01


「ワレワレハ、ウチュウジンダ」
「は?」
「いや、普通はそう言うものだろう?」
「そんなことはない。それは人間が考え出した妄想に過ぎない。第一この太陽系の一つの惑星に住んでいる以上、お前たち地球人もまた、完璧なる宇宙人だ」
「ああ、それもそうか」
「そうだ。しかし……それにしても、まさかこんなことになるとはな」
「これからどうなるの?」
「どうなるもこうなるもない。我々の目的はただ一つだ」
「侵略や征服なんておっかない真似はやめてほしいんだけどなあ」
「暢気なものだな。そういう性格なのか?」
「ねえ、私のお母さんとお父さんは?」
「あの衝撃と電磁波に人間の体が耐えれるわけがあるまい。お前は特例、いや、奇跡だっただけだ」
「私は奇跡の人間というわけだね」
「まさかこんな副作用があるとはな」
「私はこれからどうすればいいんだろう」
「死んでみるか?」
「冗談。そんな寂しい話はないったら」
「無論、我々もそんなことは望んでいない。我々が求めるのは完全なる平和だ」
「もしこのまま君たちの思い通りになってしまったら、私の心はちっとも平和じゃなくなるんだけど」
「運の悪い人間め」
「もうちょっと着地地点考えて降ってきてよね」
「孤軍奮闘とでもいうのか。独りぼっちで可哀想なものよ。では人間。こういう遊びはどうだろう」
「遊び? いいね、私ゲームは得意なんだ」
「ただのゲームじゃない。プレイヤーはお前しかいない。そしてお前を助けてくれるものもアイテムもない」
「なにそれ。最低じゃん」
「一度死に架けて、それでも生きてるような不気味なお前にはお似合いだ、地球の救世主様」
「救世主? なんだかとっても格好いいや。うん。しょうがないな。二人をこのままにしておくわけにもいかないし。救世主っていうのも、悪くないかもしれないね」





 口虚絵空の嘘は、どこか懐かしい。
 まるで、幼い頃に絵本で見た童話のような。
 まるで、赤ん坊の頃に来た遊園地のような。
 まるで、少年の頃に見ただろう夢のような。
 まるで、いつかどこかで聞いた噂のような。
 どんな、どこか旧くて懐かしい、奇妙な感覚にさせるような妄言ばかりだった。
 勿論、全てがまやかしだ。
 嘘偽りで。
 絵空事で。
 真実なんてものは一握りもなくて。
 メルヘンとファンタジーとシュールを一緒くたにしたような、そんな嘘ばかり。
 時折、奴は君達の頭はおかしいよ≠ニ、ほとんど暴言の言葉を吐き捨てているが、あの幻想極まりない物騙りを恥ずかしげもなく晒している奴の方が頭がおかしいに違いなかった。
 吐き気すら誘う、おかしな話。
 でも。
 どうしてだろう。
 そんな虚言を。
 そんな虚勢を。
 必死になって訴える奴に。
 躍起になって叫んだ奴に。


 俺は心底、目を奪われていた。


 ただの《可哀想》な奴に。
 誰からも信じられない、哀れな《嘘つき》に。
 俺は心底、持っていかれていた。
 なんて馬鹿だ。
 なんてろくでなしだ。
 俺は気が狂ってるみたいに奴の嘘らしい嘘に手を伸ばして、それこそ芸術品を愛でるように柔らかく撫でていたのだった。
 ああ。懐かしい。
 馬鹿げていて、懐かしい。
 なあ、教えてくれないか、口虚絵空。なんでお前は泣きたくなるくらいに懐かしい偽りを、そんなにも誇らしく紡げるんだ?
 まるで真実を語るように。
 まるで現実を語るように。
 なんで一人ぼっちで、そこまで生きていけるんだ?
 きっと奴は、何も答えない。いつもの如く、私は《正義の味方》だからね≠ニ、そうおどけて見せるのかもしれない。
 そうか、なら仕方がない。
 奴は嘘つきなのだから、それならそれでいい。
 けれど、でも、それでもどうか、ただ、一つだけ。
 願わくは、俺が口虚の嘘を、信じるような日が来ませんように。





