気が合う。気が合わない。それはどういう基準でものを言うのか。
例えば誰かと擦れ違いになったとき、お互い道を同方向に譲り合って上手く行かず、ずっとその場でもたもたすることがある。誰かはそれを“息が合わない”と言っていた。お互いがぶつかってしまう状況をそう言うのか。対象者から見たとき、お互いの視点で言う右側か左側、違う方向に歩み出すことをそう言うのか。そのあたりのことはあたしにはよくわからないけど、とにかく“息が合わない”と言うらしい。
しかしである。
誰かと手を握ろうとしたときは、その二人のうち、一人は右手を出し一人は左手を出す。違う手を出す。突飛に手を繋ごうしたとき、それが見事合致して、難無く手を握れたなら、無論これは“気が合う”ということだろう。
こうなると擦れ違いの“気が合わない”説が怪しくなってくるのだけど。
よくよく考えたら関係ないかも。
だって手を繋ぐのって自分がどっち側にいるかとか進路方向とかにもよるし。なんか考えるだけ無駄じゃん。錯乱してきた、知恵熱出そう。
まあ結論から言うと、“気が合わない”っていうのは裏を返せば――というか、殆どイコールで“気が合う”になるんじゃないかと。
そう。


へーくんがあたしに言ったのだ。


――せんぱい。
――せんぱいって、高校卒業しても今みたいなことやるんですか?
――なんていうか、俺の嫌いなこと。
――誘先輩も卒業したら卒業したでおかしなとこ行きやがりそうだけど……。
――俺はアンタが心配だなあ。
――全然気が合わない人だけど。
――だからこそって言うか。
――なんとなく、“わかる”って言うか。
――ん?
――俺、変なこと言ってる?
――まあいいや、とにかく考えたんで!
――あのね、せんぱい。
――俺は…………。



*****



「人使いが荒いにも程があるっすよ騒禍さん…………」


全ての用意を完了させた三月が眠気に疲労を付加したような顔で言った。
あたしの部屋の窓から三月を呼びだして――ではなく、普通にドアから入ってきてもらって、軽くタオルで水気を拭ったあと、あたしは彼に新しい命令を下した。彼はもちろん嫌そうに眉を潜めさせたが、最終的には折れてくれた。うん、いい子。


「仕方ないじゃん。あたし力仕事てんでダメだもん! むしろ“アレ”を作った労力を考慮してほしいね。本当に骨が折れるような作業だったんだよ?」
「アンタの都合じゃないっすか」
「そりゃそうだ」


あたしが笑うと、彼は溜息をついた。
さて。大体の用意は整ったかな。

窓の外は相変わらずの雨で弾けるように水が地上に叩きつけられていた。まだ日も高いうちだというのに薄暗く、晴れるそぶりが殆どない。濡れてもたれた向日葵たちは傘のように地面を覆うも、容赦無く土は泥と化して足場を奪っている。
これからここに来る“彼ら”は大変だろうなと思う反面、ざまあみろとも思った。

あたしは三月に向き直る。


「三月」
「ハイ」
「ごめんね」
「ハア?」


心底意味がわからないと、失礼なくらいの態度で、三月はあたしに返した。


「あははははっ、だよね。そうくると思ってた」
「いきなりなんすか……ふわぁ…………最近の騒禍さん、おかしいっすよ……」
「うん。おかしい。だからあたしは、アンタに謝るなんていうバカみたいなことをしてるの」
「……………」
「あははははっ。すっげーシャクだよ本当。でも事実だから仕方がない。だから、ごめんね」


あたしは笑みを消した。


「あたしのこと殺していいのは、三月だけだったのにね」


どんな顔をしていたかは。
自分でもわからないけど。


「本当ごめん。無理になった。無茶になった。たとえ出来ても、きっとアンタも死んでしまう」
「……なに言ってんすか」
「あはははははっ、なんだろ、自分でもわかんない、多分」


所謂。


「《被世界嫌悪論》――――ってヤツだよ」


あたしはもう一つ続ける。


「三月、今すぐこの向日葵屋敷から離れて」
「…………なんすか急に」
「そう。急なの。本当ごめん。でもあたしの力じゃ“アレ”全部を設置するのは無理だったから。誰かの力を借りなきゃ無理だったから。勿論、ここに残ったっていいよ。あたしはチャンスを与えてるだけだから」
「……………残ったら?」
「多分死ぬ」
「そうっすか」


なら、と彼は一つ欠伸をした。


「言うまでもないっすね」
「あははっ、だよね。……じゃあ三月。アンタはあたしの部屋の窓から出なさい。なるべく目立たないように。今玄関から出るのは自殺行為だから。うん、やっぱり、アンタが元軽業師で、本当によかった」
「……………」
「上手くいくといいね」


彼は視線を体ごと、あたしから剥がした。そしてこの場を去っていく。


「健闘を祈ってる」


あたしの声が、空気に溶けた。


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