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刈り取る刃1



 マキマ
 
 死人の口からあってはならないものが漏れた。
 血や胃液、最後に食べたものの消化しきれなかった味噌バターラーメンのコーンの皮でもない。はっきりと声が漏れたのだ。
「先生。今 マキマ って聞こえましたよね」
 私は検死台に乗せられた初老の男性の遺体を今まさにメスで切り開こうとしている先生に記録用のボイスレコーダーを向けて訊ねた。
「聞かなかったことにしろ」
「でも、今」
 はっきりと、たしかに、先生と私しかいないこの場に三人目の声が私の耳に入ったのだ。起こり得ないことを見過ごせるわけがない。しかし、先生は「そんなことはどうでもいい」と首を横に振った。
「あと何体の遺体を見ないといけないと思ってるんだ。早くしろ」
 先生はきっぱりとそう言うと、これ以上私に口を挟無ことが出来ないように遺体にメスを入れて作業の続きを再開してしまった。単なるの助手でしかない私は目の前で行われる先生の仕事の手伝いをする以外になくなってしまった。


※※※


 ひめくりカレンダーを破くよりもずっと早いペースで人間は病と老衰以外の理由で死に、私と先生が経つ検死台の上に乗ってやってくる。やってくる死人は老いも若いも男女もなにも問わなければ、その死に顔も様々だ。稀に、悪魔に齧られてその頭が無かったりもするが。
 検死官である我々は次々とやってくる死体をよく観察して、必要が有れば体を開いてその中身を観察する。検死官にとって死者が生前に抱えていたものはなにも意味はなさず、ただ死んだ原因を突き止めるためにどの死体にも同じように検死を行なっていく。
「やってることは寿司を握るのと同じだ」
 血が流れない体にメスを入れ続けてきた私の師でもある先生は、己のこの仕事についてそんな喩え方をよく声に出していた。
 時には胃袋の中をさらったりすることもあるのに、食べ物に例えるだなんて。その無神経さには思わず閉口するが、その喩えは何人もの死体を観ていくほどに妙に納得させられるものがあった。
 何百通りもの死に方をした人が、老若男女を問わずに同じ手順で検死を行い、最後は黒い死体袋に収められる。検死が終われば皆同じ形になってしまうのである。姿も形も大きさも違う魚も寿司職人の手にかかれば、身を捌かれ、酢飯と一緒に握られて、あの掌に収まるほどの楕円の形にされてしまうのだ。その様はたしかに寿司を握ることに相通じるものがあるようだ。
 私は来る日も来る日も、寿司を握るが如く死体を切り開いて中を見て、その死の原因を科学的根拠の基づいて明文化する先生の手伝いを続けた。死体は言葉を口をするものもあれば「マキマ」と意味のない言葉を発するものもあった。その言葉を発する死体は決まって足首から先がなく、大量の失血が原因で命を落としていることに気がつくのにそう時間は掛からなかった。
 科学に傾倒する者の性だろう。不可解な死の羅列から共通点を見出してしまうと、私は先生の言いつけを無視してでも言葉を話すこと死体について調べないと気がすまなくなっていた。


  
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