よくアニメや漫画で見る転生ものなんて、所詮フィクションでしかない。実際に過去の記憶を持ったまま今を生きるなんて、それこそ生き地獄だ。

「宇髄せーんせーっ!」

私はいつだって今しか見ない。そう、目的を果たす為には転生してようがなんだろうが、この恋を手に入れるには、そんなものは無用なのだ。





「誰が無用だって?」

「え?」

思いっきり利用してんでしょーがっ!

ダン!と派手にテーブルに紙コップを叩きつけた友人は鋭い目つきで私を睨みつける。その衝撃で紙コップの中にあるコーラがゆらゆらと踊った。彼女は幼い頃からの親友で、頭も良く、器量だって良い。その上性格までしっかりしているので隣に居る自分がモブ化しているのはここだけの話だ。

「……ナマエちゃん?あんたこの前私に何て言った?」

「え?この前?」

「惚けてんじゃない!あんたこの前私に言ったわよねぇ!?前世の記憶には頼らないって!」

「言ったね!思いっきり言った!」

「なのに何なのよ!さっきのあんたの発言は…!」

放課後。人通りの多い道路沿いに先週末からオープンしたファーストフード店のテラス席で、ズズっと喉にシェイクを流し込んでいる私に彼女は怒り狂っている。どうやらさっき校内で宇髄先生にアピールをした例の発言が宜しくなかったらしい。

『宇髄先生、前世とか運命とかって信じます?』

『あー信じる信じる。相手が高校生のガキじゃなけりゃな』

毎度の事ながら微塵も相手にしてくれない宇髄先生にトホホと涙を流していた私を捕まえて、親友にズルズルとそのまま強制退場をさせられたのは30分前の事だ。そして今、怒りに怒り狂った彼女を前にして、私はシェイクの虜になっている。美味しいなこれ…!

「美味しいなこれ…じゃない!さっさと目覚ましな!あんた前世でも宇髄先生に振られてんだから」

「やー、それは禁句でしょ!ダメダメ、そんな昔の話を引っ張り出してきたら!」

「それを今あんたに注意してんでしょ…!?」

確かに彼女の意見は正しい。その昔、大正時代を生きた前世の私は鬼殺隊という部隊に所属していた。その名の通り、当時そこら中にウヨウヨと存在していた鬼の頸を切るというのが主な仕事だった。一瞬でも隙を見せれば殺る前に殺られてしまう。そんなシビアな世界の端くれで、前世の私は音柱でもある宇髄さんに出会い、うっかり恋に落ちた。それは任務を終えて地面に転がっている鬼の頸をじっと見据えていた時の事。散りゆく鬼の頸を凝視している私に、宇髄さんは最初に私に対してこう声を掛けたのだ。

『なんだぁお前、まさかド派手にタイプだったのかよ。この鬼』

『…………はぁっ!?な訳な、…!』

振り返った先に立っていたのは、音柱である宇髄さんだった。柱でもあった当時の宇髄さんは、よく部下達の後を追ってはその都度加勢に訪れていた。いや、そんな事は横に置いといて。とんでもなくイケメンじゃないか。完全にどストライクだ。そんな事を心の中で呟きながらも真顔でじとっと無の表情を向ける私に、宇髄さんは困ったように眉を下げてふわりと柔らかい笑みを溢した。

『おら、帰んぞ』

『………っ、…はい』

そこでようやく我慢し続けていた涙を頬に流した。死戦を潜り抜けて運良く自分だけは生き残ったものの、昨日まで共に鬼の居ない未来を熱く語り合っていた仲間達の亡骸が至る所に転がっている。それを誤魔化すかのように宇髄さんの顔を愛でていた私の脆い感情が決壊した。ボタボタと大粒の涙を流す私の頭に手を添えて、耳元で「無理すんな」と優しく頭を撫でてくれた宇髄さんの優しさに胸が苦しくなる。嗚咽を漏らしてそこに蹲る私に、宇髄さんは一緒に屈んでは空気を読んだように会話を続けた。

『つーか、お前名前は?』

ナマエです。消え入りそうな声で質問に答えた私の身体を米俵でも担ぐかのように腕に抱えて、来た道を戻ってくれた宇髄さん。広くて大きな背中に深く頭を項垂れては、落とした涙がジワリと地面に染み渡った。




「いやー、カッコいいよね!あんなナチュラルにフォローされちゃったら惚れるよね!顔面最強だし。仕方ない仕方ない」

「だーから、その肝心の宇髄先生には前世の記憶がないんだから…やめときなって。ほんとマジで」

「…………」

そうなのだ。当時共に鬼殺隊だった私と親友には転生した今も過去の記憶はあるけれど、どうやら今の宇髄先生には何にも記憶がないみたいだった。私も親友も生まれながらに過去の記憶があったものだから、当然のように彼も覚えているのだろうと踏んでいたけれど、どうやら記憶には個人差があるらしく、残念ながら宇髄先生には当て嵌まらなかったようだ。

「あの時代は決して良い思い出ばかりじゃないんだから…そっとしといてあげなよ」

「うん…」

正直、少し寂しくはある。だって、あの頃の記憶があるからこそ今の宇髄先生にも惹かれてやまないのだろうから。当時の彼は一夫多妻制で、嫁が3人もいたからあっさりと振られてしまったけれど、転生した今だからこそ狙えるポジションだってある筈だ!と、意気込んでいたというのに。

「過去ばっかり囚われてないで、いい加減今を生きなよ」

「だね…」

最後にズズっとシェイクを啜って、重い溜息を吐いた。テーブルの上に頬杖をついて、ぼんやりと夕暮れの茜色の空を見上げてみる。あの頃と変わらない笑顔で私の名前を呼ぶ宇髄先生は、いつだって眩しい存在なのに。諦めの悪い自分の想いは、彼にとっては所詮邪魔な感情でしかないのだろうか。




「お前、今暇?」

「………へ?」

「暇ならちょっと外出てこねぇか。今不死川待ってんだけどよ。あいつ今起きたらしくて余裕で1時間は遅刻するらしいんだわ」

親友に釘を刺された数日後。その日はとても晴天で、この季節にしては気温も高く、何処かに遊びに出掛けようかと考えていた。突然部屋の隅っこに放置していたスマホが左右に振動して、のそのそとベッドから這いずって出た通話相手は大好きな宇髄先生からで、思わずそこに正座をしては間抜けな声が漏れた。

「暇です!めっちゃくちゃ暇人です!」

「だろうな。お前…地味に男も居なさそうだもんな」

「えっ!だって、私の運命の相手は先生ですから」

黙れよ。そう言って、電話越しにケラケラと声を挙げて笑う宇髄先生に心がポワポワとした。休日の朝一番に大好きな人からのラブコール(願望)が掛かってくるだなんてこんなに幸せな事なんてない。てな訳で電話を終えていそいそと準備に勤しんだ私は、家から飛び出して駅の前で立っているであろう宇髄先生の元まで全力で走った。走って走って走りまくって、見えてきた一つの影に当時の記憶がふと脳裏に過ぎる。

『遅ぇよ、バァカ』

あの頃と変わらない、不器用な優しさに涙が溢れそうになった。見た目も中身も口調も優しさも、全てがあの頃の宇髄さんと変わらないのに。転生した現代に生きる宇髄先生は、あの頃以上に手が届かない場所に立っている。そんな気がした。

「………何泣いてんだ、お前」

「……っ、」

「変な女…」

片目を細めて、不器用に笑うこの笑顔が好き。ぶっきらぼうな優しさが見え隠れして、さりげなく私を守ってくれたあの頃の宇髄さんと何ら変わりはない。けれど今の彼は彼のようで彼じゃない。その事実が何処か切なくて、涙が溢れた。過去に囚われて、今の宇髄先生を過去の記憶に重ねる自分が一番虚しい事も分かっていた。けれど勝手に涙が溢れてくるのだから、最早これはやり場の無い感情なのだろう。

「あー、不死川。悪ィけど、今日の予定やっぱパスな」

「………?」

「あ?知らねーわ。つーか何でこんな天気の良い日に野郎と2人で仲良くデートしなきゃなんねんだよ」

じゃあな。そう言って、スマホの終話画面をタップした宇髄先生が此方に振り返る。そうしてニタリと口の端を上げて、まるで悪戯好きの子供のような笑顔で私にこう言った。

「予定変更だ。ナマエ、何処へ行きてぇ?」

裏表のないこの人は、いつだって私の予想を遥かに超えてくる。まさかわざわざ私に気を遣って不死川先生との予定をキャンセルした宇髄先生の行動に驚きを隠せずにいた。ドクドクと心臓が煩い。例えどの時代に転生しようが何だろうが、私はいつだってこの人に惹かれてしまうのだろう。そんな事を、頭の隅で考えていた。





「わーっ…!ちょっ、見てみて宇髄先生!めっちゃ多摩川が綺麗です!」

何処にでも連れて行ってやる。そんな男前な発言を私にくれた宇髄先生の手を引いて辿り着いたこの地は、草が覆い茂る多摩川の河川敷だった。休日を利用して、親子でキャッチボールをしている家族や、仲良く手を繋いだ老夫婦がこの河川敷から見える風景を楽しんでいる。そんな中、わざわざ都心から少し離れたこの場所に訪れたのには、ある一つの訳があった。

『お前…まるで犬だな』

『じゃあ私の飼い主は宇髄さんですね!』

『なんでだよ。俺はお前みたいなバカ犬手に負えねぇよ』

大正時代に生きた私と宇髄さんが、任務帰りに初めて2人で訪れたのがこの河川敷だった。伊之助ではないけれど、当時の私も今の私と変わらず猪突猛進な性格で、暇さえあれば宇髄さんの周りをちょこまかと付いて回った。宇髄さんは心底面倒臭そうに適当に私の事をあしらっていたけれど、でもだからと言ってそんな私を完全に拒否する訳でもなかった。きっと歳も離れていたし、妹みたいに思われていたのだろう。

「ねー、先生ー」

「あー?」

「私、やっぱり運命ってあると思んですよ」

「………は?」

そこまで言い終えて、掴んでいた宇髄先生の手を離す。そのまま風に乗るように草むらの中に駆けて行って、逆光を背にニッコリと宇髄先生に向かって微笑んだ。

「私、先生の事が好きです」

「……………」

「ずっと、……百年前から」

雑草が、ゆらゆらと気持ち良さそうに風に乗っている。まるで百年も前から変化のない想いを抱えた私を後押しするように。逆光と、物理的に宇髄先生と距離が離れているお陰で彼には私の詳しい表情は見えていないだろう。それでもどうしても宇髄先生には伝えておきたかった。

「あの時…私と出会ってくれてありがとう」

「……………」

「さりげなく、いつも助けてくださってありがとうございました」

「……………」

「ずっと…お礼を言いたくて、言えなかったから」

「……………」

「スッキリしました…っ、」

そこまで口にして、必然のように涙が溢れた。宇髄先生からしてみれば、何のこっちゃって話なのに。けれど自己満だとしてもお礼を伝えずにはいられなかった。何故なら、当時の私は彼にちゃんとしたお礼を伝える前に、ある任務時に鬼によって命を落とされていたからだ。

「お前…まるで犬だな」

「………………え?」

「え?じゃねぇよバァカ。そこは、じゃあ私の飼い主は宇髄さんですね!だろ」

「………………えっ!?」

あーもうヤメだヤメ!そう言って、宇髄先生は両手をポケットの中に突っ込んで、横に視線を逸らした。先生の人より長めの髪が風によって揺れている。その時、突然吹いた強風に宇髄先生のパーカーのフードがすっぽりと外れて、横に視線を流していた宇髄先生と目が合った。と、同時に私の心臓がドクリと飛び跳ねる。まさか、いやでも…と、脳内に二つ存在する自分の意識が騒いで、もう何処にも逃げ場はないのだと念押しされているように感じた。

「………お前、本当に変わんねぇな」

「……………」

「あの頃も、よく俺の周りをキャンキャン犬のように走り回って俺のケツを追い掛けてたよな」

「……………」

「前世とか運命を信じるか…だったか?」

「…………っ、」

「信じるに決まってんだろ。……転生したお前に再会出来た訳だし」

長い息を吐いて、宇髄先生は涙目で見つめる私に穏やかに笑う。そのまま徐々に距離を縮めて、そっと私の左頬に手を添えた。「冷てぇな…」と独り言のように呟いた彼の言動に馬鹿みたいに涙が止まらない。ようやく得た確信に、あの頃思い描いていた理想像に追いつく事が出来た気がしたからだ。

