実はあたしは飛行機から降りたあとの温度差を心地好いと感じるタイプの人間だ。
誘くんの《カンパニー》があるユートピア大陸北東部は、世界一と言ってもいいくらいの極寒地方だった。国土の一部はアークティックサークルに含まれていて、気温が氷点下を華麗にスキップしていることなんて日常茶飯だ。それに引き換え母国は温暖だし、向日葵屋敷のあたりはジャケット無しで冬を越せる年さえある。《カンパニー》との体感温度差は軽く二十はあるだろう。
だから飛行機から降りたときの湿度のある温もりに触れたとき、帰ってきた、ということを自覚させられた。その実感にやや高潮し、荷物を取って空港を出る準備をする。


「昼か……ご飯は機内食で十分だったし、このままタクシー拾って帰ろっか」
「了解っす……けど……今更なんすけど……いいんすか? 家に帰って」
「いいの」
「抜け出してきたのに? 縄内恋若を消すこともせずに……ただ戻るだけっすか……?」
「痒いところをつくなあ」
「痛くはないのが騒禍さんらしいや……」


クラシックキャリーを三月に預けてあたしは携帯の電源をつけた。…………げっ、メール十五通、おまけに全部かぎゅたんから。
全部見る気にはなれなかったので各メールの最後の五行だけを流し読みし、全部マルッと削除した。大したことのない内容だった。我々がどーの無敵ですよがこーの。着信拒否してやろっかな。


「三月」
「ふぁあ……なんすか」
「あたしがまさかなにもしないままダラダラと《カンパニー》で寒冷バカンスしてると思ったら大間違いだよ」
「……だったら、いいっす。騒禍さんがそう言うなら、俺は大間違いだ……」
「いい子」


あたしはにこりと微笑んだ。
三月は眠たげなまま、何も返さなかった。

空港のガラス戸から外に出ると懐かしい空気に体が浸された。空を仰ぐと安っぽい色がぺたぺた塗りたくられたように一面を覆っている。
タクシー乗り場はどこかと辺りを見回したとき、ある人間に目がいった。


「おや」


随分と懐かしい人間だった。懐かしいという表現をするほど旧い間柄でもないのだが、にしても会うに久しい男だ。いつだったか、勝手に力を借り、どさくさに紛れて逃亡を果たした、なんというか、酷く“おいしい”奴である。
煉瓦のような赤毛に彩度の強い碧眼。顔立ちはやけに立派で、ほのかな妖艶さが漂う、好青年然とした容貌だ。服装は前に会ったときとは変わっている。デザインや生地は多分一緒だが、私服のように改造されていた。深い紺色の軍服に似たケープコート。白いアスコットタイ。真紅のズボン。膝下から覆う編み上げブーツは見るからに上物めいている。腰に嘴のような形の剣を吊ったその男――――啄木鳥は、あたしの姿に気づいたのかこちらに近づいて来る。
コツコツと、ブーツがアスファルトを打ち鳴らす音が鳴る。風で靡く赤毛は高揚する火のようにチリチリと輝いていた。
距離、五メートルといったところだろうか。モノクロスクリーン映画に出てくるような感動的な再会を、あたしたちは果たす。


「「まだ生きてたんだ」」


……や、果たさなかった。
開口一番、憎まれ口である。
憎まれっ子世に憚る。なるほどてんで笑えない。
示し合わせたともとれる重唱のあとに、凍てついた海のような目をほんの少ししかめて鳥は肩を竦めた。


「まだ生きてたんだ、とは随分なことを言ってくれるね、喧嘩誘発屋」
「お互い様じゃん。なに根に持ってんの。っていうかアンタ、前はあたしのこと“ミレディ”って呼んでたよね?」
「もうアンタに従わなければいけない立場じゃないからね。アンタをミレディとは呼べない。OK?」
「オーケイ。とりあえず生きててなにより。雀と天子元気?」
「A-ha! 元気さ。元気に走り回りすぎてあの世まで逝ったくらいだからね」
「可哀相に、疲れてこっちに戻ってこれないってわけだ」
「自業自得だよ」


お互いにすっとぼけた風に、傍ら林檎でも咀嚼するような態度で、久方の会話を玩ぶ。


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