干からびた林檎に誓って(2/5)




「ところで卑弥呼。お前のほうはどうだったんだ?」
「重畳ってやつだよ。今ここにアンプロワイエ一人いねえだろ?」
「ついでに囚人もな」
 イヴと卑弥呼はにやりと笑った。イヴの「お前、なにをした?」という問いかけに卑弥呼は踵を返す。
「細工は流々。仕上がりをご覧じろ」





 収容所内は大混乱。暴虐のアンジェラスは鳴りっぱなしだった。
 卑弥呼の仕掛けた小利口な細工は見事に作用していたのだ。
 収監エリアから出ると、そこは暴徒とアンプロワイエで入り乱れていた。まるでコロシアムのような乱闘状態だ。発砲音と悲鳴、窓ガラスを突き破るような甲高い砕音が止まらない。何十人、何百人もの人間がもみくちゃになって暴れている。勢力は二つに分かれているらしく、片方はアンプロワイエ、片方は――服を見て察するかぎり――ヘルヘイム収容所に収監されていた囚人たちだ。
「要は俺たちが目立たなきゃあいつらは手出ししてこねえんだろ?」その様子を影から眺めながら卑弥呼は言った。「牢屋の鍵を見つけてな、それ使って囚人全員出してやった」
「逃げ出すやつを捕まえるためにアンプロワイエも動く」
「いっぺんボコッてやるっつう血の気の多いやつらもいたぜ。おかげでこの有様だ」
 暢気な態度でそう言ったがこれは相当難関な芸当だった。鍵を見つけ出すことは困難だろうし、見つけ出せたとしてそれを手に入れることも困難だろう。おまけに各牢屋の鋼鉄ドアの各鍵穴はどれも違う形状だ。つまり囚人全員を出すには特定の鍵を特定の鍵に差しこまなければならない。恐らくその点は卑弥呼の占いで導き出せるだろうが、それはつまり卑弥呼でしかできない類の芸当だということだ。
「上手くやれば無傷で逃げれるわけだが、これからどうする?」
「《The Three Muskteers》に戻ってここから離脱したい」
「ああ」卑弥呼は意味ありげに首を傾げて言った。「失楽園、するんだもんなあ?」
 オズワルドにしろ、イヴにしろ、互いのする“失楽園計画”に求めたのは破調だった。崩壊することへの意味か、動き出すことへの期待か。現状打破という変わらない芯を真っ向から掲げるその計画には、それ以外にももう一つ、人間的な生暖かい同情心も含まれている。かつてオズワルドがそうしたように。今度はイヴがそうするように。
「まず《The Three Muskteers》のところまで行きたいわけだが、卑弥呼、お前はどこに置き去ったか覚えているか?」
「いや」
「まずいな。俺もだ」
「まずいね。あたしもよ」
「お前はなにもまずくないだろう」
「えっ、そうなの?」
「仲間がまずいと自分もまずいってことじゃねえの?」
「そうだね、そんな感じ」オズワルドは卑弥呼からダレスバッグを奪って言う。「だってあたし、ナマコは嫌いだもの」
 取り出したのはエアライフルだった。コルク弾が装填されていることを確認したうえでイヴの背後に回る。エアライフルを持つオズワルドの姿に、イヴは妙にしっくりときた。
「卑弥呼、せめてどの方角に飛行船があるか、わからないか?」
 卑弥呼は慣れない片手でぎこちなく、自分の靴を脱いだ。緩くなったそれを爪先に引っかけて軽く蹴るように放りだす。きれいにゴム底を床に着けた靴を見て卑弥呼は「あっちだ」と指さした。それから靴を履きなおしてオズワルドのほうを見る。
「俺が先頭で真ん中にイヴ、お前が最後尾だ。やばそうになったら躊躇わず撃て。どうせ鉛じゃねえんだから死にはしない」
「うん」
 オズワルドが頷いたあと卑弥呼も頷く。
「任せたぞ。イヴになにかあったらお前をぶん殴るからな」
「任せて。ぶん殴られるのは得意なの」
「そっちは任せるな」
 三人が走り出そうとすると、まるで地震でも起きたかのように建物が傾いた。
 低い重低音。固いコンクリート盤が折られるようなそんな音にも感じられた。
 おそらくこのヘルヘイム収容所に突っこんだままの《The Three Muskteers》の自重で建物が傾きかけているのだ。突っこんだところから数十メートル箇所の損壊は激しいものだったし、砕片の数も酷かった。
 もしかしたら《The Three Muskteers》に辿りつけないほど荒んでいるかもしれない。そう考えると善は急ぐしかなかった。
 三人はなるべく周りに悟られないように駆け出して、アンプロワイエたちの裏を潜るように身を躱していく。時たまに囚人たちの何人かが突っかかってきたが適当にあしらえば手出しはしてこなかった。アンプロワイエの一部は、《The Three Muskteers》から降りてきたイヴと卑弥呼を見ているのか、執拗に襲撃を図ってきた。しかし、そのたびに囚人たちが殴りこみ、その囚人たちの蜘蛛の巣にかからなくてもオズワルドが足首を射撃するので、思っていたほどの大した害はなかった。
 拷問を受けた背が痛いのか、オズワルドの足は遅かった。イヴが振り向いてもへらりと笑うだけなので確信はないが、元来そう早いわけでもない足がいつもよりずっとのろりとしているのを同情的に感じていた。
 しかし、それも終わりはくる。
 ゴツゴツとした大きな瓦礫の砕片。落ち着きを見せた噴煙。囚人脱走のおかげで誰もいなくなった廊下に、中途半端に形成された事故処置。大きく開けた穴から大胆に顔を見せる飛行戦艦はまさしく《The Three Muskteers》だった。





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