“逃げる”とは一体どういうことだろうか。
遅ればせながら、このあたし、戦争谷騒禍も、それを語るときが来たらしい。
“逃げる”と聞いてまず思い浮かべるのは元永世トップである《回遊魚》くんのことだ。今現在彼はあたしから逃げている。逃げながら、あたしを殺そうと画策している。今の彼には二人の仲間がいるらしく、それもそれなりに仲良くやっている模様。妙な絆を感じるおかしな集団だ。きっと彼らは逃げる間だけの即席の関係であろうに、なんやかんやでお互いに干渉し合い没頭し合い深入りし合う。きっと素直じゃないだけで、魚くんは、三人は、この関係性をとても気に入ってるんじゃないかと思う。
おっと。
これじゃなんかあの三人についての語りみたいになっちゃうな。

閑話休題。

あたしが思うに“逃げる”っていうのは、“避ける”ことだ。
“逃げる”っていうのをマイナスイメージに捉える人間が大多数を占めているけど、大きな水溜まりが目の前にあるからそれを避けて通ることの、一体なにが悪いっていうの。前に進むために避けることの、一体なにが後ろ向きだっていうの。
あたしは“避ける”ことは生きていくために必要なことだと、そんな風に思っている。生きるために避けなきゃいけないことなんて、山のようにあるじゃんか。
悪く考えられている“逃げる”という例えとして一つ。
好きな子に彼氏がいるから告白しないのは、ゴール前にキーパーがいるからシュートしないのと同じだ……なーんて言うけど、それは少し違うと思う。彼氏はキーパーだけど、好きな子はゴールじゃない。必ずしも受け止めてもらえるとは限らない。だからさっきのような例えを“逃げ”とするのは些か間違っている。この場合告白しないのは逃げじゃない。自分が傷つくことから避けているのだ。

それを考慮していくと、あたしは避けてばかりの人生だった気がする。
病気のこともあってか、いつも何か、大切なものをを避けてきたような、そんな気がする。

でも。
おかしな話。


あたしは《避けなければならないもの》から、《避け》続けて生きてきたんだ。


……あれ? 文章正しい? 錯乱してきたぞー……。



*****



「見逃す?」
「そう、見逃してやる」


先生の姿で、キューテンキューの声で、縄内恋若はあたしに囁きかけた。あたしは矯めつ眇めつ見るように、その言葉を咀嚼した。


「なにそれ」
「だから、見逃すんだよ。アンタのこと、殺さないでいてやってもいいって言ってんだ。おわかりかなー?」


おわかりだけど。
これは一体どういうことなんだろうか。
未だあたしの膝に乗る(重い)、目の前の成り済まし男は、一体なにを考えているというのか。


「んー、なんでそんな淡白なカオしてるんだ? ちったー喜べよ」
「なんで?」
「なんでって」
「アンタがあたしを殺そうと見逃そうと、あたしにはそんなの関係ないし」


どうでもいいし。


「可愛くないこと言うねぇ。いじめるぞごるぁ。アンタは無関係を言い張るけど、普通に考えてそれはないだろ。これはアンタの問題だ。アンタの命の問題だ」
「そうだよ、あたしの命の問題だよ」
「だったら」「だったとしても」


あたしは被さるように縄内恋若に返す。声は誰もいない空間にひたすらに反響して、空虚を埋めるように沈んだ。


「だったとしても。あたしには関係ないの」
「……………」
「だって、どうせ、アンタのこと消すつもりだったんだし」
「………へぇ」


縄内恋若はにやりと笑う。
先生の浮かべそうにない笑い方だった。


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