あたしの手を掴むと彼らは、どこだかの部屋の扉を開けて、あたしをそこへ投げやった。
ふわっとスカートは靡く。あんまり音はしなかったけど、中々の激しさであたしは落下させられる。あとなんか身体が軋んだ。え、やだ。どっか折れたかも。

天井はもうあってないようなもので、あたしたちは無差別に雨に打たれる。水は屋敷の中に浸水していて、動くたびにピシャリと雫が跳ねた。それは屋敷内の装飾品や明かりを映して真珠やオパールのように煌めく。雨雲が落とす菫色の影を一身に受けて、水溜まりに飲み込まれていった。
遠くの空からは、まるで戦争風刺映画に出てくるようなヘリコプターなんかに似た重奏な音があちらこちらに響いている。三月はその音を聞いて、空を見上げた。


「なんすか、アレ」
「爆撃機だと……っざけんなよ、そんなもん使いやがるなんてもう大戦争じゃねぇか……」
「怖いねー」
「アンタが仕組んだんでしょ」


イエス。
世界的に見ても強力と言える単位のうちの殆どを、ここ向日葵屋敷に集中させた。そして大多数は、あたしがここに療養して動けずにいる、という情報を流すだけで引っ掛かってくれた。
うーん……いくらあたしを憎んでても、ある意味掛け替えの“いない”はずの“喧嘩誘発屋”を、これほどまでに抹消しようとしてるとは。血気盛んだなあ。もう怖い怖い。


「おい、戦争谷騒禍」
「なに、縄内恋若」
「死ぬなよ」


彼は、彼らは、部屋のドアを閉めようとする。今あたしがいる部屋のその奥、そこにシェルターがあるのだろう。
あたしは「待って」と彼らを引き止める。口から漏れた言葉は思いがけず単調だ。言葉というより音といったほうが相応しいくらい。彼らは、ドアを閉めようとする手を止めた。


「あの……さ」


――この、胸をせせらぐような感情はなんだろう。
怒りを放ち切ったあとの虚無感。脱力感。放心状態。冷静状態。今のあたしの中は、空っぽだった。さっきまでうごめいていた蒼い炎が水をかけられたように消えて。


「あたしは、死なないで、じゃあそのあとは?」


そう。
消えた。
なにもかも。
痛感する。
あたしの希望は、破綻仕切っている。

ぴちゃぴちゃと涙のように降り注ぐ滴は波紋を生む。あたしの髪や頬を濡らして、でも――それだけだ。肌寒さしか与えてくれない。この自体を鎮めてはくれない。

あたしはなにをしたいんだろう。
なにをするべきなんだろう。
なにをしたらいいんだろう。
誰も見つけられなかったあたしの本意は、さっきからずっと、ガラガラ音を立てて崩れていってるっていうのに。


「あたしは、生き延びて、それから……どうすれば、いいの」


二人はドアを閉める瞬間。
叱咤するように。
叱責するように。
あたしに叫ぶ。


「「逃げるんだよ!」」


ギタンと壊れかけた音で終わり。
完全に彼らと分断される。
ドアを開けようとするも、中々開かない。びくともしない。もしかしたらあっち側から椅子かなにかで押さえ付けられているのかもしれない。あたしが非力だから、というのならそれまでだ。下手にぶち破ろうとして、肩の骨が砕けるとも限らない。大人しくしてろとの御達示だった。
雨は無差別に降ってくる。瓦礫と共に降ってくる。戦争独特の空気の臭い。血の香り。びりびりと電気が流れるような温度。
実感がわかない。
これ全てを、あたし一人で起こしたっていうの。それは見事だ。笑えるくらい笑えない。そしてこの惨状が“世界的大規模”であるということにすら実感を持てない。中身のない、本意のない、成果のないこの有様は、無様そのものだった。


「あははははっ――――かっこいいなあ、二人とも」


そうは思うも、たった二人で戦地に向かう彼らを、あたしは心中で侮辱する。
馬鹿だ。
ありえないくらいの馬鹿だ。
敵うわけないのに。
死にに――逝くようなものじゃないか。
気でも狂ったか。
あたしに狂ったか。
これは面白い。
本当に、傾国のテロリストだ。

あたしはドアにもたれかかる。
だらりと腕も脚も伸ばして、生気のない人形のように静止する。

三月はなんで、あの夜ラヴィがあたしを殺そうとしてたことを、黙ってたんだろう。そのあとも何でもないふうに振る舞って。まるであたしを気遣ってくれてたみたいに。薄情と思う気はないけど、少なくとも三月はそんなことをするような人間には思えない。だというのに。優しさを見せてくれた――――のだとしたら。


「だとしたら、悪いことさせちゃったな」


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