「――――さわらないで」


殴打。した。筈だった。
しかし。
その感触はない。
全くの空振り。
彼はただ真下にシャベルを下ろしただけで、彼女の姿はどこにもいない。

彼は顔を上げる。

数十歩先の目の前では、眼前にいた筈のシュガー・フルボトルが、ハニー・フルボトルの襟を掴んでこちらを睨みつけていた。痛々しいくらい無垢で、ひたすらに高潔な、青と紫に色づくびいどろのような瞳が、彼を見据える。


「俺のハニーに触らないで」


――あたしのシュガーに触るな。
彼は、いつかの日の怒りの叫喚を思い出す。
あの日。
二人にとっての運命の日。
全てが変わってしまった日。
そして――彼、彼女らが、出会った日。
変わらない。
何一つ変わらない。
どれだけのものが二人を別とうとしても、決して離れたりしない。何があっても裏切らない。翻さない。いつも彼女たちは二人きりで二人ぼっちで、それが二人ともの唯一だった。


「ハニー、大丈夫?」


シュガー・フルボトルは尋ねる。
よく見ると、二人は怪我塗れだった。当たり前だ。今まで、彼が現れる前までも、何十人もの人間と対峙してきたのだ。
たった二人で、自分よりも確実に大きな人間を相手に。
互角、いや、互角以上で、渡り合ってきたのだ。

ハニー・フルボトルは「ペッ」と口の中に溜まった血堪りを吐き出す。


「肋骨が折れてる。片足から血が出てる。左肘の骨が砕けてる。お腹からも血が出てる。頭がくらくらする。額が裂けてるみたいだ。シュガーは?」
「俺も同じよ。でもお腹は平気なの。だから」


そして――シュガー・フルボトルは。


「これで、おんなじよ」


回転のかかっていない自分のチェーンソーで、自らの脇腹を切り裂いた。

それを見て、彼は息を呑む。
何をやっているんだ、と叫びそうになった。思わず身を乗り出す。
シュガー・フルボトルの細い脇腹からは、ドクドクと血が流れている。奇抜な服が更にサイケデリックになり、二重の意味で目に痛そうだ。
でもそんなのは気にしない。
当の二人は、微笑んでいる。
病的なくらいに。
狂気的なくらいに。
お互いの軟い手を、繋ぎ合って。


「おんなじだ」
「おんなじよ」
「痛いのは嫌だな」
「怖いのも嫌だわ」
「苦しいのも」
「悲しいのも」
「辛いのも嫌だ」
「でも、これでおんなじよ」
「おんなじだな」
「お揃いで」
「一緒で」


“だから”



「「二人一緒なら、大丈夫」」



――――私達、二人で生きていこうね――――。

あの頃のままだ、二人は。
あの可哀相に震えた幼子のまま。
無垢で無邪気だった双子のまま。
裏切ることなく。
見放すことなく。
ずっと一緒にいる。
ずっとずっと、仲良しなんだ。
これからも。
きっと大人になったって。
しわくちゃのおばあちゃんになったって。
二人は手を繋いで、微笑んでいるに違いない。


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