首なし鶏(2/5)




 イヴとオズワルドは荷物の窃盗犯を追った。
 どうやら犯人は二人組らしいとわかる。どちらもまだ若く、精々ハイティーン。若いやつらにしてやられたと思いながら、イヴは旋回するように、オズワルドと別の方向から、彼らに近づく。
 マーケットの通りを不器用に抜け、表へ出る。奇抜な形に設計された、黒光りする金属建築の銀行を通りすぎる。イヴは彼らが向かった方角へと先回りした。あのオズワルドが彼らをちゃんと追いついているかが心配だったが、こちらが足止めをしておけば問題はない。イヴはそう思案し、走るスピードを速める。
 図書館から出てくる人々にぶつからないよう注意し、イヴは裏道へと回りこむ。建物の影を埋めるようにあるトンネルを潜った。鉄骨とリベットで上手く壁面を作っているが、電灯の数が少ないため、不気味な雰囲気を醸していた。イヴはこの近辺の地理に詳しいわけではないが、さっきまで地図を見ていたおかげで、おおよその見取りは把握している。短いトンネルを抜けてまた通りに出ると、さっき目視した窃盗犯の二人組と、上手い具合に鉢合わせることができた。
「げっ!」
 窃盗犯の一人が顔を顰める。荷物を持っていたほうだったから、さっき盗ったときにイヴの顔を覚えていたのだ。
 イヴが苦笑混じりに「返してくれないか」と言うと、二人はまた逃げ出す姿勢を取った。周りに人がいないことを確認したイヴは、ポケットからバタフライナイフを取りだす。
 彼らは息を呑み、後退りした。
 なるほど、哀王の言う通りこれはなかなか威嚇用に使える。頭ではそんなことを考えながら、イヴは目を細めて、静かに言葉を吐く。
「今なら警察に突き出すのは控えてやる」イヴは続けた。「俺たちだってなるべく事を荒だてたくはないんだ。しかし、お前たち次第では、その手段を選ばなければならない……だから、鞄を返してくれるかな?」
「……どうする。オールドビルなんかと関わったら一環の終わりだぞ。また“あそこ”へ逆戻りだ」
 荷物を持ったほうが、持たないほうへと呟く。二人の視線は、あくまでもイヴを見つめたままだった。
 にしても、イヴが気になったのは、“あそこへ逆戻りだ”という言葉だ。その言い回しに、孕まれた意味合いに、どことなく既知感を覚えたのだ。確証はない。だから知りたい。彼にとってはよくある欲だ。もう少し、彼らの話を聞きたくなった。
「……なあ」イヴは、構えていたナイフを、少しだけ下ろす。「お前たちは“死神との逢瀬への直行便”に乗ったのか?」
 イヴの言葉に二人は動揺した。やはりな、とイヴは確信する。
 荷物を持ったほうの片割れは「どうしてそれを」と目を瞠った。イヴがなにか仕掛けるまでもなく「まさかアンプロワイエ!? もう追っ手が放たれたのか!?」とぼろぼろこぼしてくれる。一方のもう片割れは、思慮深そうに口を噤んでいた。イヴの出方を見極めようとしている。服を引っ掴んで「逃げよう!」と焦る片割れに目も遣らない。なかなかの気骨だとイヴは感じた。
 ややあって、焦燥する片割れが居ても立っても居られなくなったようで、もう片割れを置いて駆けだした。しまった、とイヴは思った。逃げようとしているそっちのほうが荷物を持っているのだ。このまま立ち去られたは堪ったものではない。
 数瞬後、取り残されたもう片割れもその場を動く。二人はまるで打ち合わせでもしたかのように、二手に分かれて逃げようとしていた。取捨選択の逡巡、イヴは荷物を持ったほうの窃盗犯へと足を踏みこんだ。そのとき、イヴの見限ったもう一人の窃盗犯のほうから、短い悲鳴が上がった。
 もう片割れは、思いがけず足を止める。その思いがけずが功を奏し、イヴは彼の腕を掴み、捕獲することに成功した。
 窃盗犯の一人を取り押さえながら、イヴはふと、悲鳴のあがったもう片割れへと振り返った。絶句した。
 ようやっと参上したオズワルドがもう一人の男を確保していたのだ。それ自体は、イヴとて願ってもないことだった。しかし、オズワルドは窃盗犯の彼を後ろから羽交い絞めにして、その片手を彼の服の中に突っこんでいた。彼はわけもわからず目を丸くさせている。イヴとて丸くさせるしかなかった。
「名前は?」
「へ?」
「荷物を持ったほうの名前は?」
 どうやら尋問をする気らしい、とイヴは察する。その窃盗犯をすでに確保したのをオズワルドは見ていないようで、イヴからしてみれば無駄な尋問を、彼にしていた。
