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カップをかじると歯ぐきから血が出ませんか?



サイト設立一周年記念 リクエスト作品

相手キャラ:仁王雅治
夢主人公の性別:女
相手キャラと夢主人公との関係:仁王姉の友人
シチュエーション他作品に反映して欲しいこと:ヘタレ仁王が年上の夢主に頑張ってアプローチ?
リクエストしてくださった方どうもありがとうございました。




 私の友人仁王は自身がブラザーコンプレックスであると認めている。仁王の弟への溺愛のほどはかなりのものだ。日中嫌なことがあると、携帯に数ギガバイトにも及んで保存されている膨大な弟の画像を眺めて気分を紛らわせている。昼食時には必ず一度は弟が可愛いと話題にあげる。そして、一日の終わりは彼の耳の裏の匂いを嗅いで疲れを癒すのだという。そこまで弟を可愛いと思う感情は私にはよくわからないけれど、たまに見せられる画像の弟は愛嬌があって可愛らしい。
 その可愛い弟と両親が今晩不在だからと、仁王は自分の家に泊まりにこないかと私を誘ってくれた。長いこと友人をやっているが仁王の家にお邪魔したことがなかったので、私は喜んでその誘いを受けた。
自分のことは煙にまいてあまり話してくれない仁王の家にはそれはもうたくさんの仁王の秘密があるだろうと期待して行ったのだが、彼女の家は拍子抜けするほどごく一般的なそれだった。ただ、彼女のクローゼットにはカツラと普段の仁王の趣味とは思えない服があふれるほどあったことには驚いた。
 仁王と私しかこの家にはいないので、当然のように夕飯は二人で作ることになった。泊まりで遊ぼうという話になった時には、たこ焼きパーティーでもしようかと盛り上がっていた。しかし、いざ作ろうという段階になると、かかってしまう手間のわりにはお腹がいっぱいにならないとか片付けが大変だとか、二人そろって持ち前の面倒臭がりを発揮して、献立はお好み焼きに変更となった。おまけに、ホットプレートを出すのも惜しんで、カセットコンロにフライパンをおいてお好み焼きを焼こうとするのだから、所帯染みるあまりにパーティーと呼ぶのも苦しく。ツイッターに「におとお好み焼きパーティー!inにお家 お好み焼きうまー」とつぶやくことすら躊躇してしまう。
早めの夕食が終わって、風呂もいただいてすっかりくつろいでリビングでテレビを見ていると突然ガタンと玄関の方から音がした。
「ごめーん、ドアの鍵開けってやって」
 誰かが施錠されているドアを開けようとガチャガチャとドアノブが揺れるのを固唾をのんで見守っていると、トイレの中から仁王が言った。
 仁王の家族は仁王以外全員いないはず。今チャイムも鳴らさずこの家に入る人もいないはずだ。もしかしたら、扉の向こうにいるのは不審者かもしれない。そう思いながら、ドアをゆっくりと開けると、大きなカバンを背負ったジャージの少年が入ってきた。
「あなたは誰ですか?」
 と私も少年も訊けず。ただ向き合ったまま黙っていると、水の流れる音がして用を済ませた仁王がトイレからやっと出てきた。
「永遠子、鍵開けてくれてありがとう。弟帰ってくるのに鍵締めてたの、忘れてたわ。」
「えっ仁王の弟?!だって仁王の弟もっと小さいはずでしょ。」
 気まずそうにしている少年を思わず見てみるが、仁王の携帯で見た画像の子とは歳が十は離れている。どう考えたって仁王の弟ではない。
「弟だよ。」
「仁王の家は二人兄弟じゃなかったの」
「三人だよ。これは上の弟。家にいないのは下の弟。」
 これと指差された少年は、仁王にあいさつしなよと命じると頭だけを下げた。お邪魔してます。とこちらも頭を下げる。部活か何かから帰ってきたらしい弟は、ずいぶんとくたびれているようだった。玄関の床に大きなカバンを置こうとするも、姉である仁王にそれを咎められ、カバンを引きずりながら重い足取りで自分の部屋へと向かっていった。その背中を、仁王は姉らしく小言で叩く。
「私風呂入りたいから、部屋に荷物置いたらすぐに風呂入ってよ。」
 仁王のそれに弟は返事をしなかったが、二回にわたる仁王のねえという呼びかけの後にようやく、ああともうんとも聞こえる返事をした。
「弟が二人いるなんて、初耳なんだけど。」
 弟が自分の部屋の扉を閉める音の後がしてから、仁王にたずねてみると仁王はとぼけるように笑った。
「そうだったっけ。」
 まさか、今になって友人の家族構成をまちがえて知らされていたことに気がつくなんて夢にも思わなかった。けれど、当の本人は何とも思っていないようだった。それにしても、
「あなたの姉らしいところ初めて見た。」
 素直にそう言うと、仁王は心外だとばかりに腕を大きく広げた。
「何言ってるの?こう見えても私、すごくいい姉だからね。だって、これから弟の夕飯だって作るんだよ。」
「ははは、さすがお姉ちゃん。」
 
