――それは、まだ俺が十八で、見くびられた過剰な情熱が、身体中で反復していただけのあの頃。


「萵苣。俺は今、身体が小さくなる飲み薬を開発中なんだよ」
「えっ、そんなもん作れんの?」
「さくらんぼのパイと、カスタードと、パイナップルと、七面鳥のあぶら肉と、タッフィーと、焼きたてのバター・トーストをまぜこんだような味にするだけで出来ちゃうんだぜ?」
「不思議の国のアリスかよ」
「机の上に置いといてやる」
「“私を飲んで”って書いてあってもぜってー飲まん」


手厳しいったらねえな、と。
翠原甘藍(すいはら・かんらん)は肩を竦めてシニカルに笑う。
甘藍。薬剤学と調理学を学ぶ同い年の男だ。
俺よりもちょっと薄めのグリーンの髪にみずみずしくて飴みたいな同色の瞳。四六時中ゴーグルを首に下げていて、ちなみにつけているところは見たことがない。注意深く見ればよくわからんことの方が多い男だった。でも、その動作一つ一つはとても繊細で、まるで熟練された匠による芸術の創造過程を見ているよう。妙な危うさを孕んだ、ミステリアスな雰囲気を持つ不思議な人間である。


「私に飲ませてくれませんか? もし貴方が完成することが出来たなら。その薬を」


碧伊屋韮(へきいや・にら)――――青々しいくらいの深緑のロングウェーブにお団子ヘア。また同じくも緑のツリ目。女にしては少し背が高いが男と並べばやはり小柄に見える程度の身長。重要語句が真っ先に来て、そこから順々に捕捉語句を付け足していくような独特な喋り方をする女だ。音楽、声楽、民族学、心理学、言語学というなんとも沢山の学問を専攻しており、異才という意味においてならスピードスターと言える人間である。


「いいぜー。韮っち。ちなみにそっちのほうの定期発表会はどうなんだ? 韮っちいっぱい専攻してるから発表会ラッシュだろ」
「問題ありません。私は発表します。歌を。全ての学問を練り合わせた」
「ああ、そういやあ、前言ってたよな――暗示効果歌曲」
「暗示効果歌曲?」
「萵苣は聞いてなかったっけか? 韮っちの今回の発表はまじですげえぞ。人に暗示をかけて操れる歌ってんだから!」
「末恐ろしすぎるわ。ローレライかよ」
「三曲編成なんだっけ?」
「はい」
「沈静作用で眠らせる――『白昼夢』、他人の本心を喋らせてしまう――『晴天』、特定の場所へと誘わせる――『黄昏』――――楽しみすぎて夜しか寝れねえよ!」
「それ普通だろ」
「私は甘藍に恥ずかしい本心を喋らせるでしょう、もし完成したならば」
「やっぱ楽しみすぎて夜も寝れねえよ」
「良かったな、期待されてるみたいだぞ韮」
「はい」
「ちょっと黙れよ萵苣」


俺と甘藍と韮。よくつるむ親密な間柄で、《バベル》下にある他目的公園で今みたくよく駄弁っていた。そしてこの三人が集まっていると、決まってあいつが声をかけてくる。


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