赤い。ひたすら赤い。海みたいに、海の波みたいに広がっていく。でも海は青い。それに波は引くけどこれは広がるばかりだ。違う。これは海じゃない。波じゃない。青じゃない。
「ばいばい、鬼道ちゃん」

机の上に大きな封筒があった。こんな大きなのってあるんだなぁなんてぼんやり考えていた。鬼道ちゃんは会社のお偉いさんで大きな仕事を任されてるんだろうから封筒も大きいんだろう。そういや鬼道ちゃんって財閥の御曹司だけど仕事ってどんなのしてるんだろ。いまいちわかんないな。ちょっと見てもいいかな。相手がどんな仕事をしてるのか気にならない恋人なんていないよな。見るだけ見て戻せばいいよな。

帰路に着き、玄関を開けると部屋は真っ暗だった。手探りで電気を付けると閑散とした見慣れたリビングが視界に広がった。
「不動、いないのか?」
出かけたのかそれとも寝たのか。リビングを出て廊下を進む。仕事部屋のドアの隙間から明かりが漏れていた。
「いない、か」
ふと仕事机を見るとおかしなことに気がついた。
封筒が、ない。
その時隣の部屋で、がたりと物音がした。廊下を出た。嫌な予感がする。冷や汗が首に流れる。まさか、そんな。駄目だ、駄目だ、その封筒を開けるな。何故ならあれは、
「不動!」

不動は誤解されがちだがあれでもなかなか優しい男だ。態度はぶっきらぼうだが人の気持ちに関してはよく気がついたり理解できたりするところがある。あいつが辛い生活をしてきたなりにいろいろな人を見てきた結果だろう。そしてそれに伴い信じることを恐れていた。人に弱みを握られないよう、人よりも強く生きるために必要だったのだ。そんな不動は俺のことは信頼していると前に酒が入った時にぼやいていた。恋人としても人としても。ずっとそばにいたいとも言ってくれた。無論俺もずっと不動とともに生きたいと願った。鬼道ちゃんが一緒にいてくれて、俺今生きてて一番幸せだ。布団の中であいつは俺に囁いてくれた。不動がそう思ってくれて俺もこの上なく幸せだった。あいつは優しい男だ。優し過ぎて優し過ぎて、俺の事を気遣ったのだ。俺がちゃんと世継ぎを残せるように。俺が幸せになるように、と。
「あきお、馬鹿あきお、馬鹿だお前は。馬鹿だろう、本当に」
断る予定だったお見合い写真とともに血の海に沈む恋人を抱きしめる。お前はこんな事をして俺がこれから本当に幸せになれると思ったのか。相変わらず馬鹿なやつだ。馬鹿で馬鹿で最高に馬鹿で、愚かで愛おしい俺の恋人。一緒にいるのが幸せだったのはお前だけじゃない。お前がいないこれからをどう幸せに生きろというんだ。俺には、分からない。ふと顔を見ると、吐き気がするほど穏やかな死に顔だった。俺は泣いた。






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