今でも時々夢に出てくる。
踊るような身のこなしでくるくると俺の周りをひらめき、その歌声めいた軽やかなソプラノで楽しそうに俺を呼ぶ、赤い彼女。
“萵苣!”
まるで舞踏会のダンスの誘いさながら、優美な手つきで俺に手を差し延べて来る林檎。芳しいくらい真っ赤な髪を靡かせて、ルビーの目で俺を見つめている。
俺はその手に自分の手を重ねる。
その手は驚くほどに冷たかった。思わず肩を震わせる。するとその瞬間、ガシッと俺の手首を掴む林檎。とてつもなく強い力だった。ギリギリと握り潰されそうだ。俺は顔をしかめて、彼女へと目線を移す。
“萵苣”
凍りつくほどの無表情で。
“私は、美味しかった?”



*****



「林檎は確かに、俺に食べてほしい、と言っていた。でもそれは冗談かも知れないしおどけて見せただけかも知れない。俺はずっと考えてる。あいつのこと。今でもずっと、しがみつくみたいに、すがりつくみたいに、食べたことを、後悔――なのかな、してるんだ。いや、後悔とはちょっと違うな。なんだろうな、自責っつーか自嘲っつーか……わからないんだよ。俺にとって、林檎はなんだったのか。林檎にとって、俺はなんだったのか。食べてよかったのか、食べられてよかったのか。だから、本当、わからないんだよ。今でもあいつの赤がちらつく。笑顔を思い出す。声が聞こえる。夢に出てくるあいつは、俺に笑いかけたり、俺を責めたり。怖くて、どうしていいか本当にわからなくて、本当がどうなのかわからなくて、だから、ずっと――逃げてたんだよ」
「そうかい。もう相手がいないっていうのが一番痛いね。本当を知っているのが、赤果実林檎だけなんだろうから。ごめんね、緑川萵苣くん。どうにか力になれたら、と思って聞いたことではあるんだけど、僕じゃどうにもできそうにない。無駄に傷をほじくってしまっただけのようだ」
「ビターが気にするようなことじゃないだろ。いいよ別に。そう落ち込むんじゃねぇって。アンタ、いい人だな。……いい人、だな」


ただ。


「ただ、さ……なんで俺、こんなことになってんの?」


現在地。
ウラオモテランドの上。
才知畑――《エデン》。
世界屈指の知識と技術が集約されている、偉才で異才な学部機関。
そして、同時に。
俺が逃げるべき相手。
ウラオモテランドから出た俺は、黒男――本名ビター・ジャッグレスと遭遇し、その場で命を刈り取られる筈だった。
しかしどうだろう。
俺はこの通り生きているし、俺を殺す仕事を請け負っている筈のビターと、奇妙なほど親しげに会話している。

遡ること数時間前。

ビター・ジャッグレスと遭遇した俺は、その場にタイヤを落としてしまうくらい驚愕した。自認出来るほど目は見開き、それと同時にブワリと冷や汗が噴き出した。夜風が急速に身体を冷やす。俺は一瞬パニック状態に陥った。


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