01.現代に生きる者



「ねぇお母さん、鬼って本当に存在したと思う?」


蒸気したケトルがカチ、と鳴った。それに手を伸ばして二つ並んだマグカップにお湯を注いだ母親は「えー?なぁに急に」と笑った。リビングの食卓に頬杖をついて何の前振りもなく発言をした私に、母は「何の話なの?それ」と不思議そうな表情を浮かべて椅子に腰を下ろした。

「今日ね?桃寿郎君が不思議な事を言ったの」

「桃寿郎君って…あんたの彼氏の?」

「うん、そう」

「不思議な事って?」

「…………」

母から手渡されたマグカップを手に取って、ズズっとホットココアを啜る。はぁ、と息を吐き出して一息をつき、頭に浮かんできたのは今日の昼休憩に交わされた皆んなとの一連の会話の流れだった。

「うちの家系は代々鬼狩りをしていた!」

事の発端は、ガヤガヤと騒がしい教室の真ん中で、私の彼氏兼クラスメイトでもある桃寿郎君が意気揚々と声を大にして叫んだ事から始まった。突然何を言い出したのかと周囲が騒つく中、桃寿郎君は生き生きとした表情で「鬼狩りだ!」と念押しをするかのように再びそこに叫んだ。

「鬼狩りって…何それ。そもそもそんな物この世には存在しないよ」

昼休憩を利用して、わざわざ校舎違いの炭彦のお弁当を渡しに訪れていたカナタが淡々とした口調で桃寿郎君の発言を一蹴した。はい、これ。いい加減自分で持ってくる事を覚えなよ。と言ってカナタが炭彦へとお弁当を手渡す。言われるがままそれを受け取った炭彦は目を丸くして、キラキラとした表情で桃寿郎君を見つめた。

「僕の曾々お爺ちゃんも鬼狩りだったんだよ!凄い奇遇だね!桃寿郎君!」

「炭彦!君のご先祖様もか!」

「うん!」

昔、お婆ちゃんから聞いたんだ!そう嬉々とした表情で興奮気味に話に参加した炭彦に私は目が点になる。……お、鬼?え。ちょっとちょっと君達。正気なのそれ。だとしたなら大分危ない感じだと思うんだけど。そう半分まで出掛かった言葉を唾と一緒に飲み込んで口をポカンと開いては桃寿郎君と炭彦の2人に交互に視線を向けた。

「でも曾々お爺ちゃんと曾々お婆ちゃんが人を食べる悪い鬼を退治してくれたから、今は平和なんだよって教えてくれたんだ!」

「うむ!俺も昨日父から同じ事を聞かされた!もしかすると炭彦のご先祖様と俺の先祖もその時共に闘っていたのかもしれん!」

わはは!と愉快な笑い声を挙げた桃寿郎君に同意した炭彦が「絶対そうだよ!」と嬉しそうに微笑んでいる。そんな2人の様子をカナタと私は少し引き気味に見つめていた。鬼なんてものはあくまでも古くからの言い伝えであり、実際にその姿を目にした人もいなければその存在を信じている人なんていやしない。夢を壊すようで悪いけれど、今回ばかりはカナタの意見に賛成だ。

「俺の家系は代々炎の呼吸を使っていたと聞く!」

「ほ、炎の呼吸…?」

なんですかそれ。遂に口にした疑問の言葉と共に横に首を傾げた。隣に立っているカナタの顔も何言ってんだお前と書いてある。炭彦とカナタは兄弟なのに、どうしてこうも何もかも性格が違うのか。鬼を信じる炭彦と鬼を信じないカナタ。その相反する性格の2人はある意味良いコンビなのかもしれないけれど。

「俺もよく知らんが、父が言っていた!鬼を滅殺する部隊を鬼殺隊と言い、その鬼殺隊の中でも一番位の高い剣士達を柱と呼んだらしい!」

「柱…?」

「うむ、柱だ!因みに俺の先祖は代々炎柱と呼ばれていた!」

「凄いね桃寿郎君!炎柱なんて物凄くカッコいいよ!」

そう言って、炭彦はニコニコと嬉しそうに笑った。桃寿郎君の話に何一つ疑問を持たない炭彦に唖然としてしまう。いまいち話題に乗り遅れた私を横に、カナタが心底呆れた表情で片手で顔を覆った。「炭彦、お前まだあの話を信じていたのか」と小声で他にも何か呟いている。

「遂に気付いてしまわれましたか、皆々様」

背後から突然肩を掴まれて、肩を竦ませた私は勢いよく後ろに振り返った。顎に手を添えて、何故か不敵の笑みを浮かべる善照が気配もなく登場して「わ!」と悲鳴に近い声を挙げた。善照は何処か得意げな表情で「俺もそうじゃないかと思ってた」と1人頷いている。

「俺の曾爺ちゃんが残した本にも書いてあるんだよ。鬼と闘った日々を書き記した奴が」

「……えっ!本当に!?」

「俺の家にもあるぞ!代々炎柱が残した手記が!」

「えぇっ!桃寿郎君も!?」

四方八方から飛び交う衝撃の事実に目をひん剥いた。桃寿郎君だけではなく、炭彦や善照にまで証拠を挙げられてしまってはこれ以上無闇に否定も出来ない。カナタも一応炭彦と一緒に鬼の話を聞かされていたみたいだし、こんな偶然が重なる事なんてあるのだろうか。

