──俺は強くない──
弱い部分を見せたくなく、彼女から遠ざかろうとした。
彼女を傷つけたくなかったのだ。
だが彼女は、"俺は強い"と。
その中の俺の、弱い部分を全てを受け入れられる。
俺の側に居たい。
……そう言ってくれた。
今にも泣き出しそうな弱々しい声、それでも誠実な目で。
その姿が愛しくて……。
その気持ちがただ、溢れて………。
その日から、俺自身の命令で彼女を守りぬく事を固く、自身の心に誓った。
黒塗りの空に光を
頭を撫でられる感覚で目を覚ます。
気が付いたら、もう夜になっていた。
「……おはよう」
愛しい人の声が聞こえる。
その人を、今だ寝ぼけ眼な目に映して微笑みかけた。
「おはようございます、斎藤さん」
眠る直前に彼と繋いでいた手は今でも、繋がれたままだった。
「俺が起こすのは、羅刹の身になってから初めてだな」
「……そういえば、そうですね」
そう言われて少し思い返してみると、確かにこれが初めてだった。
私は羅刹ではないから、昼間起きているのが辛いと感じた事はない。
昼間は自然と目が冴えるから、起きているのが普段だった。
いつもなら夕方辺りに、無理矢理寝かした彼を起こすのだけど……。
今日は、斎藤さんに起こされるまで寝ていた。
それは多分……
「気持ち良さそうに寝ていた」
「…………」
ゆっくりと、彼の肩口に頭をのせた。
愛しい人の香りがすることに安心して、静かに目を閉じる。
「……名前?」
また寝たかと思ったのか、優しく、それでいてぎこちなく私の頭をゆっくりと撫でてくれた。
──起きています。
そう答える代わりに、繋いでいる手に少し力を入れた。
「……綺麗な星空ですね」
ゆるゆると目を開けて、雲一つない漆黒の空を見上げた。
彼はそんな私を眇て、少しだけ目を細めて、ゆっくりと頷く。
「……羅刹でなかった時も、羅刹の今でも、夜の空は好きだ」
「……私も、好きです」
口元で微笑んで、優しげなままの彼を見上げるように見つめる。
そこで、彼の横顔がとある物と重なって見えた。
「……私、斎藤さんはお月様に似ていると思います」
無意識に出た言葉だった。
"何故?"と問いかけるように私の顔を見つめ返す彼は、どこか楽しげである。
「上手く、言えないですけれど……」
視線を忙しなく動かし、最終的には繋がっている手に落ち着いた。
「……私、ずっと寂しかったんです」
斎藤さんだから、包み隠さずに話したい。
私が、ずっと感じていた事。
思っていた事を……。
「両親は、優しかったんです。でも……」
それは、私が特別だったから。
今だからわかる。
あの優しさ、笑顔は──私、名前自身に向けられていたものではなく、私の中の【鬼】に向けられていたものだったと。
「……私は、私自身を認めてもらいたかった。愛して欲しかったんです」
私が人だったら、もしくは彼らが人だったら、それはあったのだろうか。
そんな疑問は、幼い頃からいつも繰り返していた。
「……新選組の皆さんが、斎藤さんが、私自身を初めて認めてくれた人たちだった」
斎藤さんに微笑む。
「あなたが、私の心の闇を照らしてくれた。とても温かくて、優しい光で──」
──その光が、闇を大きな光で包み込む、お月様に似ていると思ったんです。
斎藤さんは少しばかり目を見開いて、優しげに目を細めた。
そして躊躇いながら、ゆっくりと顔を近づけ……唇を重ねた。
驚いて、思わず彼の顔を凝視する。
しかし時間が経つにつれて心地よいものになり、ゆっくりと眼を閉じて身を任せた。
唇を重ねて数秒、私たちはゆっくりと、どちらともなく唇を離す。
いくら唇を重ねても、恥ずかしいものだし、心が満たされる。
ちらりと斎藤さんを眇ると、彼も少し恥ずかしそうに眼を泳がしていて。
そんな姿が愛しくて、恥ずかしさが残っていて、クスリとはにかみ気味に笑みを溢す。
こんな些細なことでこんなにも幸せな気持ちで満たされるなんて、どれほど彼が好きなんだろうか?
たぶん───いや、絶対に。
彼がいなくては、私は生きていけないだろう。
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