『本当、びっくりしたよ。まさかあの《百年の孤独》が君をつけ狙ってるだなんて』
「へぇーえ?」
『こうなったら本当に気をつけた方がいいよね。相手はあの“縄内恋若”なんだから』
「ふぅーん?」
『…………あれ? 騒禍ちゃん? 今何してる?』
「朝食食べてる。あははははっ、やっぱラヴィの焼いたクロワッサンは美味しいね」
「恐れ入ります」
『……騒禍ちゃん?』
「ラヴィー、これあとで三つくらい部屋に持ってっていいかな?」
「今すぐ用意します」
「うん。ありがとう」
『……騒禍ちゃん』


いつもの聞き心地の好いベルベットの声音に、容赦の無さが見え隠れした。繊細で緻密な鋭利が音響となって牙を剥いている。ごめんごめん、と苦笑してから、あたしは包み隠さず本当のことを打ち明ける。


「だってあたし――なんだっけ。えっと…………失恋太郎?」
『縄内恋若』
「そうそれ。そんな人間初耳なんだもん。あんまり緊張感無いな」


あたしは今リビングで朝食を摂っていた。電話をかけながらでも、ラヴィは眉一つ歪ませず、笑顔で「おはようございますお嬢様、よく眠れたようですね」と言ってくれた。あたしは彼に誘われた椅子に座ってそのまま会話に相成っている。
視界の端に見えかくれしていたコーヒーカップを手に取って、一口喉へと送り込んだ。舌の火傷を気にしない程度に楽しめる熱加減だった。流石はラヴィである。


『……はあ。騒禍ちゃんって、争いごとが好きなくせに、こういった著名人には疎いよね』
「あたしは世界が狭いからねー」
『視野じゃないのがミソかな』
「神様に嫌われてから、あたしは縦横無尽に世界を渡れなくなっちゃいましたとさ」
『その《被世界嫌悪論》は君の幼少期の産物だろう? それに世界全人類が君を嫌おうと、僕は君が大好きだよ』
「世界全人類が嫌いになるようななあたしを?」
『他人の意見に左右されるような感情を、僕は深意であり真意とは思えない』
「言えてる」


あたしが肩を揺らして笑うと、彼も受話器越しに苦笑した。擦れ合うような優しい声が漏れて来る。


「それはさておき、だね」
『うん。――――縄内恋若は、世界一凶悪な男だよ。残酷を自負しなきゃいけない僕なんかだって、比べものにならないくらいには……ね。個人としての実力もあるんだけど、まずはその彼の不気味さとか、あとちょっとした“技術”で、その名を轟かせている』
「技術ー?」
『うん』


少し溜めて、誘くんは言う。


『“他人に成り済ます”ことが出来るんだよ』


はむ、と私はクロワッサンを啄んだ。


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