最近、よくこのコンビニに現れる一人の男がやたらと気になっている。陳列されたその前で、自分の顎に手を当てて品定めをしているその様は無駄にイケメンだからだ。絶対に女の子にモテるだろうなぁ…と思っていた私の方に顔を向けた男と視線が合った。と同時にドクン!と胸が高鳴る。いや、何のトキメキだ…
「おい」
「は、はいっ…!」
「何だぁこの地味なラインナップは。俺の好物のふぐ刺しが置いてねぇじゃねぇか」
謎のポージングを決めてビシィ!と私に指を指した男に目が点になる。ある訳ないだろう、そんなもの。ここはごく普通のコンビニだぞ。と口に仕掛けたが男の気迫にやられたので「申し訳ありません」とシンプルに頭を下げた。当店にそのようなものは置いておりません。お近くのスーパーまでお買い求めくださいと伝えたら男は面倒くせぇと毒を吐いた。め、面倒くさいって何だ。それはこっちの台詞だ。
「俺の職場から一番近ぇのがこのコンビニなんだよ。よって明日から俺の為だけにふぐ刺しを仕入れとけ。分かったか」
「全然分かりません。そもそもいちアルバイト店員の私にそんな権限はないです」
「バァカ!それを何とかしろって言ってんだろうがタコ!」
「だーかーらー!無理だって言ってんでしょ!諦めろっつーの!」
売り言葉に買い言葉で思わず素が出てしまった。だがそんな私の事なんてお構いなしに「腹減ってんだよこっちは!」と男が喚いている。腹が減っていようが何だろうがこっちとしては知ったこっちゃない。この男、良い所は顔だけだなと心の中で辛辣なコメントを残した。
「あ、じゃあせめてものお詫びでコレあげますよ」
「あ?なんだこれ」
「ゴリゴリくんの当たり棒です」
「いらねーよ!」
てめぇ祭りの神である俺様をナメてんのか!と男が逆上していたが、その発言をフル無視してレジにやってきた他の客の対応に追われた。ピッピッとバーコードに機械を当てて「980円になります」と金額を伝えて最後に頭を下げる。コンビニを後にしたその客と入れ違いのように再び私の目の前にずいっと距離を詰めてきた男に一歩退けぞった。あれ、まだいたのか祭りの神。しつこいな。
「お前、名前は?」
「は?」
「なるほど、ミョウジって言うのか」
「ちょっと!勝手に人の個人情報を持ち出さないでください!」
胸元につけている私の名札を手に取って男は得意げに笑った。クレームでも入れる気だろうか。とか考えた私の目の前で男は、ほーんとか適当に口にして手にしているそれをまじまじと見つめている。さっさと返して欲しくて手を伸ばしたけれど、男は無駄に背が高いので届く訳がなかった。ちっと心の中で舌打ちをして「ふぐ刺しは無理です。用がないならお帰りください」と冷ややかな視線と共に冷たい言葉を吐き捨てた。
「また来る」
「…………は?」
少し離れた場所から綺麗な放物線を描いて、すっぽりと制服の胸ポケットに入ったそれに呆然とする。次に気付いた時には男の姿はそこには無かった。嵐のように現れて嵐のように過ぎ去って行った謎のイケメンに放心状態となる。とりあえず、顔だけはタイプだったなと質素な感想だけ呟いておいた。
「そもそもお兄さんの名前って何て言うんですか?」
ジリジリと照りつける太陽に比例してミーンミーンと蝉が鳴く。季節は夏真っ盛り。バイトの休憩時間の狭間に、二人して店の前でゴリゴリくんに囓りついている私と例の男の間に何度も何度もうだるような熱風が通り過ぎていく。「てか暑っ!」と不満を喚く私に男はとても楽しそうに笑っていた。何その顔。可愛いすぎか。
「俺の名は宇髄天元。そこのキメツ学園の美術教師だ」
「えっ!公務員!?うそ見えない!」
自分から質問しておいて何だが、てっきりニートとかフリーター当たりだと思っていたからとても驚いた。こ、こんな芸術のカケラも無さそうな男が美術教師…!?にわかに信じ難い。
「まぁ芸術は爆発だからな。気が乗った時に好きな絵を好きなだけ描いてる」
「爆発の意味が分からないですけど…へぇ、でもめっちゃ意外でした!因みにどんな絵を描いてるんですか?」
「あー?そりゃあ派手を司る俺に相応しい、ド派手な絵だな。もう派手派手だ」
「どうしよう、1ミリもどんな絵か伝わってこないんですけど」
そこで一旦会話が途切れたので、隙間を埋めるように手にしていたゴリゴリくんに再び齧り付いた。シャリシャリと口の中に広がる氷の塊に私の細やかな幸せが積もる。冷たく美味しいそれに頬を綻ばせている私に宇髄さんが「お前こそ普段は何やってる奴なんだよ」とぶっきらぼうに私に問いかけた。
「大学生やってます。今4年生で、結構早めに就活が終わったので暇を埋める為に勤労に勤しんでたりします」
「はー、大学生ね。わっけぇなおい」
「いやそんなに歳変わらないでしょ、多分」
