――ほんとは怖かった――





一人きりで羅刹の発作に耐えること。
発作の苦しみに耐えきれなくなり、人であったことも忘れ、ただ血を求めるだけの、人であったモノになることが。





怖くて、怖くて……。

堪らなかった。





だけど、オレは戦う度に、血に触れる度に、変わっていく自分を止められなかった。





心が渇いて、渇いて。

どうしようもなく、自分の中の何かが求めてしまって。





……だけど、そんな自分でも、あいつはオレを好きだと、

例えオレの手足が灰になって崩れ落ちたとしても、自分が支える、と言ってくれた。





未来の無い羅刹(オレ)だけど、

あいつのたった一言で、羅刹になってまでも生きて良かったって思えたんだ―――。









日だまりある午後  











それは、ある夏風が気持ちの良い日だった。





「……名前」



「どうしたの?」





私の膝の上で、微睡みの狭間にいる平助君に問い返した。





その声が、眠い、と柔らかな風に流されていく。





彼はころりと寝返り、眩しそうに眼を細めながら私をその眼に写した。





――と言っても、本当に写しているだけのようで視線が合わない。





寝言ともとれるそれに、私は少々気になって平助君の視界へと顔を寄せた。





すると、彼は私の視線から逃げるかのように視線を泳がせる。





「……いや、なんでもない」





そう言って、静かに目を閉じる平助君。





……途中で話を止められると、逆に気になるんだけど……。





「…………」





ちょっと拗ねて、私はじっと平助君の横顔を見る。





……いや、じっとなんて可愛いものじゃなくて、ジト目に近いものだ。





そのうち、平助君は私の視線に耐えかねたのか、顔を気まずそうに反らしてから勢いよく起き上がった。





「……わかった、わかったから!だからそんな顔で見んなって!」





『そんな』顔をさせたのはあなたでしょうが。





「……何を話そうとしていたの?」





ゆっくり問うが、依然として彼の視線は遊泳中だ。





「……いや、」



「―――――。」





なんとなく、一瞬、彼の表情に影が差したような気がした。





不安に煽られた私はその気持ちを表すように、無意識のうちに平助君の裾を少しだけ引っ張っていた。





そんな私を安心させるかのように彼は微笑うと、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。





「――オレさ……」





幼子が自らの気持ちを伝えるかのように、平助君はたどたどしく言葉を紡いでいく。





私は彼が話しやすいよう、その視線を果てしなく青い空に向け、静かに耳を傾けた。





「……オレ、羅刹になったばかりの時、ずっと後悔ばっかしてた」





――羅刹――





それは、平助君をずっと苦しめてきたもので、【変若水】という薬を飲む事により、不死身、筋力や動体視力等といった身体能力を飛躍的に上げた身体のことだ。





しかし、一見『無敵』と思えたその身体には、決定的な弱点があった。





人の血を飲むまで治まらない衝動で、血を飲む度に飲む量が次々と増えてしまう。





それが、弱点の一つである吸血衝動だ。





衝動を拒もうならば、拒むなと言わんばかりに激しい苦痛が身体を蝕む……。





薬を飲んでその場を生き延び、発作を耐えて生きていくことが幸せか。


飲まないで未練を残し、そのまま死んでしまうのが幸せか……。





「羅刹になって本当に良かったのか、ずっと悩んだ。今だって、そう考えるときがあるんだ」





そう言って、彼は自嘲的に笑った。





「おかしいよな、自分で決めておいて……。こんなこと言ったって、過去が変わるわけじゃないのにさ」



「平助く――」





そんな事言わないで……





そう言おうとしたが、私の言葉は彼の言葉によって塞がれる。





「――なんて、そう思っているのも確かに本心だけどさ、羅刹になってまで生きて良かった、って思ってるのも本心なんだ」



「………!」





平助君は前触れ無くその両腕で、私を優しく包み込み、





「名前にこうやって触れられるし……」





そう言ったのと同時、少し身体を離しては私に不意討ちのキスをした。





「――んっ」





――長いキス。





少し息苦しくなってきたのと同じぐらいに、ゆっくりとお互いの唇が離れる。





「名前とキスできるしなっ」



「……〜〜っ、」





たまに大胆な事をする彼には、為す術なしで。





多分今も、さっきの不意討ちのキスに耳まで真っ赤にしているだろう。





