「……もう、俺がいなくても大丈夫だな」


そう言って、あなたはどこか寂しそうに笑った。
夕陽に照らされた髪が一層黄金に輝き眩しい。


「……どういう、意味ですか」

「俺は、ブラッドを抜ける。ラケル先生と共に、神機兵の強化を全力で進める」

「それは……」


それは、ブラッドを抜けてまでしても、大切なことなんですか。


思わず、そう口走りそうになって引き締める。

その顔が大層ひどかったのか、隊長は困ったように笑う。


「神機兵が戦場を支配するようになれば……もう神機使いが危険を冒して、戦う必要もない。あとは俺がなんとかしてみせる。だから……」

「…………」

「それまで……あいつらのことを、頼む」


「……はい、わかりました」


嫌だと、行かないでと、言えたらどんなに楽だろうか。それでも、私に言う権利はない。
今私はブラッドの副隊長で、彼はブラッドの隊長。

彼は優しいから気にしないだろうが、上司と部下だ。私事で上司の決定に口を出すことは、このご時世でも御法度。
そんな越えられない壁は私の前に憮然と立ちふさがり、まるで滑稽なものを見ているとでも笑っているだろう。

結果ただ、彼の言葉に頷くことしか私にできることはなかった。



現実から目を背けるように俯く私には、彼の表情にもまた、腕にどす黒く居座る病の痣にも気が付かなかった。









また、あとで。  











ーーそれからすぐジュリウスはブラッドを抜け、ラケル博士の下へと行ってしまった……という話も、今では前のこととなった。


ロミオとジュリウス。
二人も抜けて四人だけになってしまったブラッド。

そもそも感応種はブラッドしか対応出来ず、皆がいた頃でも休みが回らない時があったくらいだった。
それが少なくなってしまった故に、忙しさに拍車がかかる。

しかし、同時はその忙しさが逆にありがたかった。
身体を動かしている間は、何も考えずに済むから。


その中で、ある日ジュリウスと連絡を取る。
画面越しに久しぶりに会った彼はどこか疲れていて、顔色もだいぶ悪い。


「……ジュリウス」


大丈夫かと、心配も出来ず、一方的に切られる通信。
……切られる直前に彼の私に向けた顔が、忘れられない。


そして続いて起こる、レア博士の投降とジュリウスのクーデターニュース。目まぐるしく、事は進む。
そのニュースを見たあと、ブラッドの中である決意が生まれる。


ーージュリウスを連れ戻すーー




***




「安心していいわ。神機兵は、ほぼ完成よ」

「そうか……俺の命が尽きる前に……
間に合ってくれたか……」


ブラッドにーー家族に戦って欲しくない。
ロミオのような犠牲を、もう、家族から出したくない。
その一心で進めてきた神機兵の教導。

黒蛛病で痛む身体に鞭打ってまで続けたそれに、とうとう終止符がうたれた。
解放感と共に家族を救える安堵感で、先ほどまで痛んだ身体も今は痛みを感じない。


「神機兵は多くの犠牲を礎にして、手に入れた……
俺が地獄に落ちたあとも……」


嬉しくて、ラケル博士を見つめる。
彼女はいつものように微笑み、口を開く。


「いいえ、ジュリウス。
あなたの使命はこれから更新されるの」

「俺の使命……?後はロミオの墓に別れを告げることしか、思い浮かばないな……」


いや、できればあいつらにも……
シエル、ギル、ナナ。そして……


ーージュリウス隊長ーー


名前の笑顔が、過ぎる。

いつも傍で支えてくれた、彼女。そんな彼女も、この場にはいない。
蜘蛛に侵された腕が目に入る。
もし、この身体が黒蛛病に侵されてなかったら……。

そう考えて、自嘲する。
侵されてなかったら、どうするというんだ。


「ジュリウス……あなたは今や霊長の王。
これから、あなたは最後の試練を乗り越えて【新たな世界の秩序】そのものになるのです」

「……どういう意味だ」


彼女は更に笑みを濃くし、そして……
現れたのは、巨大なアラガミ。


「ラケル……!貴様……!」


動こうにも、酷使した身体は全く動かず。
ただただそのアラガミが振り落とす腕を見つめるしかなかった。

そうして腕が振り落とされ、自分の身体は容易く椅子から転落し、床を転げ回る。


「ジュリウス。ああ、私のかわいいジュリウス……
貴方と初めて出会った時から予感はありました。しかし、確信に変わったのは……貴方が全ての偏食因子を受け入れる……荒ぶる神に選ばれた子だと知った時」


アラガミの近づく音がする。
ーー俺のしてきた全てが、壊れる。


「その時、私の過去と未来が一つの線で繋がったのです。……そう、全ては【新たな世界の秩序】をこの世に現すため。
そして悟ったのです。
私やお姉様、ブラッドや神機兵。この世の全て何もかも、貴方を全うするための捨て石なのだと」


ーー悔しい。

悔しい……のに身体は言うことを聞かず、ただただ彼女の狂言を聞くしかできない。


とうとう、自分の顔に大きな影が落とされる。


「最後の晩餐をはじめましょう。
それまで、ゆっくりとおやすみなさい。私のかわいいジュリウス……」


ーーアラガミの腕が、振り落とされた。


「ーーおやすみには、まだ早いですよ。ラケル博士」


ーーー!


しかし、それは自身に降りかかることなく、何もない床へと落とされた。


「今、ブラッドではジュリウスを連れ戻そうって話になりまして。勝手におやすみされるのは困るんです」

「………名前」


俺の身体は名前に抱えられて大きく後退しており、傷一つ負うことなくいた。


「なぜ、ここに……」

「シエルに教えてもらいました。フライアの奥に、こういう場所があると。後は女の勘です」


いないと思っていた人物の突然の出現に呆然としてしまったが、ふと我に返って思い出す。


「名前、俺は黒蛛病に……!」

「わかってますよ。そんなでかでかとあったら、誰だって目に入りますし」

「だったら……!」

「………うるさい!!」


ーーー!


噛み付くような怒号に思わず黙れば、名前はたたみかけるように俺を睨む。


「一人で勝手に始めて、一人で勝手に終わらせて……!挙げ句の果てには、さようなら!?
ふざけないでよ!このすかぽんたん!バナナヘアー!脳内ピクニック!」

「急にブラッド抜けて、やっと通話出来たと思ったら一方通行に切って。そしたらクーデターのニュースなんかが流れて……」

「……………」

「私達、【家族】なんでしょう?仲間なんでしょう……?
どうして、相談してくれないの……悩み事を共有してくれないのよ……。
それとも、そんな程度の絆だったってこと……?」

「違う!俺は……
俺は、お前達が……お前が死ぬことが怖くて……!」

「私だって、みんなが死ぬのは怖いよ……。
……でも、だからって誰もジュリウスが犠牲になることなんて望んでない!貴方が家族であるブラッドを失いたくないのと同じように、皆も家族であるジュリウスを失いたくないの!
そんなこともわからないの!?」

「………っ、」

「帰ったらシエル達のお説教だからね、ジュリウス。
あれ、長くて怖いんだから!」

「ーーどこに帰るというの?名前」


横から入ってきた聞き慣れた静かな声に、自然と背中に恐怖が走る。
自身より数倍もあるアラガミを背後に従え、ラケルはまたいつものように眼を細めて微笑んだ。


「みんなのところです。
安心してください。少なくとも、ここに居座る気はありませんから」

「そう……だけど、残念ね。
貴方達はここで休んでてもらうわ……」


そして、一気に距離を詰めてきたアラガミ。
速い……!?


「ーー残念賞」


巨大な身体に似合わず素早い動きで詰めてきたというのに、名前は不敵に笑うとそう言った。
そして、それと同時にホールド状態となるアラガミ。


「仮にも、現在ブラッドの隊長を務めている私が何もしていないと思いましたか?
お宅の息子さん、いただいて行きますよ!」


そう言うや否や、俺を突然抱え直して走り出す。


「お、おい、名前……!」

「黙ってないと、舌噛んじゃいますよ」


しかし、今俺は名前に……いわゆる【お姫様抱っこ】というものをされている。
女性に……しかも、好きな異性にそれをされるのは男の俺としては釈然といかず。
この時ほど、動かない身体を呪ったことはないだろう。


「あ、もしもし皆?無事奪還したよ!今そっち向かってるから、もう少しだけ頑張ってね!」


そして、インカムから漏れるのは俺の身を案ずるブラッドみんなの声。
暖かい言葉の数々に、情けなくも泣きそうになる。


「ジュリウスは一人じゃないよ」

「………そうだな」


彼女の笑顔に自然と笑みがこぼれた。
やはり彼女は、人を惹きつける力がある。


「だが、これからどうするんだ?」


ブラッドの現隊長は、黒蛛病を患ったブラッド元隊長に接触しことから、黒蛛病にかかったといえる。
感染率100%な病なのだ、それは不可避だろう。
これからの任務だって、隊長がいなくなるのだから支障をきたすに決まっている。

それなのに、彼女は悲観することも、悩む姿勢を見せることなく、


「また後で考えます」


そう愛した笑顔で、言ってのけた。





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