06.絡まる想い



「お前等人間共は心底哀れな生き物だ。助けを求め泣き喚き、頭を垂れて必死に命乞いをするその様は何と醜く無様な生き方だろうなァ!?」

ギャハハハ!と品の無い笑い方で、丸太の上に腰掛けた鬼が、手にしていた人肉を喰らいながら私に語り掛ける。グチャグチャと嫌な音を立てて貪り喰らう隊士の腕を完食して、ぺっ!と鬼はそこに血の固まりのような唾を吐き捨てた。

「鬼狩りだろうが何だろうがお前等は所詮生身の人間だ。怪我を負えば血が流れ、ましてやそれが致命傷だとしたら俺達鬼のようには二度と完全に再生する事はねぇ」

「……………」

「哀れな生き物以外に何か他に呼び方があるか?なぁ、女よ。お前もこの俺に喰われちまう運命なんてなァ」

顎の下に手を添えた鬼が、髭を摩るように撫でながら頸を傾げて私に答えを求めてくる。鎹鴉からの伝令を受け、大勢の他の隊士たちと共にこの地に辿り着いたのは夕刻の事だった。一人、また一人と徐々に消えていく隊士の命の灯火を私はこの短時間の間に何度目にした事だろう。何人かは助ける事が出来たけれど、力が及ばなかったせいで倍の人数の隊士達を死なせてしまった。その中で辛うじて救えた仲間達の背中を押して「逃げて!」と叫ぶ。言われるがまま来た道を引き返していく隊士達にすれ違い様にお礼を言われたけれど、残念ながら今の私にそんな言葉は当て嵌まらない。

「言いたい事はそれだけ?」

「………あァ?」

「悪いけど、生憎鬼に教えを乞うつもりはないんだわ。私」

夜風に揺れる木々が葉と葉を擦り合わせて音立てながら左右に踊っている。鬼の存在、言動には反吐が出る。煉獄さんは前にそう言っていたけれど、本当にその通りだなと痛感した。手にしている日輪刀を強く握り締めて「戯言はその辺にしときなさいよ!」と鬼に死の宣告を告げる。そのまま強く地面を蹴り上げて少し離れた場所に座っている鬼へと一気に距離を詰めた。

「鬼も頸を切られたら再生不可能。ど?あんたが蔑んでいた哀れな人間に斬首される気分は」

相手は小娘だと油断していた鬼の頸を、呼吸を使って一気に切り落とした私が踵を返しそこに振り返った。鬼の頸を掻っ切ったと同時に返り血を浴びた頬を手の甲で拭いながら鬼に冷めた視線を向ける。「女ァァア!」と憎しみを込めた鬼の怒気の声がビリビリと身体中に駆け巡り、最後の最後まで私に怒りの矛先を向けていた鬼の頸が徐々にサラサラと夜空に散っていった。

「ナマエ!ありがとう!」

「つ、強ェエ…!あんたは俺達の命の恩人だ!」

ふぅ、と息を吐いて前を見据えていた私の背後から木の影に隠れていたであろう少数の隊士達が此方に駆け寄ってくる。そのまま勢いよく全員に抱きつかれて「く、苦しいんですけど…!」と白眼を向いた。彼等は私を救世主だと、そう暖かい言葉を私にくれるけれど、本当に救世主だとしたならこんなにも大勢の仲間達を死なせたりはしない筈だ。

「煉獄さんだったらこんな事にはなってなかったんだろうなぁ…」

ポツリと呟いた声が闇に溶けるように空気と共に同化していった。はぁ、と重苦しい溜息を吐く私に隊士達は「柱と比べちゃ駄目だろ!」と明るく笑っている。確かにその通りなのだけれど、可能な限りこの世に存在する鬼を滅殺してやりたい。その想いは日々膨らんでいくばかりだった。

「帰ります、私」

やんややんやと騒がしい群れから離れて、一人そこに踵を返して前に足を踏み出した。ジャリジャリと血塗られた砂の嫌な音を耳に聞き入れながらも見上げた夜空はやけに切なく思えた。所狭しに輝いている沢山の星の真ん中に、月が自分の存在を主張するかのように浮かんでいる。ぼんやりとした視線で月を見上げていた私に背後から再び隊士達に声を掛けられた。

「もー、何ですか皆さん。大丈夫です、私1人で帰れますから」

「いやそうじゃなくて…!」

「え?」

帰り道、真逆だけど。そう告げられてズリっ!と肩の力が抜け落ちた。そういえば忘れてた。私、極度の方向音痴だったわ…!しかも先祖も私と同じ方向音痴だったのね!?

「い、一緒に帰って貰って宜しいですかね…!」

「「「勿論!」」」

最早穴があったら入りたい気分だった。煉獄さんの言葉を借りて表現すると正に「よもやよもや」である。一気に集中力が途切れて気分も入れ替わった私が前に居る隊士達の元へと駆け寄る。取り敢えず今回共に生き残ってくれた仲間達に「帰ったら皆で何か美味しい物でも食べに行きましょうね!」と笑顔で抱きついた。時は大正時代。母が教えてくれた気の強い先祖だったという説はあながち間違いではなかったのかもしれない。鬼殺隊として過ごすこの日々は、鬼を滅殺するという目標の元で成り立っているのだから、そりゃ嫌でも気は強くなっていく事だろう。

「………あ、やば」

そういえば、ここ最近ずっと任務続きだったからか刃の刃毀れが酷いのを思い出してしまった。刃がなければ鬼の頸は切れない。即ち足手纏い以外の何者でもなくなる。それだけは御免だ!と心の中で叫んだ私は帰ったら煉獄さんにどうすれば良いのか聞こうと固く決意した。森を抜けて、見慣れた町並みが視界に映る。日が上り、キラキラと光るそれに目を奪われながらも何だかやけに眩しく思えて、ぎゅっと瞼を伏せては現代に繋がる鬼の居ない平和な世界を願った。



「んっ、…」

炎柱邸に戻って来て直ぐに、煉獄さんに任務報告と刃の件を伝えようと意気込んでいたけれど、彼は彼で他の任務に当たっている事をすっかり忘れていた。当然だ、何せ柱なのだから。ふらふらと辿り着いた自室の布団にドサっと派手に倒れ込む。暫くして寝落ちした私の頭を、誰かがそっと優しく撫でてくれている気がした。薄っすらとした意識で徐々に視界を開いていくと、夕陽を背に穏やかに微笑んでいる煉獄さんが私を見つめていた。パチ!と目を見開き、一気に脳が冴えた私がそこに起き上がる。

「し、師範…!?戻ってたんですか…!」

「あぁ、今帰ってきた。おはよう、ナマエ。気持ちよさそうに寝ていたな」

「見たんですか!寝顔!」

「うむ、見た!赤子のようでとても愛らしかった!」

「さ、最悪だ…!」

サーっと血の気が引いた所で羞恥心を隠すかのように手で顔を覆い「こっち見ないでください…」と弱々しく煉獄さんに呟いた。何故だ!分からん!とか何とか言っている煉獄さんにはっとして、布団の上に立ち上がり部屋の片隅に置いていた日輪刀の元まで走る。力強く刀を握りしめて再び煉獄さんの元まで戻った私は「聞きたい事があります!」と強い口調でずいっと煉獄さんに顔を近付けた。

「やけに顔が近いな…」

「えぇ、まぁ一大事な事なので間近でお伝えした方が良いと思いまして!」

「どうした?」

「刃がボロボロになっちゃいました!新しいのを入手するにはどうすれば良いですか!」

少し泣きそうな顔で「これじゃあ鬼の頸を切れません!」と喚く私に煉獄さんはふっと笑みを溢して子供をあやすように私の頭を撫でた。「よく頑張っているな。偉い!」そう言って、まずは私の事を褒めてくれる煉獄さんに胸の奥がキュウっと苦しくなった。包容力抜群のその発言に私の胸は今バカみたいに騒いでいる。至近距離で微笑んでくれる煉獄さんがやけにキラキラして見えて、内心かなり焦ってしまった。カッコイイ。そんなバカみたいな感想しか頭には過ぎらなかったからだ。

「刀鍛冶の里に向かうべきだな」

「か、刀鍛冶の里…?」

「あぁ、そこには君の刀を打ってくれる刀匠の者がいる筈だ」

「……あ、そうなんですね。了解です!」

では!早速行ってきます!そう言い残してそこにすっと立ち上がる。そのまま勢いよく前に一歩踏み出した所で「待ちなさい」と煉獄さんに強く腕を引かれた。勢い余って後ろに倒れた私の身体を上手い事キャッチをしてくれた煉獄さんに、背後からぎゅっと抱き締められた。その状態のまま耳元に唇を寄せられる。そのままフゥと耳に息を吹きかけられて全身にゾクリ!と妙な快感が身体中を駆け巡った。

