15
太陽の光で暖められた布団が暑いと跳ね除けようとして失敗したところで私は目を覚ました。
頭を少し動かすと毎日毎朝見るベランダから陽射しが顔にささってきたのですぐに布団を被り直した。時刻は日が昇っているとはいえ8時かそこらだろう。頬に触れるシーツの感触も掛け布団のカバーの色も覚えがある。なぜかテレビがつけっぱなしで録画しておいた番組が独りでに再生されている。
ここは私の部屋で私は自分のベッドの上だ。
奇跡だ。
昨夜のことは半分ストンと抜け落ちたように記憶が無い。覚えているのはあのレストランでワインのボトルをほとんど一人で空けてしまったのと奢ってくれた観音坂さんにひたすら御礼を言って、二軒目も行こうと観音坂さんの腕を掴んだことが私が覚えていることの最後だ。
記憶を飛ばすほど飲んでもなお、無事に自分の布団にたどり着けたのか不思議で仕方がないが観音坂さんが気を使いまくって私をここまで送ってくれたのだろう。
まずは紅茶でも飲んで目を覚まそう。窓を開けて、外の空気を感じるのは気持ちがいいかもしれない。観音坂さんにはあとで御礼の連絡を入れておこう。
ベッドを降りてからの算段をつけた私は両手を伸ばして大きく伸びをして軋む身体に動くよう命じた。それから寝すぎたせいで開きにくくなっているまぶたを指の先で擦った。すると指の先にはマスカラのカスが三つがついていた。嫌な予感が過ぎるのを感じながら、鼻先をつまんで指先を擦り合わせると剥がれたファンデーションでヌルりと滑った。前歯を舐めてみると、表面が膜を張ったようにぬめついていた。
前言撤回。最悪の朝の始まりだ。
顔を洗わなきゃいけない。二度寝するにも歯を磨いてないせいで口の中が気持ち悪くてとても寝る気になれない。脱ぎ捨てただろう服を拾い集めて溜まっている洗濯物と一緒に日が昇っているうちに洗濯機を回して干さなきゃいけない。掃除もある。あと、転職先が決まったから登録してる会社に連絡もしなきゃいけない。
やらなきゃいけないことが山と積み上がっていて、今が八時かそこらだとしても全てをやり遂げたときには一日なんてとっくに終わってる。嫌気がさしてきて、すべてを遮るように布団にさらに潜り込んだがなにもいいことは起きなかった。
とても起き上がる気になれなくてうだうだとしていると、布団越しに頭の上になにかが乗っかってきた。脇に避けていた枕でも落ちてきたのかと思ったがその枕は私が抱えている。なら、今乗っかているのはなんだと確認するよりも早く布団を頭から剥がされた。
「起きた?ってまだ、眠そう」
寝乱れて顔にかかっている髪を自分のではない指が不器用な手つきで払われる。目の前にはそこにいるはずのない観音坂さんがいた。
昨日、私は一人で自分の部屋に帰ってきたはずなのに。私しかいないはずのワンルームの部屋で、観音坂さんは昨日も着ていたスラックスにワイシャツの姿で首元から微かにお湯の匂いをさせてベッドで眠る私に覆いかぶさるようにして立っていた。
なんでいるはずのない人がこんなところにいるんだ。
「まだ寝惚けてる?」
観音坂さんが前髪をかきあげるように私の額を撫でてきたので、私はその手を払って浴室へ逃げこんだ。