傷つけるのが怖かった。
これ以上、自分のせいで傷つけさせるのが怖かった。
いつ狂うかわからない俺に
──俺の為なら──
と、いつもと変わらない笑顔で接するあいつを見ていると、泣きそうになるほど切なくなり……。
そんな気持ちと裏腹に、泣きたくなるほど嬉しかった。
そんなあいつが愛しくて……。
ずっと、俺の手で守ってやりたかった。
だが、現実には守るどころか傷つけてばかりで……。
邪魔だ──と。
彼女にも自分にも、嘘を吐いた。
俺の為なら、と身を差し出すあいつが、いつかそのせいで消えてしまうんじゃないか。
俺に付いて来たばかりに、まだ生きていられた命を無くしてしまうんじゃないか……。
そのことを考えては、【いるべき場所】を間違っている。
あいつの居場所は俺の側ではない。
──そう自分に言い聞かせ、自ら彼女から離れることを決めた。
だが、離れて実感した。
俺にはあいつが居ないと駄目なんだと。
あいつの声、触れてた手、笑顔……。
それらから切り離された日々は、味気無く、色が無いものだった。
彼女を久しぶりに見た瞬間。
なんで来やがった、とか。
帰れ、とかを思うよりも──
──あぁ、やっと会えた。
その思いのほうが、早かった。
俺にはもう、あいつを俺の側から離れさせるなんて考えはない。
あいつが笑っている未来に俺がいてくれることを願い、あいつの為に何としても生き残ることに決めたんだ───
想いを言葉に
──コンコン
扉を叩くと乾いた音が響く。
それを合図に、"入れ"と聞こえた。
「失礼します」
いつになっても入退室は緊張するもので、どうしても上擦り気味の声が出る。
中に入ると、そこには昨日見たのと全く変わっていない光景があった。
苦笑を一つした後、彼へとゆっくりとした足取りで近づく。
「お茶をお持ちいたしました」
これを見よ、と言わんばかりに目の前に置いてみた。
淹れたばかりのお茶からは、白い湯気がゆらゆらと立っている。
函館は寒い。
だからお茶の湯気の白は、一層際立って立つ。
そこでやっと土方さんは顔を上げるが……。
私を見て、少しだけ苦笑を溢すと湯飲みへと手を伸ばす。
そのことに嬉しく思い、微笑む。
「土方さん、たまには休憩しないとダメですよ。……倒れてしまったらどうするんですか」
「わかってる。だが、今は……」
「『いつ戦が起きるかわからない。だから、休む事は出来ない』……ですよね?」
遮ってそう言うと、彼は図星と言わんばかりに困ったように笑う。
わかってはいるが、私は土方さんの身体のほうが断然心配だし大切だ。
「でも、倒れてしまったら元も子もないんですよ?」
少し唇を尖らせて、拗ねた子供のように言う。
実際、土方さんはここのところ休んでいない。
その前に、自ら休憩を取っているところを見たことがない。
お茶を淹れる理由には、勿論、彼に少しでも休んでほしいのもある。
ただ、休憩している時だけ話し掛け易いというか、近寄り易いというか……。
仕事中の土方さんはすごくピリピリした空気を纏わせるから、邪魔になるんじゃないかと思い、部屋さえ入りづらいのだ。
だから、お茶を出すというこじつけを付けて彼に会いに行く。
恥ずかしいことに、それくらいしか手伝えないから。(手伝いになっているかは別として)
「わかっている。だからこうして休んでんだろ?」
「うっ……」
言葉に詰まる私を見て、土方さんはしてやったりと笑う。
心中複雑だけど、現金な話、土方さんが笑ってくれたからいいかな?
「お前は押しが強いと思ったら、いきなり弱くなるよな」
「うぅ………」
彼はもう一つ笑ってみせると、俯く私の頭をくしゃくしゃと少しだけ乱暴に撫でた。
そして、残ったお茶を一気に飲み干してしまう。
流れるような動作なもので、無意識に"あ"と呟いてしまった。
「……悪いな」
土方さんは、少し申し訳なさそうに言う。
何故、彼がそう言うのかわかっている。
しかし、謝られているならば何も言えまい。
"いえ……"と、俯き加減にゆるく首を振った。
「……少しは休憩になりましたか?」
彼に心配かけまいと、面を上げてはわざと明るく言ってみる。
「ああ。……ありがとうな」
土方さんの笑顔と言葉に私は嬉しくなり、ついつられて口元が緩む。
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