなの。貴方がわたしを気に入るようにわたしを唆すのよ。勿論わたしは母親の言うこともわかるわ。誰からも愛されなければならないわたしにとって、有利にことが運ぶように根回しをしろということよ。だから貴方に微笑むの。貴方と仲良くなるためにね。別に貴方が好きだからこうして手を繋ぐわけじゃないのよ。貴方の持っているものが欲しいから、こうやっておべっかを使うのよ。


――あまり先に行かないで、わたし、こけてしまうじゃない。


わたしは苦笑する。

貴方がこんなに愚かでなければ、わたしは貴方と心からの友達になれたでしょうにね。


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