 せっかく姉という力を発揮して焼いたお好み焼きはすっかり冷めてしまった。出来たばかりのときは、勢い良く踊っていたかつおぶしも今ではソースの上で屍となっていた。
「アイツ、風呂長くない?」
 テレビを見ながら言う仁王の言葉に、そんなことないんじゃないかと言おうとしたけれど、時計を見れば弟が帰って来てから一時間近く時間は経っていた。私が風呂に上がって、すぐに風呂に入ろうとしていた仁王にとってはずいぶんとながいことお預けを食らっていることになる。
「もしかして寝てるんじゃない。」
「ありえる。ちょっと見てくる。」
 仁王はめんどくさいなあとぶつぶつ言いながら立ち上がり、風呂の様子を見に行った。扉の奥から仁王の「いつまで入ってんのよ」「あとがつかえてるでしょうが」と叱り声が飛ぶと、すぐに水の音と浴槽のふたを閉める音が聞こえて来た。
「信じらんない。顔の半分、お湯につけて寝てたんだけど。」
 リビングに帰って来た仁王はここまで沈んでたと呆れた顔で、手の平を水平にしたのを鼻のすぐ下につけてみせた。半分溺れている状態で寝るなんて可笑しくて、つい笑っているとその本人がリビングに入って来た。仁王は遅いとまた弟を叱ると、彼とは入れ違いに風呂へと向かった。
「遅い。ねえ、ごはんそこにあるから。永遠子、私風呂入ってくるね。」
「うん。わかった。」
 ぱたんと、たいして大きくはないドアの閉まる音がして、訪れたのはなんともいいがたい微妙な空気だった。バラエティ番組のスタッフの乾いた笑い声が空しく部屋に響く。タオルを頭から被ったままの弟も気まずい思いをしているのはきっと私と一緒だろうけど、顔が見えない分余計何を考えているのかわからない。
「えっと、仁王がお好み焼き作ってたんだけど。食べる?
 ……食べるよね。部活から帰ってきたばかりだから、お腹減ってるよね。そりゃあ、食べるよ。
 ごめんごめん。冷めちゃってるから、レンジでチンしてくるね。」
 アハハハとわざとらしい笑い声まで上げて一人芝居しているようになってしまったのは、私のせいではない。弟君が本当にうんともすんとも言わないからだ。仁王の弟は姉のようにフレンドリーな人だろうと思っていたが違った。超がつくほどの人見知りのようだ。
 素手で持つことが出来ないほどあたためすぎたお好み焼きを持っていくと、弟君はどうもと初めて声を出した。だが、声が小さくてよくは聞き取れなかった。私がおぼんを使って持って来たお好み焼きの皿を触ったときにも、
「熱っ」
 と声をあげたが、それ以降はこちらがテレビで面白い場面になっても笑うことを許さないような重々しい雰囲気を醸し出して、黙々とお好み焼きを食べていた。仁王が風呂から上がってくれれば、こんな気まずい思いをしないですんだのに。いつになったら仁王は風呂から上がってくるだろうかと、壁にかかった時計を見てみるがあれから十分と経っていなうえに、秒針もやけにゆっくりと刻んでいた。
いつもにぎやかな仁王とは違って、あまりにも静かすぎるので本当にあの仁王と弟なのかと疑いたくもなる。
 進みの遅い時計を眺めるのも笑うに笑うことの出来ないテレビを見るのにも退屈して、なんの気なしに、お好み焼きを食べる弟の手元を見て、私はある違和感に気がついた。
「左利きなんだね。」
 思ったことをつい口に出してしまった瞬間、姉と同じ三白眼の瞳がこちらに向けられた。
 あ、まずい。そう気づいた時にはすでに遅く、弟くんは大きく開けた口に入れたお好み焼きを咀嚼しながら私の顔をまじまじと見ていた。
「えーと、書くときも左なの?」
 とくに話題が思いつかず、さして興味もないことを訊いてみる。けれど、こんな簡単な質問にさえ弟君は急いで口の中を飲み込もうとも、うなずくこともしなかった。ただ、こちらの様子をじいと伺うだけ。見かけはどことなく似ていても性格はここまで違うのかと、ある意味で感心しかけたとき、弟君は左手の箸をひょいと右手に持ち替えて、上手にお好み焼きを食べやすい大きさに切って口の中に入れてみせた。
「両利きなんだね。」
 かっこいいなあと素直に感想を言ってみるが弟くんは、返事を返してくれなかった。その後すぐに仁王が風呂から上がってきて、弟くんがお好み焼きを食べ終えて自分の部屋に引っ込んでしまった。ついに弟くんと私はろくに話すことはなかった。ただ、両利きだと端を持ち替えてみせたときの得意顔がやけにかわいく見えて、すぐに忘れられないほど印象的だった。