「そんな事より、さっさとお弁当食べない?休憩も残りあと僅かだし」

「あ、そうだね!うん食べよう!」

「だな!ナマエ、今日のおかずは何だ!」

「え?えーっと…卵焼きにミニハンバーグに…」

「ナマエちゃん、俺の弁当は?」

「ある訳ないだろう、燈子に頼みなよ」

死ぬ程冷静に善照にツッコミを入れたカナタに笑えた。それから直ぐに燈子がやって来て「何で大人しく自分の教室に居ないのよ!」と手にしていたお弁当で善照を殴っていた。こうして何だかんだで事を終えた訳なのだが、あれから家に帰宅した今現在も私の頭の中は鬼や鬼殺隊、柱と言った単語が飛び交っている。

「ふぅん、そう。そんな事があったの」

「うん。何か不思議でしょう?たまたまとはいえ、ここまで皆んなの意見が合うなんて」

「鬼かぁ…」

それまでずっと私の話を聞いていた母親が、手にしているマグカップを胸の前に掲げてぼんやりとした視線で天井を見つめていた。そして直ぐに目を見開き、「そういえば…!」と何かを思い出したかのようにテーブルにマグカップを置き、興奮気味に会話の続きを口にする。

「うちのご先祖様にもいたわよ、鬼狩り!」

「…………えっ!?」

「まぁ、ただの言い伝えだからそれが本当かどうかなんてお母さんは知らないけど…昔お婆ちゃんが言ってたわ」

「えっ、ちょっ…!お母さん、それ本当に!?」

「えぇ、本当よ。まぁあんたの直系の人じゃないからね。知らなくて当然よ」

そう言って、母はようやくズズっとココアを喉に流し込んだ。はぁ、と何処か心地良さそうに一つ息を吐き出した母に噛み付く勢いでテーブルに前のめりに身を乗り出しては「で!?それって誰なの!?」と話の続きを催促した。

「んー…確か、お父さんのお爺ちゃんの兄弟だから…あんたにとっては遠い叔母に当たるわね」

あれ?続柄は叔母で本当に合ってるのかしら?とブツブツと呟いている母の発言に目を丸くする。まさか私の血縁者にも鬼狩りがいたなんて…衝撃的すぎやしないか。

「しかも面白いのがねぇ、そのご先祖様とあんた同姓同名なのよ」

「………えっ!?」

「もしかして、そのご先祖様の生まれ変わりかもね。あんた」

そうニッコリと微笑んで母は「さっ、もうそろそろ寝なさい」と私を諭した。まだ半分しか飲んでないココアを無理矢理没収されて泪を飲む。こんな大興奮する話題を放置して寝れる訳がない。まだ眠くないよと訴えてみたが母は聞く耳を持ってくれなかった。

「同姓同名かぁ…」

自分の部屋に戻り、部屋の電気を消してぼんやりと暗闇を見つめていた。もし本当にこの世に鬼が存在していたとしたなら、そんな絶望的な世界なんて他にない。母も鬼狩りの存在は知っていたし、今日の学校でのやりとりも含めて鬼は兎も角、鬼狩りという任務をこなしていた部隊があった事は本当なのだろう。

「どんな人だったのかな…その人は…」

そのままゆっくりと瞼を閉じて、眠りの世界へと深く堕ちていく。完全に意識を手放す前に、夢の中でそのご先祖様に逢える事を密かに祈った。母の話によると、そのご先祖様は大正時代を生き抜いた気の強い女性だったらしい。一度で良いから逢ってみたかったなと心の中で強くそう思った。




「おはよう!良い朝だな!」

チュンチュンと雀の鳴き声が遠くから聞こえた。まだハッキリとはしない意識を何とか現実に戻して、薄っすらと瞼を開いていく。パチ!と最期に覚醒した意識と頭上から聞こえてきた桃寿郎君の声に視線を傾けた。………あれ、何でこんな朝早くから桃寿郎君が私の部屋に居るんだ?

「鍛錬を開始するぞ!起きろナマエ!」

た、鍛錬…?何の?確かに桃寿郎君の家系は名家の剣術道場だけど…いやいや。でも門下生でも何でもない私が鍛錬とか。いやいやいや。ないない、有り得ない。

「桃寿郎君…どしたの、その格好。まるで昔の人みたいな格好だね」

「桃寿郎?誰だそれは。知らん!」

「…………えぇっ!?」

何言ってんのこの人!自分の名前忘れるとかないでしょう!とドン引きした私が勢いよくそこに起き上がった。そのまま周囲に視線を流すと、立派な庭園に立派な池。池の中からポチャンと水飛沫をあげて錦鯉が跳ね上がる。そしてカコン!と鳴る竹のししおどしの音が私の脳に冴え渡った。ふと頭を上にあげると、クリクリとした目の大きい桃寿郎君らしき人が顔を覗き込むようにして私を見つめている。

「いや…此処どこーーー!?」

断末魔のように叫んだ私の声は山彦のように広がって、次第に消えていった。かくして、突如開始した謎の世界で私の今後はどうなってしまうのだろうか。その全貌はまだ見えてこない。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -