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傘の上を露が走る 前



弦一郎が起きたときにはすでに日が昇りはじめるようになった頃、彼が目を覚ましてまず行うのは部屋の窓から顔を出してその日の天気を判断をすることだった。まだ夜の明け切っていない空の色はいつも同じ色をしていない。真夏を思わせるようなからりと晴れてうだるように暑くなる日の空は高くて雲は白いが、そうじゃない日のそれは暑くなる日と比べてうんと低く色も雲の色とよく似ていて雲と空とを分けるのが難しい青みのかかった灰色をしていた。今朝の空は雲が広がっているものの、照りつけるような日射しを和らげるように薄く見上げれば太陽の形がはっきりと見ることができた。空気も肌に張り付いてくるような湿気を帯びていない。今日は晴れ。一日の天気をそう予想つけた弦一郎は、そのことを朝食の時間に卓の上に弁当の包みを置いてくれた母親に話した。母親は、そんなこと言って雨に降られないでよ、と弦一郎の向かいに座って今朝届いたばかりの新聞を広げながら言った。折りたたみの傘をバックに入れてある。弦一郎がそう返せば、母親は顔を上げてなら大丈夫ね、と言ったきりまた新聞に戻ってしまった。

いつもの通り朝練を終えて委員会の仕事に向かう途中の廊下で弦一郎はたった今登校してきたばかりのところの彼女を見つけた。彼はあと何秒もしないうちに彼女とすれ違うことができると分かりきっているのに、知らず知らずのうちにその歩の進みを速くして、唾と一緒にわずかにある己の緊張を飲み込んでから彼女の名を声にした。けれども弦一郎に名前を呼ばれたはずの彼女は彼にではなく、彼よりも近いところにいた男の方へ向きを変えて行ってしまった。その男は弦一郎と一緒にテニスの練習をしていた男で、練習の後も弦一郎が部室を出ていくまで共にいたぐらいによく知っているし、親しくしている人物だった。奴は練習が終わってずいぶんと経つというのに彼が好んで着ているTシャツ姿のまま制服に着替えていなかった。
いつまで練習着のままでいるんだ、と奴に注意してしまえば奴ら二人の間に割って入ることなんて容易なことだった。けれども、教室で友人といる時のようにサラサラと笑って会話を楽しんでいる様子と違い、奴と話している彼女はちっとも楽しそうには見えないけれど眈々と言葉を紡ぐ表情は、弦一郎が彼女といるときには全く見せたことのない、何一つ構えていない至極穏やかなものでいて、また彼女の話を聞いている奴も同じように穏やかな顔をしているのを見て、弦一郎はどうしてもその完成されきった空間を壊すのが怖くなってしまって、そうすることが出来なかった。二人の前を通り過ぎるとき
弦一郎はまた彼らを横目で見たが、やはりその完成されきっているような空間にいる彼女に気付いてもらおうとは思えなかった。


  
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