***

 翌朝、日曜日の七時前だというのに誰かが廊下を行ったり来たりする音で目が覚めた。昨夜は遅くまで起きていたせいで眠たい。もう一度寝ようとしても、ぱたぱたという足音が耳障りで寝るに寝れない。仕方なく起きようと決めて布団から抜け出て水を飲みにキッチンに行くと、弟君が朝食を食べているところだった。目が合うと、弟君は頭だけこちらにぺこりと下げてきた。相変わらず無口だ。
「もっと静かにできないの。目覚めちゃったじゃん。」
 遅れてキッチンにやってきた仁王は、指で目頭を押さえていてまだまだ眠たそうだった。だが、弟君と違って話のできる人がきてくれたので、私もようやく朝の支度を始めることができる。さっそく洗面所をかりようと声をかけた。
「ねえ、仁王」
「なに?」
 仁王にだけ声をかけたつもりが、なぜか姉である仁王と弟君の二人同時に返事をされた。姉弟は互いの顔を見合わせると、弟の方は
は朝食の続きに取りかかった。残った姉の方は、私を見て小さく笑った。
「どっちも仁王だから。」
「ごめん。ねえ、洗面所かりたいんだけど。」
「勝手に使って良かったのに。タオルも新しいの洗濯機の上に出してあるから使って。」


 普段から仁王のことは苗字で呼んでいることについては何とも思っていなかったけど、まさかこういうところで困るとは思わなかった。少なくともここにいる間は、仁王のことは下の名前で呼んだ方がいいのかもしれない。顔を洗いながら自分でそう決めたにも関わらず、やはり簡単に癖は抜けない。今も使ったタオルをどうすればいいのかをたずねようとするときも、
「仁王ー、使ったタオルって床においてあるカゴに入れていいのー?」
 つい苗字でしまった。それも、タイミングよく弟くんが家を出ようと前を通りがかった瞬間にだ。急に呼び止められた弟くんの目は見開いていて口を一文字に固く閉めていて、見るからに驚いていた。
「ごめん。お姉ちゃんの方に声かけようとしたんだけど、紛らわしかったね。ほんと、申し訳ない。」
 アハハと恥ずかしいのを笑ってごまかして、今度はちゃん目当ての人物である仁王がいるキッチンへ向かったが、腕を取られて後ろの方へと引っ張られてしまった。
「使ったのはカゴに入れてくれればいいから」
「そう、ありがとう。仁王くん。」
 急に腕を掴まれたことへの驚きを隠しながら、弟君に言われた通りタオルをカゴの中へ入れる。その間中も、なぜか弟くんはじっとこちらを見ている。
「雅治。」
「マサハル?」
 マサハルって何だ。と悩む前に、弟君から早々に答えを告げられる。
「俺の名前、雅治じゃから。苗字じゃ紛らわしいし。」
 そう言えば、私は弟くんの名前を聞いていなかった。確かに姉の友人が姉に声をかけた時に、関係のない自分も一緒に呼ばれたら気分は良くないだろう。覚えていて、困ることはない。
「雅治くん、ね。」
 忘れないように名前をつぶやくと弟くん改め雅治くんは、もうは用はないとばかりに玄関の方に行ってしまう。黄色のジャージに身を包み、大きなカバンを担ぐ姿は昨日と変わりはない。しかし、私は少し肌寒い外へと顔を引き締めて出て行こうとする彼をなぜか黙って見送ることが出来なくて、ついいらぬ言葉をかけてしまう。
「雅治くん、部活頑張ってね。いってらっしゃい。」
 雅治くんは玄関のドアを開く手を途中で止めて、驚いたようなを顔をちらりとこちらに向けた。そしてまたすぐに、今度は勢いよくドアを開けて外へ出て行った。


「玄関で何してたの?」
 トーストとカップスープという実にシンプルでインスタントな朝食の途中、テレビのチャンネルを回しながら仁王がついさっきに起きた私と雅治くんの玄関でのことに訊いてきた。
「別に、たいしたことじゃないけど。弟くんが俺の名前は雅治くんですって、教えてくれただけだよ。」
「俺の名前は雅治くんデス。って?」
「そんな言い方じゃなかったけど。」
 アニメの女の子のように声を作りながら、顔は鼻に思い切りしわを寄せるという器用な真似をして仁王は言うけど、それは雅治くんとは似ても似つかなかった。
「でも、意外だなあ。」
「何が?」
 一足先に朝食を終えた仁王の呟きに、スープの入ったマグカップに口つけたまま尋ねると、仁王はもったいぶるようにたっぷりとマを開けてからゆっくりと答えた。
「雅治って、家じゃすごい無口だからさ。私の友達が来たって、一言も喋らないだろうって思ってたの。」
「ふーん」
「でも、まさか自分から話しかけるなんてねえ。あんた、変なことしたんじゃない?」
「ぶっ」
 友人の弟に手を出したのかとあまりにも露骨たずねられて、私は思わず吹き出してしまった。その拍子に、前歯とカップの縁がぶつかって骨がぶつかる衝撃と一緒にがちんと鈍い音を立てた。地味な痛みに口に手を当てて堪えていると、それを見た仁王のくつくつと笑う声が聞こえてくる。
 肩をすくめて、いたずらっぽく笑うその顔は、やはり姉弟と言うべきか雅治くんのそれとよく似ていた。


  
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