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シャンデリアの降る夜に



!caution!
男性主人公のお話です(一応BLではない)。柳が高校3年生で、先輩は浪人生という設定です。





 次の授業まで四十分ほど。木枯らし一号はもうちょっと後。二度目のセンター試験まではその木枯らし吹きすさぶ三ヶ月ほど後。さっさと予備校に戻って自習でもした方がいいのは百も承知だが、授業を一緒に受けている友人がそろいもそろって体調崩しただの、息抜きだなんだと今日の授業は休むというメールが届いた今、余分に勉強をする気がそがれてしまった。けれども、ビラ配りに、キャンペーンカーのマイクに、店の中から漏れ聞こえるBGM、がちゃがちゃとうるさい繁華街で暇つぶしなんかしても、家に帰って寝たいという気持ちになって自分も授業を休みたくなるだけになるのは目に見えていた。そんなこと考えてはいても足は自動的にまっすぐ予備校のあるビルに進んでいく。
 浪人生は切ない。牛丼屋で腹を満たしたら、寄り道せずにまっすぐ予備校に戻って机に座る。やることもやるべきこともそれしかないのだ。
 牛丼屋から予備校までの百メートルも満たない道を進んでいると、自分が一年前まで通っていた学校の制服を着た男がいるのが目に入った。浪人一年生の俺に、見慣れたあの制服は眩しかった。かつての自分も輝いていたのだろうか。いや、部活に学校生活のすべてを捧げていたかつての俺はあいつよりずっと青春していた。去年の俺は今のあいつに勝っている、輝いている。
 俺にしかわからない勝利に酔って、足を速めた。そいつを追い抜いて、ますます湧いてくるまるで意味のない優越感に浸ろうとしたところで、そいつはなぜか俺に追いついてきて俺の顔を覗き込んでやっぱり、とつぶやいた。
「お久しぶりです。先輩。」
 なんだ気味が悪い。と思ったが、目の前の奴の顔を見てすぐに声をかけられた理由がわかった。
 「柳?」
 去年の俺より輝いていない高校生は、部活の後輩だった。

「柳、お前ここの予備校通ってんの?」
「まだ決めてないです。あと二カ所ほど回ってから、決めようと思ってて」
 柳の右手にはこの予備校のパンフレットが握られていた。他にどこを見るのか聞いてみれば、柳は同じ予備校でもここからいくつか先の駅のところと高校から一番近いところにある校舎の名前を挙げた。
 まずは情報収集から、らしい。一年経っても何も変わっていない柳のまじめなところに、俺は懐かしいなあと少し嬉しくなる。
「先輩、これから授業ですか?」
「休憩中。」
「少し予備校の話聞かせてもらってもいいですか?」
 俺は携帯を開いて、時刻を確かめようとするとすかさず柳が現在の時刻を教えてくれた。そうだ、こういう奴だ。柳って。
「三十分ぐらいしかないけど。」
「十分です。あそこのファミレスでいいですか?」
「俺、さっき牛丼食べちゃったんだけど。」
「でも、俺が空腹なんですよ。」
「なんだよ、それ。」
 あの頃のようにしれっとした顔で自分勝手なことを言ってきた柳の肩をこずくと、柳は小さく笑って、やっぱりラーメンにしようかな、などと抜かしてきた。俺はふざけんなと言ってやる代わりにファミレスまで柳を置いて走ってやった。
扉を開けると同時にチャイムの電子音が鳴った。チントーンという音とともに店員がやってくる。お一人様ですかという彼女に二人、と俺は答える。
「煙草はお吸いになられますか?」
「どっちでも」
では、と店員が口を開いたところで俺に遅れて店に入ってきた柳が俺の横に並んで立ってきた。柳の身体が俺よりも大きいせいですぐ近くにいるだけで妙な威圧が身体の左側から伝わる。こういうのをむさ苦しいと言うのだろう。なんとなく心地が悪い。
柳は俺を一度睨むと、店員に口を開いた。
「禁煙席をお願いします。」
禁煙席。それを聞いて柳がどうして怒るのか納得した。柳は高校生だった。制服を着ている。喫煙席はダメだった。
「かしこまりました。それでは、空いている席におかけください。」
まばらに席が埋められた禁煙のエリアを指して店員は仕事をしに別の場所にそそくさと行ってしまった。柳は俺が歩き出すのを待っているのかその場に立ち尽くしいた。でかいのが俺のすぐそばでそうしているのは慣れているはずだったけど、一年ぶりとなると少し邪魔だ。早く行け。俺は目でそう命令してみたが柳にはどうも伝わっていないようで、尋ねるようにこちらを見ていた。なんなんだ一体。
「お冷取ってくるから、席とっといて。」
 肘でとんと柳の身体を押してそう促すと、柳はゆっくりと席を取りに歩き出した。俺はそれを見送って、ドリンクバーのコーナーからお冷やをふたつ取りにいった。