口に咥えた木の棒をプラプラと上下に揺らして、宇髄さんは何処か遠い目をしたまま頭上に広がる入道雲に目を向けていた。最初に会話した日から、宣言通りほぼ毎日このコンビニに顔を出している宇髄さんの思考はいまいち読めない。そもそもやっと今日宇髄さんの名前を知ったぐらいだ。此処に訪れる度にそこそこ会話は交わしていたけれど、ようやく今日になって知り得たその情報は遅すぎるとも言っていい程である。
「早く早くー!もう皆んな駅に集合してるって!」
店の壁に背を預けて、そのまま無言で立っている私達の目の前を浴衣に身を包んだ少女達が通り過ぎて行った。あぁ、そういえば今日の夜花火大会があるって店長が言ってたな。良いな、浴衣。もう何年も袖を通してない気がする。まぁ彼氏も居ないしそもそも友達も少ないから活躍する機会もないに等しいけれども。
「おい、お前は良いのかよ」
「えっ、何がですか?」
「花火大会。予定はねぇのかよ」
「ないです。彼氏も友達も居ないんで」
「お前…可哀想な奴だな。地味すぎて泣けてくるぜ」
「うるさいです。イケメンのくせに何の予定もなく暇を持て余してる宇髄さんにだけは言われたくないんですけど」
ふん!と鼻を鳴らしてそっぽを向いた私に、宇髄さんは何故かケラケラと楽しそうに笑っていた。ひとしきり笑い終わった後で「悪い悪い」と優しく宇髄さんが私の頭を撫でる。その手の感触がやたら気持ち良くて、密かに悪くないなと思った。
「てか、さっきからLINEの通知が煩いんですけど。既読されたらどうですか?」
「あー?っだよ、面倒くせぇな。誰だよ」
物凄く面倒臭そうにポケットの中から携帯を取り出した宇髄さんは、覇気のない顔で淡々と画面をスライドし始めた。暫くしてひとしきり読み終わったのか、特に何も返事は返さずに再び携帯をポケットの中にしまう。それを横目で見ていた私が思わず「返事しなくても良いんですか?」と問いかければ「良いんだよ、別に」とあっさりとそんな事を言ってのけた。いや、良くないだろう。返事ぐらい返してあげればいいのに。
「全部見知らぬ女からだからな。どうでも良いだろ、そんなもん」
「………えっ!?み、見知らぬ女?」
「まぁ、俺は生粋の色男だからな。よく勝手に届く訳よ、名前も顔もよく知らねぇ女共から」
「そうなんですね…可哀想に」
「やめろその顔。何か腹立つ」
なるほど、モテすぎるのもある意味問題だな。最近忘れ掛けていたけれど、宇髄さんはどこからどう見ても、誰が見てもイケメンだ。もうこの際、絵を描く側じゃなくて描かれる側になれば良いのに。良かったら描きますよ私と前フリもなくそう宣言をしたら「何の話をしてんだお前は」と冷静にツッコまれてしまった。
「予定がねぇんなら一緒に行くか?」
「え?」
「花火大会。どうせ暇だろお前」
コンビニの制服を着ている私の何処が暇に見えたのかはいまいち不明だが、確かに暇と言えば暇だった。この後の予定なんてせいぜい家に帰って適当にご飯を食べて寝るぐらいだ。でもその相手が宇髄さんとくれば少々話が違ってくる。繰り返しにはなるけれど、宇髄さんはとんでもないイケメンなのだ。流石に気が引け
るし、その見知らぬ女共にいつか背後から刺されそうで怖い。
「いえ、お断りします」
「は?なんでだよ」
「だって殺されたくないですもん。私、120歳まで生きる予定なんで」
「どんな将来設計立ててんだ、お前」
フードを目深く被ってジト目で私に視線を向ける宇髄さんの表情は何故かとても呆れた表情をしていた。大真面目に正当な理由を口にしたというのに、いまいち納得がいかないのか宇髄さんは小さな溜息を隣で吐いている。「他の可愛い女子でも誘ってみたら如何でしょうか」とも促してみたけれど、それはあっさりと拒否をされてしまった。
「見知らぬ女と行くぐらいなら、俺はお前とが良い」
「…………は、」
「浴衣、ちゃんと着てこいよ。あと化粧もいつもの倍ド派手にしてこい」
そう言って、最初に会話を交わした時と全く同じあのポーズで宇髄さんは私を誘った。相変わらず意味不明のポーズだけれど、それがヤケに様になっていて笑おうにも笑えない。いや、そんな事よりお前が良いってなんだ。不覚にもトキめいてしまったじゃないか。
「これ、俺のLINEアカな。俺が連絡したら秒で返せよ」
制服のポケットに忍ばせていた私の携帯を横から奪って淡々と自分の連絡先の登録をした宇髄さんに、ポカンと口が開く。新たなLINEアカウントと電話番号が追加されたそれに高揚感と興奮が収まらない。さっき名前を聞いたばかりなのに、もう次のステージに進もうとする宇髄さんは確かにある意味芸術家ぽいなと思った。
「背後から刺されねぇように、俺がお前を守ってやるよ」
そう言って、あどけない顔で笑った宇髄さんに恋をしていたのだと気付いたのは、花火大会が終わった約1ヶ月後の、秋の冷たい風が吹き抜けるある日の事だった。
出逢い頭の恋
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