「壮絶な体験だった……」


二日酔いでもしているかのような弱々しい俺の呻きに硝子はくすくすと笑った。他人事だと思って、こいつ。

無事に檻から抜け出せた俺は愛のお嬢ちゃんが運転するレタス号三世の後部座席に乗り込み牢を出ていた。無理矢理突き進んだ階段やら壁やらは、戦争が起きたみたいにぶち壊れている。ていうかよくもったよな、レタス号三世。ぺぺぺぺぺっ、と、いつもでは出せないようなスピードで走る愛車のシートを、俺はゆるりと撫でた。


「まさか本当に小さくなるなんて思わなかったよ」
「おっ、なんだなんだ魚少年。俺の薬品にケチつける気か」
「つけてないでしょ、感心したんだよ。しかもそのあと変なカップケーキ食べたら大きくなったし」
「へっへーん。俺の得意料理なんだよ。あっ、魚少年、食う?」
「…………、……いらない」
「本当は食べたいくせにねー?」
「黙りなよスケベ女」
「にしても、硝子ちゃんだっけ? いーなー、ちーさー。こんな美人とずっといたのかよ」
「あら、ありがとう」
「何言ってんだ甘藍、美人は三日で飽きるぞ」


こんな状況で気の抜けたことを言う甘藍に俺はげんなりとした。
運転席にいる愛のお嬢ちゃんに目を向ける。


「嬢ちゃん」
「なにかな?」
「もしかして、お前さんがタイヤ見つけて、レタス号三世に取り付けてくれたのか?」
「そだよん。萵苣くんがいなくなったあと、硝子ちゃんたちが愛ちゃんのとこにまで尋ねてきてね。昨日話した方向性から、君が捕まりに行ったんじゃないかって察したんだよ」


ハンドルを、ぐるんぐるんと華奢な腕で回す。車体は大きく振られて、中の俺たちもあちらこちらにぶつかった。


「そしたら茄子ちゃんって子に会ってね、色々と手伝ってくれることになったの」
「そっか……。ありがとよ、お前ら」
「いいってことよ」


甘藍はミステリアスに笑う。硝子も魚も、笑ってはいるが、その目は俺を軟く責めていた。
ああ、ごめん。
もう勝手はしないから。
もう。
一人でどうにかなったりはしないから。


「あと、礼を言うならハニーとシュガーにもね」
「ハニーとシュガー? あいつらが? ここにはいないみたいだけど」
「ここには、ね」


硝子は意味ありげに呟く。


「貴方を連れ出す前に襲ってきた衛兵や傭兵と、対戦しているわ」
「なッ、あいつら二人でか!?」
「ええ。魚も加勢するって言ったんだけど、二人でやるって聞かなくて」


――二人がおにーさんを助けてあげてね。
――“大切な仲間”が、助けてあげてね。

ギュンッ、と建物から出ると、見慣れた通りに差し掛かった。しかし、予想に反して人通りは全くと言っていいほどなかった。


「もう茄子の発表会か……?」
「そゆこと」


茄子は、俺が車に乗り込む一足先に、発表会へと出向いて行った。こんな時期に俺を助けるためになんだか悪いなと思ったが、何やら茄子たちにも、考えがあるらしい。


「お前が赤果実林檎を食って出て行ったあとさ、まあ、俺らも色々考えさせられたわけでね」
「あ? ああ」
「そんでさ。韮っちと茄子っちと三人で、《エデン》のことを調べたりしたわけなんだよな」
「ここのこと?」


俺が眉を寄せると甘藍は嫌そうな顔で「そう」と返した。
こいつがこんな顔をするなんて、ものすごく珍しいことだ。
俺はほんのりと押し黙る。


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