そんな私を見て、誂うように声を上げて笑う平助君。





「(な、なんか悔しい……っ!仕返ししたい!)」



「……なあ、名前。なんかとてもくだんねえこと考えてね?」





……………。





「そんな、ことない、ヨ」





私の目をジーと見つめる平助君。





私もバレないように、負けじと彼の目を見つめ返す。





……そろそろ我慢の限界に達そうとしたその時、彼の手が不意に私の頭にぽんっと置かれた。





「………?」



「名前、おまえ……。バレバレなんだよっーー!」



「ひゃっーー!?」





そして、平助君はまるで私の頭をかき混ぜるかのように、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてきたのだった。





「な、何するのっー!?」





私が半ば怒り、半ば困惑しながらそう言うと、不意に平助君の表情が真剣そのものになる。





……本当に不意すぎて、心臓がドクンと大きく跳ねた。





「なあ……」



「え、な、なに?」



「オレたちが一緒にいて、どのくらいだと思う?」





……………。





……………………………。





………えっ!?





予想もしていなかった質問に困惑。





「(どんくらいだと言われても……)」





すごく長い間だと言われれば結構長い間だと思うし、少しの間だと言われればほんとに少しの間だと思う。





……基準がよくわからない!





私が答えに詰まっていると、突然平助君が吹き出した。





「な、なんで笑うの……!?」



「ご、ごめんごめん……」





まなじりに涙を溜めながら笑う彼が恨めしくて、拗ねてそっぽ向く。





「……わかんないだろ?」





優しく問いかけてくるから、私は素直に頷いた。





すると、私の頭を今度は優しく撫でてくれる。





「オレだって覚えてないよ。……でもさ、それだけ一緒にいるってことだろ?」



「……あ」





覚えてないほど、私は平助君の隣にいる……。





数えられないほど、私は新選組にいたんだ。





「結論。そんぐらい一緒にいるってこと」



「……だから私の考えている事もわかるって意味?」





少しおかしくて、拗ねていたことも忘れて笑ってしまう。





……すごく平助君らしいや。





「当たり前だろー?だてにおまえと今までずっと、暮らしてきたわけじゃないんだぞ」



「……そうだね」





たしかに。



私も大抵のことなら、平助君が考えている事を予想できたりする。





「(あ………)」





私たちはゆっくりと唇を重ねる。





……今、平助君がキスしたいってわかった。





「(なんか、すごいかも)」





なんだか照れくさくて、お互いに頬を赤く染めながらも微笑い合った。





「だけどさ、こんなに側にいるのに、こんなに触れあっているのに……」





平助君の表情(かお)が切ないものになり、互いの指を絡める。






「オレは……名前、おまえにまた触れたい、抱きしめたい……。もっと側にいたいって思うんだよ」





緩く首をふる。





「『オレは』じゃない。『私も』だよ、平助君」





私は自ら平助君を抱きしめる。





そう思っているのは貴方だけじゃないってことを、知って欲しかったから。





「ねえ、平助君。もっと側にいて……。
今がとても幸せで、とても大切だから、私はこんな時間を失いたくないから……。
……こんなこと言う私は、我が儘かな?」





平助君は笑ってくれた。





その笑顔は、"愛しい"と言ってくれているようで、私の心は一瞬にして温まる。





「ああ、おまえは我が儘だよ。でも、オレだけが、ずっとその我が儘を聞くよ」



「……名前。
ついでに、オレの我が儘も聞いてくれないか?」



「………なに?」





………囁くように。





私の気持ちを確認するように、平助君は言う。





「……側に、いてくれよ。この先も、ずっと……」





真剣に言う平助君が、どれだけ私を大事に思ってくれているのか伝わってきて、とても愛しくて切なくなる。





「あのさ、名前。オレは、おまえが幸せならそれでもいいって思ってた。……それは、今でも。
でもさ、おまえだけの幸せを願えるほど、オレは善人じゃないんだ。どうしても、自分の幸せも考えてしまうんだよ。
……だからさ、オレの我が儘も聞いてくれないか?」





私はゆっくり微笑む。





……答えなんかとっくに決まっている。





私は……――。





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