「………ずっと、記憶がないフリをしてたんですかっ、」

「まぁな。あの頃の俺も今の俺も、俺は俺でしかねぇからな」

「………タチ悪っ、」

「お前には言われたくねぇよ」

ふっと困ったようにして笑う宇髄先生の腰回りに腕を伸ばして、そのまま頬擦りをするかのように顔を寄せた。先生がいつも付けている香水の匂いがスン!と鼻を掠める。それこそ犬のように匂いを嗅いで、下から宇髄先生の顔を見上げた。零れ落ちる笑顔は心からの素直な感情で、涙でグシャグシャの私の顔に宇髄先生は全てを悟ったかのようにグイっと私の顔を自分の元に引き寄せる。そうしてチュっ、と控えめのリップ音を2人の間に残した。

「………ほっぺだけとか、物足りないですよ先生」

「あ?うるせぇな。ガキはこれぐらいで我慢してろ」

「百年待ったんですよ、私!」

「知るかよ。つーかそりゃ俺の台詞だ」

「え?」

おい、もっとこっちに来い。そう言って、そこに腰を降ろした宇髄先生に背後から強く抱き締められる。私の首筋に顔を埋めて小さく溜息を吐いた宇髄先生は、「お前に質問がある」と話の続きを口にした。

「質問って…?」

「…………お前さ、」

「はい」

「……………」

「先生?」

少し罰が悪そうに口籠もった宇髄先生は、腹を括るように「あー…言うしかねぇか」と自分を奮い立たせているようだった。背後から抱き締められている状態だからその表情は確認出来ないけれど、これから彼が口にする言葉は、きっと一番私に確認したかった事なのだろうなと、そんな事を思った。

「過去の俺じゃなくて、ちゃんと今の俺に惚れてんのかよ」

「……………えっ、」

「俺は今音柱でも何でもねぇ…キメツ学園教師の宇髄天元様だ」

「……………」

「俺は俺でしかねぇが、あの頃と似てるようで少し違う」

「……………」

「それでもお前は俺に惚れてんのかって聞いてんだよ」

「……………」

「……おい、地味に何か反応しろよ」

両サイドから伸びてきた宇髄先生の指に頬をつねられて痛い!と主張したけれど、意地悪な宇髄先生は暫くの間そのままの状態で私の反応にケラケラと笑っていた。やけに深刻そうに口にするから何かと思ったけれど、心配しなくて良いですよ先生!私の宇髄先生に対する想いは百年越しの愛ですから!と得意げに応えてはそこに振り返った。

「勿論、今の先生に惚れてるに決まってるじゃないですか…!だから過去の記憶を餌にして宇髄先生に迫ってたんですから!」

「あっそォ。んなら良いけどよ」

「てか、先生の方こそ私の事どう思ってるんですか?」

「……あ?」

「私の気持ちばっかり確かめて、肝心の先生からの言葉が何一つないですけど!」

「……………」

もー、失礼しちゃう。そうプクっと頬を膨らます私に宇髄先生は二度瞬きを繰り返した。そして直ぐに「ブハっ!」と派手な声を挙げて腹を抱えて笑い出す。「何が可笑しいんですか!?」と喚く私の腕を前から捕まえて、ぐっと私の首裏に腕を廻した先生の唇が耳元に這う。そうして一言、掠れ気味の低い声で彼はこう囁いた。

「ド派手に好きにきまってんだろ、バァカ」

そのまま2人して原っぱの上に倒れ込んで、どちらからともなく唇を重ね合った。「やっと捕まえた」と口にしてくれた宇髄先生の首筋に顔を埋めて、しがみ付くかのようにそこに身を寄せた。嬉しさから泣き崩れている私の腰に腕を回して、上手いこと私の身体を反転させた宇髄先生の影と私の影が一つに重なる。恋人繋ぎをして、キスをして、そんな夢に描いていた百年越しのこの恋は、巡り巡ってやっと幸福の道へと進んでいく事だろう。例え何度生まれ変わっても、例え何度生き別れようとも、私はいつだって宇髄さんの事を見つける自信があるから。

「………やべぇな。理性に負けてチューとか…公務員失格だわ俺」

「もー…黙ってたら誰にもバレないですから…!」

今、此処に存在する私達こそが。あの時代を必死に生き抜いたという、2人の証だ。


存在意義

prev next
TOP

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -