07. 縁あれば千里



「ワシ、この里の長の鉄地河原鉄珍。よろぴく」

「私はミョウジナマエです!階級は癸です!よろぴくお願いします!」

「まぁええ子やな。挨拶までワシに合わせて。おいで、かりんとうをあげよう」

畳におでこをつくくらいに頭下げたってやと言われて、本当にその言葉通りに畳に向かって頭を下げた。何ならそのまま左右に頭をグリグリと振って畳に頭を擦り付ける。火消しでもしているみたいですねと、隣に座る鉄穴森さんは笑っていたけれど、里の長の前で万が一にも失礼があってはいけないと気をはっていた私に鉄地河原さんはスっとかりんとうを差し出してくれた。此処、刀鍛冶の里に訪れたのは今から少し前の事だ。方向音痴の私にとても親切に道案内をしてくれた隠の人達にお礼を伝えてやって来たのがこの地である。それにしても鉄地河原さんはとてもミニマムで可愛い。ポリポリとかりんとうを口に運びながらもそんな素直な感想を心の中で呟く。

「今日はアレやろ。蛍に用があるんやろ」

「ふぁいっ、じちゅはきょんかい、きゃたなが壊れてしまって、」

「あぁ、えーえー。ゆっくりかりんとう食べや」

喋るのか食べるのかどっちかにしぃやと鉄地河原さんは愉快な笑い声をあげた。ポリポリと手にしていたかりんとうを一気に平らげて「実は今回刀が酷く刃毀れをしてしまって…!」とようやく本題を切り出した。腰に添えていた刀を畳の上に置いて「すみません…」と弱々しく謝罪の言葉を口にする。耳が垂れた子犬のように肩を落とす私に、鉄地河原さんは「まぁ、何をそんなに謝る必要があるんや。問題があるとしたらそんな鈍を打った蛍が悪いのや」と渋い声でお茶を啜った。

「いや、でも…私の闘い方が甘いから上手く刀を扱えなかったせいだと思うので…」

「聞いたか、鉄穴森。この子アレやな。天使や」

「えぇ、そうですね。よくあの鋼鐵塚さんにこんな良い子がついてくれたものです」

「あの、その鋼鐵塚さんって人は今どちらに…?」

「あぁ、鋼鐵塚さんなら今…」

「ミョウジナマエってのはテメェかぁあー!?よくも俺の刀をー!!」

「!?」

遠くからズカズカと派手な足音が聞こえてきたかと思えば襖が一気に開き、口に含んでいた熱々のお茶をブーっ!と勢いよく前に吹き出してしまった。ひょっとこの面を付けた大の男に隊服の襟元を掴まれて上下左右に揺さぶられる。ゆらゆらと揺れ動く視界の端に鉄地河原さんが手拭いで自分の面を冷静に拭いていた。最早白眼になっている私を守ろうと、すかさず鋼鐵塚さんの動きに止めに入った鉄穴森さんは「あんた一体何考えてるんですか!」とド派手に鋼鐵塚さんの面を叩いている。もう何が何やら収集がつかないけれど、とりあえずお初に目に掛かる鋼鐵塚さんって人が癖が強い事だけは理解出来た。

「は、鋼鐵塚さん…!はじめまして…!私、ミョウジナマエって申しま、」

「んな事ァ知ってんだよ餓鬼!テメェ何俺が打ってやった刀を早々にぶっ壊してんだ!」

「やめや、蛍。37のおっさんが見苦しいでほんま」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる癇癪持ちの鋼鐵塚さんに深く頭を下げて「本当にすみません!次は必ず大切に刀を扱うのでもう一度新しく刀を打ってくれませんか!」と懇願した。鋼鐵塚さんは暫くの間私の話に聞く耳を持ってくれなかったけれど、ある程度時が過ぎたら気分も落ち着いたのかフン!と鼻を鳴らして私の刀をぶっきらぼうに奪い、そのまま何処かへと向かって行ってしまった。……はー、怖かった。死ぬかと思ったまじで。

「すまんな、蛍の事許したってや。あれはあれでええ所もあるんや」

「はいっ、大丈夫です!刀を愛してるからこその行動ですもんね、分かります!」

「聞いたか、鉄穴森。やっぱこの子天使や」

「えぇ、そうですね。よくあの鋼鐵塚さんにこんな良い子がついてくれたものです」

デジャヴの会話がひとしきり終わった所で、刀が打ち終わるまでこの里でゆっくりしていきやと鉄地河原さんに促された。どうやら2人によると、近くに有名な温泉があるらしい。鬼が常日頃徘徊しているこの状況下で、そんな悠長な事をしていいものかと一瞬迷ったけれど、まぁこんな機会も早々ないしたまには良いかと考えを改めた。鉄地河原さんと鉄穴森さんに深々と頭を下げて屋敷を出て温泉へと向かう。途中、カンカン!と刀を打つ音で鳴り響いているこの里の背景音に頬を緩ませながらも、今度またこの地に訪れた時には鋼鐵塚さんに盛大な手土産でも持ってこようと固く決意をした。




