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 私は観音坂さんを取り逃がしてしまった。
 観音坂さんにお菓子をわざわざ買って寄越してこないでほしいだけなのに。そうやってお願いすることもできなかった。それにびっくりするくらい会話が観音坂さんと私では噛み合っていなかった。あの調子だと、私がお菓子を欲しがっていないなんて観音坂さんは爪の先ほども思っていないだろうし、またさっきのように買ってきたお菓子をよこされてしまうのは目に見えていた。
 私は辺りを見回して女傑の姿が近くにないことを確認してから、観音坂さんから受け取ってしまった袋の中を見るとクリームの味が違うものが一つずつ入っていた。この店がどんな種類のもの置いているのかは忘れてしまったが、私がその店に出向いた場合でもきっと同じように買っていただろう。私の好みを当てられているのが少し不気味だった。しかし、これから昼食だと言うのにデザートとして二つもクリームパンを食べるわけにはいかない。仕方なく一つだけいただくとして残りは給湯室にある冷蔵庫にでも入れておくかと考えたが、甘いものを入れておくと数時間後にはなぜか消えてしまうあそこにクリームパンを入れるのはどうも気が引けた。要冷蔵のものをオフィスの中に数時間おきっぱなしにしておくわけもいかない。
 せめてナマモノを買ってこなければいいのに。
 もう仕事に逃げていってしまった観音坂さんに文句を言っていると、若い女の人が私の名前を、それも苗字ではなく下の名前の方で廊下によく響く声で呼んできた。
 声の出所を見やれば、別の部署で働いている同期が「オツー」とずいぶんとくだけた挨拶をしながら私に向かって手を振っていた。私は彼女に駆け寄ると、その手を引っ張ってカフェスペースコーナーに連れ込んだ。
「助けて!」
「アハハハ。昼休みに見かけた友達にかける言葉じゃないよ、それ」
 すがりつく私に同期の友人は大口を開けて笑った。ことはどれだけ重大なのか、こいつはわかっていないようだった。
「真面目に言ってるの。同期が助けを求めてきたら、大丈夫?とか話聞いてあげるよ、ご飯行こう。とかないわけ?毎年半分ずつ同期がやめていってるのあんたも知ってるでしょ。ちょっとは優しくしてよ」
「転職活動真っ最中で、今にも会社辞めようとしてる人か何言ってんの?」
「まだ同期だよ。というか、友達なんだから友達として助けてよ。ほら、クリームパンあげるから」
 私はクリームパンを取り出すしてみせると、苦い顔を浮かべていた友人はその包みを見て有名どころのものだとわかると喜色満面の顔をした。現金なやつだ。
「永遠子、大丈夫?私でよかったら、話聞くよ。それとも、飲みにいってちゃんと時間つくった方がいい?」
「もうコンビニでご飯買ってきてるんでしょ。ここでいいよ。私もお昼これからだから」
 私はコロリと態度を変えて協力してくれることになった友人にこれまでのことを全部話した。といっても、はじめから全部話したところでたいしたことはなかった。観音坂さんから毎日と言っていいくらいデパ地下で買ってきたお菓子をもらっていること。そのお菓子を観音坂さんは得意先からもらったものだと言っているがどう考えても自分で買っているようだことぐらいしかないのだが、会社の先輩が後輩の一人に真っ当な理由もなくそんなことをしてくるのが不気味で仕方がないのだと整理がついてないながらも私の気持ちの方も一緒に伝えると、ずいぶんと時間がかかってしまった。愚痴交じりの私の相談を聞いていた友人は首を傾げた。
「デパ地下のお菓子とかクリームパンなんてウチらの財布ではそうちょくちょく買えるわけではないんだし、貢がせとけばよくない?おやつ係にしとけばいいでしょ」
「そういう考えもありかもしれないけど、毎日だよ?それもやたら甘いものばっかり。肥える」
「たしかに毎日クリームパンは肥えるね」
「でしょ?だいたい私、仕事で観音坂さんにほとんど関わらないんだよ。あるとしても宅配便で届いたカタログを机の上に置くくらい。見積書を作ってあげたりとかほかの人が頼んでくるような仕事を頼まれたりとかもしてないんだよ。本当にもらう理由なんてないんだよ。それなのにデパ地下とかのお高いスイーツを、わざわざ得意先からもらったって嘘ついてまで渡してくるんだよ。ちょっとというか……だいぶ怖いでしょ」
「永遠子の言う通り、どんな裏があるんだろうと考えると気軽におやつ係にできないね。まあ、このクリームパンは私からすればとってもありがたいけど。微妙なところにあるから、めったに買えないし」
 友人は包みをほどきながら頷いてくれた。彼女のクリームパンの食べっぷりは見ていて実に気持ちが良いものだった。一口目でクリームのところにまでたどりついて「おいしい」とクリームの味について感想をもらすと、三口四口と黙々と大きな口でクリームパンにかじりついてあっという間に平らげた。私もつられるようにクリームパンにかじりついたが、一口目ではクリームを味わうことができずに冷飯のように弾力のあるパン生地が上顎にはりついてきて、口の中の水分もそれに取られてしまってなかなか飲み込むことができない。
 クリームパンを食べるのに手こずっていると、自分で買ってきたコンビニのサンドイッチのフィルムを剥がしながら友人は口を開いた。
「結局のところはさ、永遠子は観音坂さんにお菓子買ってくるのをやめてほしいんでしょ」
 私はうなずいた。
「それならさ、逆におねだりしたらいいんだよ」


  
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