 柳は、俺がかつて全てを捧げていたテニス部の一つ年下の後輩だ。付属の中学校のテニス部が全国制覇を二年連続で果たしているだけあって、俺がいた高校のテニス部でも伝統のあるなかなかの強豪だ。俺の代も成績だけを見れば歴代の先輩たちと比べても実力がある方ではあったが、一つ下の柳の学年は別格の、黄金世代というやつだった。
生きる伝説と言っても差し支えはない。そう言っていたのは、中学でも立海のテニス部に入っていた部員だった。高校編入組の俺はその柳たちの伝説っぷりを知らなかったので、俺が二年生に上がる四月に、柳たち黄金世代が入部するのが憂鬱だと嘆いた付属組の部員たちを他の編入組の連中と一緒に大げさだと笑っていた。だが、五月の春季大会で一年上の先輩が怪我による故障で空いた団体戦シングルの一枠を、柳たちの代の一人が二三年を差し置いてあっさりと埋めて、おまけに大勝を飾ってしまうと、付属組の話は本当だったと知ると同時に俺の部活動ライフが一転してスポ根一直線となってしまったのも、今振り返ると懐かしい。
そんな俺の高校生活を全く別の色に塗り替えてしまった生きる伝説の一人がセンターまで残り三ヶ月を切ろうとしている、今更な時期に予備校に通おうと思い至ったのか甚だ疑問だ。俺じゃあるまいし。
メニューも開かず、ただぼうっと座っている柳の目の前にお冷やのグラスを置くと、柳は静かにありがとうございますと礼を言った。俺がボックス席のソファの奥の方に先にカバンを置いて、柳の正面に座る。俺が座るのを確認すると、柳はメニューを広げる前に店員を呼び出すボタンを押した。
「もう何食べるか決まってんの?」
柳は水を一口飲んで、そんなとんでもないと言った。
「後で食べます。」
「柳、さっきラーメンとか言ってたじゃん。気にしなくていいよ。」
「しかし、」
ぐずぐずする柳に、若干の苛立ちを覚えた。こいつは、いろいろと中途半端なのだ。そういえば、一緒にダブルスを組んでいた時もこんな風に柳を見ていて腹が立つことはしょっちゅうあった。
「これじゃあなんで」
「ご注文お伺いいたします。」
「ドリンクバーをふたつ」
「はい、かしこまりました。」
店員に遮られて、いろいろなものが削がれてしまった俺は柳に無言で威圧をかけてみるが柳は顔色一つ変えない。
「先輩、時間ないんですよね。」
 柳は腕時計の文字盤を親指でなぞりながら今の時刻を言った。料理が出るまでにかかる時間を考えると確かに授業に間に合うためには柳の夕飯なんて付き合っている場合じゃない。
 全く、柳はおかしなタイミングで気を使いやがる。さっき腹減ったって言ったのはどこのどいつだ。
「いいよ。柳の話聞く方が大事だよ。」
「でも、」
「帰ったら授業分やるからいいんだよ。」
元々あの授業の担当講師とは相性が悪いのか、とにかく授業がつまらない。なので、その時間は一人で勝手にテキストを進める自習時間みたいなもんだった。それなら、去年の俺と全く同じ道をたどろうとしている昔可愛いがってた後輩の相談に乗ってやる方が時間の使い方としてはずっと有効だ。
「ほら、メニュー取って。俺も少し食うから。」
「先輩、さっき牛丼」
もういちいち気にしてうるさい。柳の手から奪うようにメニューを取ると、俺は食べたいものを探した。ご飯はさっき食べたから、違うのが食べたい。
「腹一杯だと授業まともに受けらんないから、いつも夕飯は二回に分けて食ってんの。あ、俺これにするから。お前も早く選べ。」
イカとアンチョビのピザを指差したままメニューを柳の方に向けてやると、柳はやっと観念したのか自分が食べるものを選び出した。
もう一度店員呼び出すボタンを呼び出そうとしたところでちょうど店員がすぐ近くを歩いていたので、俺はその店員に声をかけて注文をした。柳はミートドリアに玉子をのせたのを頼んだ。それでは絶対に足りないので俺はうま辛チキンを追加する。よくそんなに食べられるなと、柳は目を丸くする。俺だって、一応体育会系だ。肉はいくらでも食うさ。
店員が去ると柳はすぐに席を立った。ドリンクバーに行くのだろう。ついでにコーラを持ってきてもらおうと頼もうとする前に柳は言った。
「先輩、コーラでしたよね。俺が取ってきます。」
「うん。じゃあお願い、します。」
 さて、俺はコーラを飲もうとしているのを言い当てられたことに戸惑い後輩に敬語を使ってしまったけれど平然を装って柳をドリンクバーに送り出した。だが、俺はこいつとファミレスに入ったのは五本指を半分使うか使わないかほどしかない。おまけに、二人きりでなんてことは今日が初めてだ。柳がドリンクバーで何を頼むかなんて俺は覚えていない。そもそもそんなこと気にしたことすらない。
「なんでも知ってんなー。」
 そう呟いてお冷やの水を飲み干し、天井を仰ぎ見る。安さがウリのファミレスだというのに俺の座っている席を照らしているのはシャンデリアだった。意外。でも、シャンデリアはほこりをかぶっているせいできれいじゃないし、ちっとも豪華さを感じないチープなデザインで、このファミレスをそのまま表しているようだった。シャンデリアのろうそくを模した電球の下に吊るされたビーズの鎖が空調の風でわずかに揺れている。そのビーズを揺らす空調は機械の調子が悪いのか、流れ出る風は急に強くなっては弱くなりまた強くなっては弱くなるを繰り返していた。溜め込んでいたのを一度に吐き出すように出た風が出ると、シャンデリアのビーズの隣同士の鎖がぶつかり合う。でも、短い鎖なのでぶつかり合うほど揺れたところでテーブルには影すら落ちなかった。あの鎖はあそこにぶら下がっている意味なんてあるのだろうか。
そんな不毛なことを考えながらソファの背もたれを使って背筋を伸ばしていると、柳が二つのグラスを手に戻ってきた。柳のグラスには炭酸ではないものが入っていた。柳を見習って、俺も後輩がドリンクバーで何が好きなのかを覚えてみようと思う。
「それアイスティー?」
「烏龍茶です。」
「ああ、そう。」
いい先輩の道は長く険しい。


  
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