「し、師範…?」

「ここ最近の君は無理をしすぎなように見える。余り俺を心配させないでくれ」

「………えっ、」

「それに君は極度の方向音痴だろう。刀鍛冶の里には明日隠に連れて行って貰えば良い」

「で、でも…!そんな悠長な事なんて言ってられな…!」

「ナマエ、」

頬に手を添えられて、そのまま強制的に煉獄さんは自分の方へと私の顔を傾けさせた。紅く燃えるような瞳の大きい煉獄さんと再び至近距離で目が合う。さっきは自ら望んで顔を近付けたからまだ冷静でいられたけれど、その立場が逆転した途端これだ。無理、何か煉獄さんに全てを吸い込まれてしまいそう。

「師範である、俺の指示に従いなさい」

「…………は、はい」

「うむ!良い子だ!」

そう言って、とても穏やかに微笑んでくれた煉獄さんに目が釘付けになってしまった。出逢った当初は、ただ単純に桃寿郎君によく似ているなと思った。言葉を交わして、心優しい人だと知って、桃寿郎君のようで桃寿郎君ではない、煉獄杏寿郎という全くの別人に心惹かれていくものを感じた。最早この感情が自分の物なのか先祖のものなのかはよく分からずにいる。戸惑いの気持ちも重なり、思わず伏せてしまった視線を畳の上に落としてハァと小さな溜息を零した。

「何に対しての溜息だ?それは」

「師範…」

「なんだ!」

元気よく返事を返してくれた煉獄さんの頬に両手を添えて、じぃっと下から端正な顔を見つめた。間近で見る煉獄さんの表情はきょとんとしていて何だかとても可愛い。思わず頬が緩んだ私はふっと笑みを溢して煉獄さんと向き合う形でここ最近ずっと秘めていた想いを口にした。

「いつも…ありがとうございます」

「…………」

「どんな時も前を見据えて、私や他の下の隊士達を守ってくれる師範の強さと優しさには毎回脱帽です。敬愛しています」

「…………」

「でも師範も…余り無理はしないでくださいね。継子の私からしてみれば、師範の方がたまに心配になります」

腰に添えられている煉獄さんの腕の力がぎゅっと強まった気がした。片膝に私を座らせて、パチパチと不思議そうに瞬きを繰り返した煉獄さんは少し驚いた表情をしている。そしてすぐに「初めて言われたな、そんな事は」と煉獄さんは眉を下げて困ったように笑った。

「継子の君に心配をされるようでは、俺もまだまだだな」

「えっ、違いますよ…そういう意味で言ったんじゃな、…!」

私の想いは上手く伝わってないのだろうかと、焦りを含んだ声で否定を口にした次の瞬間、ストン!と小さな音を立てて煉獄さんの頭が前から私の肩にもたれ掛かった。そのまま腰に添えられている腕の力も強まり、私達2人の距離はより一層近いものとなる。突然のその行動に再びバカみたいに心臓が早鐘を打っている私の首筋に顔を埋めた煉獄さんは「ありがとう」と柔らかい声で私にお礼を伝えた。

「君は良い匂いがするな」

「えっ、ちょっと…よく考えたら私まだお風呂にも入ってな…!」

「ナマエ、」

「え?」

ゆっくりと私の肩から顔を離した煉獄さんは、私の頬に手を添えて目尻下げては優しく微笑んだ。サイドの髪を耳に掛けて、煉獄さんの形の良い唇がそっと寄せられる。少し掠れた声で「夜になるまでこのまま共に寝るか」と囁かれてブワリと全身に熱が走った。と、共に寝るかって…そんなの寝れる訳がない。ドキドキしすぎて多分死ぬ!

「って、ちょっ…!し、師範…!」

勿論丁重にお断りするつもりだった。けれどもそんなものは有無を言わさずゆっくりと煉獄さんに布団に押し倒された。馬乗りの状態で、少し悪戯っ子のような顔で私の瞳をじっと見つめてくる煉獄さんに頭の中が酸欠状態でクラクラとしてきてしまう。せめて先にお風呂に入らせてください!と涙目で訴える私に、煉獄さんはクスクスと楽しそうに笑っていた。恐らく私は桃寿郎君とは違う、煉獄杏寿郎という一人の男性に惹かれ始めているのだろう。そんな紛れもない事実に内心冷や汗を掻きながらも、屈託のない笑顔で笑う煉獄さんから暫くの間目を離せずにいた。



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