「なんで、この世界中どこかしこにも、上下関係が生まれちゃうんだと思う?」


俺が幽霊のような足取りでラボに戻ると、林檎は俺に背を向けるような形で、パイプチェアに腰掛けていた。顔も僅かに俯きがちで、彼女の細っこいうなじが照明の下に晒されている。
俺はただ呆然と、その後ろ姿を見つめていた。


「人間は多分、自分より劣っている人間を見て、安心してしまうものなの。いじめが起きるのも多分これが原因だね。人間って実は心配性で不器用で、本当は今にも泣きたくて、自分よりも下の人間がいなきゃ幸福になれないんだよ」


俺は、落ちこぼれで。
でも、彼女は天才で。
その理由も、そこにあるんだろうか。


「それってすごーく可哀相なことだよね。だって、日常の中、相手の欠点を必死になって探していかなきゃ、私たちは生きていけないんだから」


まあ、……そんなことはどうでもいい。


「頭が悪い、顔が悪い、身体が悪い、性格が悪い…………そんな風にしたって、意味ないのにね」


気づけよ。
もう。
諦めてること。


「いつか相手の良いところだけ見つければ生きていける世界になったら、きっと素敵だろうね」


そんな見えない幸いな結末を、なんで期待してるんだよ。


俺は、また一歩。
彼女に近寄る。
彼女は、こちらを向かない。
ただただ喋り続けていた。


――食べればいいじゃないか、緑川萵苣くん。


さっき外で言われた言葉が、頭から離れない。


「ああ、そうそう、そんなことよりさ。私、萵苣に言わなきゃいけないこと、まだまだ沢山あったんだよね」


――食べればいいんだよ、萵苣くん。
俺は彼女に近付く。


「まずね、私、完璧ってつまんないと思うんだ。だから、“何があっても”、怒らないでよ」


彼女の言葉は、未だ耳には入らない。ただただ足を進めていく。幽霊のように、亡霊のように。


「それからさ、もし何か困ったことがあったら、その、ほら、赤いカゴあるじゃん? ブルーシートがかかってるの。棚の上のやつだよ。あれ…………使っちゃっていいから」


――きっと彼女は――――楽園の味がするだろうね。

ああ、きっとそうだろう。

甘酸っぱい蜜のような芳香を漂わせる彼女は、それはそれは豊潤な楽園の味がすることだろう。
髪はまるで輝いているように赤々としていて、肌は口溶けるほど滑らかで、その目は硬質で気高いルビーそのもので、その汗は天国に沸き立つ水のように神聖で。

つまりは。

きっと。

とても美味しい。


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