冬の海が意外と温かいというのが幼少の頃に受けた印象だったが、改めて感じると全身に鳥肌がたった。海の匂いに気圧されて浜へ戻る。
「どうだったか?」
「入れば分かる」
「意地悪だな」
「来い、鬼道」
「相変わらず反則だなお前は」
手を引いて、招き入れる。冷たさに小さく悲鳴を上げる鬼道をよそ目にひたすら前へ進む。砂に足が沈み、行けば行くほど水の抵抗が侵入を拒むかのように動きを鈍らせる。
「どこまで行くんだ」
「溺死は一番醜い死に方だそうだ」
「豪炎寺、」
海は濁っており、自分の足はすぐに見えなくなった。まるで海に食われたようだった。制服が水分を含んで身体に纏わり付く。
「重いな」
「なら脱げばいい」
「お前が言うと別の意味に聞こえる」
「だがどちらかと言えば俺は着てる方が好きだ」
「俺は豪炎寺のそういうところ、嫌いじゃないぞ」
海は穏やかだった。空は海と同じように濁っていた。灰色の雪が降りそうな、そんな雲が立ち込めていた。
「雨は、」
「天気予報で見た。降らない」
「そうか、なぁ鬼道」
豪炎寺は繋いだ手を離した。服を手繰り寄せ、鬼道を抱きしめる。ぽしゃり、と服の中の泡が弾ける音がした。
「好きだ」
「今更だな」
寒さや冷たさは感じない。慣れか麻痺かは分からない。いつの間にか海は抵抗を止め、抱擁に変わっていた。潮に流されもはや浜は見えなくなり、空と海が視界を二分していた。
「まるで世界で俺とお前だけ、みたいだな」
「幸せか?」
「この上なく」
鬼道は笑った。
海の透明度は皆無だ。穏やかな水面には、二つの首がぼんやり浮かんでいた。



for:藤堂さん(豪炎寺と鬼道さん)
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