 一月八日。三学期スタートだ。
 今日はわりとあたたかい方ではあるのだが一月上旬の気温をナメてはいけない。そのあたたかい≠焉A最近と比較して、の話である。未だマフラー手袋は手放せないし、どうせなら耳あても欲しい。女子と違い、男子は耳を庇う髪を持たない。学校に着くころには寒さにより耳の温度感覚が消え失せて、じんわり削げたような痛みを味わうことになる。
 無事冬休みを終え、そんな冬の寒さもまだ続く今日、俺は急いでいた。せかせかと詰め襟に袖を通して、鞄に母さんが作ってくれた弁当を詰め込む。お茶を持って行くのはやめることにした。冬は夏とは違いあまり喉は渇かない。水筒はいらないはずだ。学校には簡易の給水場がある。必要ならペットボトルを買えばいい。持ち物の確認を一通りすませたあと、俺は紺色のダッフルコートを羽織る。登校時に愛用しているものだ。その上から首元にマフラーを巻いた。重装備である。これである程度の冷感は凌げるはずだ。
 玄関まで小走り、靴を履こうとしたとき、後ろから母さんに呼び止められる。
「忙しいわね、正義。今日はなんと素敵な始業式だものね」
 平城京ほど素晴らしいものでもないわけだが。
 相変わらずの妙なセンスを掲げて、エプロン姿で俺に言い放つ母。
 ちなみに母さん愛用のエプロンは、どこで売っているのかもわからない、果てしなくその趣味を疑う、般若の顔が全面にプリントされている実に気色の悪いものだ。この顔を見るとたとえ母さんが笑顔だろうが叱られているような気分になり、正直萎える。今もげんなりした。
 対照に。
 母さんの顔色は良好調。
 目なんか大きく見開いて瑞々しい。
 息子としては、元気そうで何より。
「忙しいっていうか、遅刻寸前なんだよ」
「あら」
 そう。そうだ。
 俺、本真正義は、珍しく遅刻をしている。
 今の時刻は、実を言うとかなりギリギリの時間帯だったりする。住人あたりなら、もしかしたら登校するのを諦めているかもしれないレベルだ。本来なら、こんな風に母さんと喋るのも憚られるような、危機的状況なのである。
「どうしたの。珍しいじゃない。今まではかなり早めに登校してたわよね? 学校が好きすぎる小学一年生みたいに」
「高校生にもなった息子のことをそんな目で見てたのか」
「そういえば正義、委員長辞めたって言ってたわよね。もしかしてそれが原因? 優等生に飽きたら次はヤンチー目指してるっていうの?」
「半分は正解だけど、半分は不正解、それも結構大胆に」
 しかもヤンチーって、ちょっと可愛くするなよ。
 妙にダサい。
「えっ。まさか委員長続けながらヤンチー目指してるの?」
「そっちの半分をとるか」
「流石、正直くんの息子よね。目も当てられないわ」
「いや、だから母さんの息子でもあるんだけど」
「こんな息子を育てた男の女なんて高が知れてるわ」
「それただのブーメラン」
「でもきっと、美人で心優しくて愛嬌のある女神様みたいな人に違いないわ」
「そうだな。それでいて、息子と旦那を塵芥のように扱う人間に違いない」
「喋ってる暇なんてあるの?」
 母さんは玄関のカウンターの上にある小さな時計にぞろりと目を遣った。
 やばい。
 これは本格的にやばい。
「行ってきます」
 急いで通学用のハイカットに足を突っ込んだ。靴紐はとうに結び終えてある、あとは無理矢理足に馴染ませる作業だけだった。トントン、と鳴らし、俺はドアを開ける。じんわりとした冷気のあと、ドッと寒さが身を蝕んだ。
「ああ、そうそう、正義」
「なに」
 少々棘のある言い方になってしまった。急いているのに引き止められるとは思っていなかったので、その苛立ちを隠す準備を俺は出来なかったのだ。
「何を信じればいいかわかったかしら」
 飽きたように俺から視線を外す母さん。答えなんか待っていないようだった。
 いつもこれだ。
 言いたいことだけ言って満足してしまう。
 突拍子もないことをただただ霧散するだけの人間。
 だから俺も目を向けなかった。
 玄関のドアが閉まるギリギリのタイミングで、俺は言う。
「付き合わなきゃいけないものなら、見つかったよ」
 そのまま家の前に停めてある自分の自転車に鍵を挿す。ガシャンッと独特の響きのある音が鳴ったあと、スタンドを上げて自転車に跨った。地面を軽く蹴り上げて、自転車を発進させる。キコキコキコと自転車のタイヤが回転する軽い音が鳴った。鞄は背負わせたまま、家を出る。



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