 もういい、とイヴも言おうとしたのだが、オズワルドの表情があまりにも大人びており、いつもの様子とまるで違ったので、その変わりように声をかけるのを忘れていた。
 真っ黒い目は静かながらに色艶があり、けれど、決して淫らでない、ひたすらに冷静な態度。人形のようと表現すべきだと、イヴは感じた。感嘆する意味合いではなく、恐ろしい意味での。
「ねえ、荷物を持ったほうの名前」
「そんなの言えるわけ、」
「言って」
 オズワルドは、彼の服の中に突っこんでいた手を滑らせて、引き締まった腹を撫でる。その瞬間に彼の顔は紅潮した。肋骨の筋肉を撫でるたびに、首を左右に振る。その初心な反応に、なにを見せつけられているんだと、イヴは唇を縛らせた。一方のオズワルドはあくまでも淡々としている。そこには一種の慣れのようなものも垣間見えて、イヴは少しだけ違和感を覚える。
「ほら、教えなくちゃ、これで最後」オズワルドは彼の顔を覗きこむ。「名前は?」
 オズワルドは腹を撫でていた手を下へと滑らせる。彼のズボンの中に手を遣ったときは、流石のイヴもぎょっとした。
「えっ、まっ」
 オズワルドに尋問される彼は、焦ったように声をあげる。下着の中にさえ手を突っこんでくる不届きな手元に、舌足らずな悲鳴を上げた。オズワルドの手が腰をくすぐったあたりで、ずっと手元を見下ろしていた彼が、耐えきれずオズワルドへと目を遣る。
 彼の目が、不思議と、見開かれた。
 しかし、オズワルドは悪魔のような手を止めないかった。その白い指が、脚の付け根を舐めるように伝った途端、もう限界を迎えていたであろう彼は「“ペーター”!」と真っ赤になって叫んだ。そこでやっと、オズワルドの手の動きが止まる。
 オズワルドはイヴたちのほうへと視線を向ける。暢気な声で「イヴー、ペーターだってー、」と声をかけるも、もうとっくに捕まっていた彼を見て、オズワルドはきょとんとした。真顔で呆れているイヴと、顔に朱を散らせたまま固まるペーター。とりあえず、といったふうに、オズワルドは「ペーターっていうんだね、君」と呼びかけた。
「あ、ああ……ええっと」
「荷物を返して。でなきゃ、警察に売るわ」
 その言葉を聞いて、ペーターは顔を真っ青にする。奪った荷物を、半ば叩きつけるようにイヴへと返す。イヴがそれを両手で抱えこむと同時に、ペーターは全速力でその場を去った。もう一人を見捨てたようだった。
 悪いことをしたな、と思い、イヴは残りの一人に目を遣る。彼は緊張した呼吸をして、体勢を崩していた。体を弄り回されたのだ。そりゃあこうもなるだろう。イヴがオズワルドに「はしたないぞ」と声をかけると、彼女は自分でも困っていたのか微妙そうな表情を返してきた。
「痛くない尋問を、これしか知らなくて」
 まあ、実際に効果は覿面だったが、オズワルドはどこで覚えてきたのやら。イヴは肩を竦め、その行動力だけは認める、と呟いた。
 イヴは、残された彼の顔を覗きこむ。すると、彼は意外な顔色をしていた。ヘーゼル色の瞳はふんだんな熱を孕みながら、凄まじい眼差しでオズワルドを見つめる。
 オズワルドもそれに気づいたのか、体を強張らせた。すぐさま彼の喉元を掴むように手を遣り、地面へと押しつける。カエルが潰れたような声をあげた彼だが、気絶しきれていなかった。それにオズワルドは焦ったのか、数度、彼の喉元を踏みつける。死ぬぞ、と言おうとしたときには、ようやっと彼の気は沈んでいた。白目を剥いて仰向けに倒れる彼に、イヴは大きく同情した。
「可哀想に」
「どうやったら気絶させられるか、わかんなかったの」
「そもそも気絶させようとするな」
「ねえ、イヴ、もういいでしょう? 荷物も返ってきたし、どっか行こう?」
「いや、まだ気になることが……」
 イヴはふと、気絶した彼の喉元に目を遣る。襟ぐりの立ったフード付きのパーカーに紛れるように、彼の首の周りには、赤い傷跡があった。その残忍な赤い傷は首を一周し、よく見るとそれには、縫い傷も重なっている。まるで一度首を切られ、それから縫合されたかのようだ。世にも恐ろしい傷痕に、イヴは血の冷えるような思いをした。





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