「いややややっ!頼む!俺と結婚してくれよォオオ!」

「……………ん?」

あれから暫く時を経て、刀鍛冶の里からの帰り道。道の真ん中でぎゃあぎゃあと言い争いをしている若い2人のカップル(?)が揉めていた。男のくせに何とも情けない泣き声をあげて目の前に居る女の子に縋り付くように求婚をしている金髪の男に目が点になる。……何かこのテンション。どっかの誰かと被るな。

「言っときますけどねぇ!俺もんの凄く弱いんだからねっ!?どーせすぐ死ぬんですよ!だからそんな哀れな俺の嫁になって貰えませんか!短命の生涯でも君が隣に居てくれたら、あっ。ちょっと良い人生だったかも!って最後に思えるでしょぉお!?」

一体どんな理屈だと真顔で心の中でツッコんだ。それにしても本当にアレだな。あの男の子、善照によく似てる。言動といい、テンションといい、ヘタレ具合も含めて全てがそっくりだ。

「もう!触らないでください!さようなら!」

そんな事を頭の中で考えていると、遂に痺れを切らしたのか善照にそっくりの男の子に掴まれていた腕を振り払った女の子がベーっ!と舌を出して颯爽とこの場を去って行った。そんな女の子に絶望感丸出しでその場に項垂れている金髪の男の子まで距離を詰め「あの、大丈夫ですか?」と声を掛ける。私の声に驚いたのか、とんでもない奇声をあげて此方に恐る恐る振り返った男の子とようやくはっきりと視線が重なった。………あ、この人。絶対善照と燈子のご先祖様だ。もう何か分かるもん。

「………え、きみ誰…?」

「あー…、えっと。別に名乗る程でもないっていうか…何というか…」

「…………お姉さん、綺麗ですね」

「あ、それはどうも。ありがとうございます…」

「………………」

「………………」

どうやら善照同様に気持ちの切り替えが異様に早いのか、流していた涙が一気に止まって下から此方を見上げてきた彼の瞳は何故かキラキラと輝きだした。今度は君だ!とでも言わんばかりにガッシリと両手を掴まれて至近距離で「好きです!」と告げられてしまった。髪の色は違うけれど、残念ながら顔は善照そのままなので何とも言えない複雑な心境に渋い顔になってしまう。いや、そんな事より恐らくこの人が前に善照が言っていた曾お爺さんだと秒で分かってしまった。名前は知らないしあれだけれど、でもほら。余りにもそっくりだし。善照に。

「こらァア!善逸!お前何をそんな所で人様に迷惑を掛けとるんじゃ!来いっ!」

「嫌ァァアァァア!無理無理無理無理っ!死ぬ死ぬ死ぬっ!」

「ぜ、善逸…さんって言うのか」

さて。この状況をどうしたもんかと頭を悩ませていると、善逸さんの後を追ってきたであろう謎のお爺さんが現れて、ゴン!と鈍い音を立てては善逸さんにゲンコツを喰らわせていた。そのまま善逸さんの首根っこを掴まえて「悪かったな、お嬢さん。任務中に」と謝られた。何故お爺さんが私に『任務』というフレーズを口にしたのかは不明だったけれど、いえいえ、何のこれしき。この流れはよく慣れてるので。とは流石に言えなかったので、「はい、大丈夫です!」と元気に返事だけ返しておいた。

「今度会ったら一緒に茶屋にでも行こうねぇえ!」

もう豆粒のように小さくなった善逸さんのお誘いに、目尻を下げては笑顔でヒラヒラと左右に手を振った。とりあえず茶屋の件は横に置いといて、また近いうちに再会出来たら良いなと心の中で願う。それにしても煉獄さんといい、善逸さんといい、本当に現代に生きる私達子孫と何から何まで見た目や性格がそっくりだ。きっとこうして笑顔で手を振っている私自身もまた、大正時代に生きた私の先祖にそっくりなのだろう。

「何か…やっぱりこう考えると不思議だなぁ…」

改めて今自分が置かれているこの状況下に心からの本音が漏れた。未だにどうしてこの世界に足を踏み入れてしまったのかは不明だけれど、きっと何らかの引力が働いて私の先祖が生きてきた世界を見せて貰っているのだけは確かだ。鬼が居ない世界は現代では当たり前の事で、寧ろこの世界が可笑しいとカナタと二人であの時苦笑いを溢していたけれど、そもそもこの遠い過去の時代でそれぞれのご先祖様達が共に生きていたというこの事実は奇跡に近い事じゃないだろうか。

「………ありがとうって、言いたいな」

私達のご先祖様に。そう一人呟いて、前に一歩足を踏み出した。ジャリジャリと砂利道を抜けてようやく見えてきた久々の炎柱邸に清々しい気持ちと共に「ただいま戻りました!」と元気よく門を潜る。近くで掃き掃除をしていた千寿郎君と、庭で何故か半裸姿で竹刀を振って鍛錬をしていた煉獄さんに「おかえり」と笑顔で迎えられた。微笑ましい二人の姿にほっと胸を撫で下ろして一目散に駆け寄り、勢いよく抱き着いた私に煉獄さんはとても穏やかな表情で背中を撫でてくれた。

「師範、千寿郎君、聞いてください!あのね、まずは刀鍛冶の里でね…!」

「分かった、ナマエ。とりあえず君はゆっくりお風呂でも浸かってきなさい。旅の疲れもとれるぞ!」

「あはは!兄上、ナマエさんが無事に帰ってきてくれて良かったですね」

「…あぁ、そうだな」

興奮気味に短い旅の土産話をあれやこれやと口に仕掛けた私の唇に人差し指を翳して、煉獄さんは「ナマエ、」と穏やかな声で私の名前を呼んだ。まさかそんな事を煉獄さんにされるとは微塵も予想していなかったので驚きを隠せずに「へ?」と間抜けな声が漏れる。パチパチと瞬きを繰り返して下から煉獄さんを見上げる私に、煉獄さんは眉を下げて柔らかい表情で微笑んだ。

「君の土産話は、後でゆっくり聞かせてくれ」

至近距離で、花が咲くように笑った煉獄さんに一気に頬に熱が集まった。自分で抱きついておいて何だけれど、背中に廻っている煉獄さんの大きな手にさえも今更意識してしまう。ドク、ドク、と徐々に早鐘を打ちだした自分の心臓の音が煩い。感情を誤魔化すように地面に視線を逸らしてゆっくりと距離を取ろうとしたけれど、油断したのか足がもつれて転げそうになってしまった。

「平気か?」

「!は、はいっ…」

瞬時に腕を伸ばして、前から再び自分の元に私を抱き寄せてくれた煉獄さんに辛うじて返事を返す事が出来た。距離を取ろうとしたのに、逆に距離を近付けてしまうとは…何をしてるんだ私は。すみません、と小さく謝って今度は上手く離れようとした私の肩を何故か煉獄さんにぐっと引き寄せられて「わっ!」と声と身体が揺れ動いた。えっ、と口の中で疑問の言葉が発せられたと同時に両腰に手を添えられて、そのまま空に向かって煉獄さんは私を高く掲げる。雲の隙間から顔を覗かせた太陽が、煉獄さんの端正な顔を照らしていた。

「ナマエは軽いな!」

「………えっ、ちょっ!待って師範、」

ニコニコと、嬉しそうな表情で私を掲げている煉獄さんに慌てふためいた私は照れ臭くて死にそうだった。けれどもそれ以上にとても優しい笑顔を私に向けてくれている煉獄さんに再びバカみたいに頬を真っ赤に染めてしまった。この人のこういう突拍子もない発言や行動に毎回心を揺れ動かされてしまうのは、最早手の施しようがないのかもしれない。予想を上回る速度で、私は煉獄さんに日々惹かれている。いや、正確に言えば私が惹かれているのではなくて、きっとこれは当時の先祖の想いそのものなのだろう。結果として最後2人がどういう関係性だったのかはまだ詳しくは分からないけれど、日々増していくこの想いは真実だったのだと確信出来る。はぁ、と一旦小さく息を吐いて真っ直ぐと煉獄さんに視線を落とす。そのまま口の端を上げて「えいっ!」と力一杯煉獄さんに抱きついた。体制を崩されてゆらりと地面に上手い事倒れ込んだ煉獄さんが「やられたな」と愉快な声をあげて笑った。その屈託のない笑顔につられて満面の笑みを溢す私に、隣で私達2人の様子を見守っていた千寿郎君が「兄上、ナマエさんに一本とられましたね!」と楽しそうに笑っていた。



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