最終選別になんて、受からなければ良かった。

そもそも鬼殺隊に入るつもりさえなかったのだ。なのに何故私は毎度ながら、日輪刀を強く握り、腰を落とし、体制を整えて、目の前に存在しているキモい鬼と睨み合っているのだろうか。

「若くて美味そうな女だ。ついでに生意気そうなその性格も俺は嫌いじゃねぇぜぇ?」

「あーそうですか!そりゃどーも!私は嫌いだけどね!あんたの事!」

あー死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!もうコレどう考えても死ぬわまじで。死ぬ以外に考えられない。幾ら呼吸を使っても私みたいな下の階級の隊員じゃ殺られる以外に何か他に選択肢とかあります?ないよねぇ?死ぬよねぇ?せめて食われる運命なら、もうちょっとイケメンの鬼に食われたかった!とか言い残しながら死ぬパターンだよねぇ!コレ!

「ちゃぁあぁあんっ…!」

「……………ん?」

「ナマエちゃぁぁぁあんっ!」

「んん!?」

地響きのような派手な足音を立てて真っ直ぐと此方に向かってくる一人の男。量の多い金髪のモサモサ頭を盛大に風に揺らしながらも私の名前を叫ぶその男に、何故だかガクっと気が緩んで肩をずり落とした。

「はぁっ、はぁっ、ナマエちゃん!無事で良かったよぉぉお!」

「善逸くん!」

うんうん!怖かったよねぇ!鬼って本当キモいもんねぇ!そう泣き叫びながら私の身体のあっちこっちに手を這わせて生存確認をしている善逸くんに「何処行ってたの!?」と早速八つ当たりをかました。この情け無いという言葉がよく似合う男、彼、我妻善逸とは私と同じくらいヘタレな鬼狩りだと有名な鬼殺隊員である。今回の任務は2人で向かったのだが、彼は途中物凄くシリアスな顔で「ちょっと、鬼狩りに行く前に2人でお茶屋にでも行かないか!」とトンチンカンな発言をしたのでしっかりとその場に放置してきたのだ。が!いざ鬼が現れたら1人じゃ心細かった私は早速再会を果たして早々善逸くんにキレた。理不尽とは正にこの事である。

「善逸くん、私多分今から死ぬから!後の事は宜しくね!」

「待ってよぉおお!死ぬんなら俺が先に死ぬよぉお!可愛い女の子を差し置いて俺だけ逃げるなんて出来ないよぉお!」

じゃあ一緒に死のう!ギャアギャアと2人でそんな事を喚いていると、それまで蚊帳の外にいた鬼が「おい」と声を出した。勿論ヘタレの私達は同時にビクっ!と肩が竦む。そのまま恐る恐ると声のする鬼へと視線を向けた。

「お前ら鬼狩りの割には情けねぇなぁ。なーんでそんな弱っちいのに俺を討伐出来ると勘違い出来たんだぁ?あぁ?」

「「!」」

ギョロリ!と、鬼の沢山の目玉が一斉に此方に向いた。頸、背中、腕に腹。ありとあらゆる箇所に埋め込まれている鬼の目玉達と一気に目が合う。あーはいはいはいっ!死ぬのねっ!はいはいっ!死亡フラグって奴ね!コレ!

「先ずは女ぁ!てめぇからだ!」

「!」

ニュウっ!と一気に伸びてきた鬼の腕の動きを読み、腰を屈ませて頭を下げる。そのまま横に逸れて間一髪で一先ず逃げ切った。確かに私はヘタレだ。だがしかし、スピードはそこそこあるタイプ。ぶっちゃけ死ぬのは分かってはいるが、かと言って『はいそうですか!では美味しく召し上がれ!』とはならない。何故なら死ぬのは理解しているが、かと言って死にたくはないからだ。

「ちょこまかと鬱陶しい!さっさと俺に食われろ女ァァア!」

「はいはいはいっ!食われますよ!?食われますけどねぇっ!出来る事なら回避したい問題でもあるんですよこれっ!」

触覚のように四方八方から伸びてくる鬼の腕に、右左と速度を上げて逃げる私。そのまま一瞬だけ木に足をつけて速度をあげたまま、目の前の鬼へと一気に距離を詰める。

「恋の呼吸・弐ノ型 懊悩巡る恋!」

師範のようには、まだ上手く恋の呼吸は使えない。それでも見様見真似で覚えたこの技を使って可能な限り鬼を倒したい。そう願いを込めて日輪刀を振りかざした。運悪く、鬼の頸は切れなかったもののある程度効果はあったらしい。鬼は鈍い呻き声をあげながらもその場に膝をついた。

「女ぁ…!お前も俺に食われて、この大勢の目玉達と共に仲間になるがいいっ…!」

「!?どういう意味?それ!」

「わはははっ!まだ気付かんのか!俺の身体中に埋め込まれているこの大勢の目玉は、俺がこれまで食ってきた人間の数だ!」

「「!?」」

「なるんだよ…お前も。こいつ等と一緒の…俺のコレクションになぁ!」

「ひっ…!」

しまった、恐怖感に負けて体制が崩れた!そう思ったのも束の間、鬼の大量の腕が再び私を目掛けて襲いかかってくる。もう駄目!死ぬ!そう諦めて、ギュっと強く瞼を閉じた。師範…ごめんなさい。私、先に逝きます。

「雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃!」

固く閉じた瞼の裏側で、稲妻のような眩い光を感じて大きく目を見開いた。体制が崩れ、倒れ掛かっていた私を一瞬で抱き止めて、目にも見えない速さで夜空へと彼は跳ね上がる。その光と腕の温もりに無意識に涙が溢れた。所謂、お姫様抱っこ状態で地上に着地した彼に安堵してどさくさに紛れてガバっ!と勢いよく抱きつく。

「ぜ、善逸くんっ…!」

口の端から白い息を吐いて、「ナマエちゃんは俺が守る」と呟いた善逸くん。きっと、目が覚めたら彼は全く自分の行動と発言は覚えていないだろう。けれども森に横たわる鬼の頸。どデカい胴体。サラサラと悔し涙を流しながら散って行く鬼の暴言なんて諸共せず、彼は何処からどう見ても立派な鬼狩りだった。

「ぜ、善逸くんっ…!あ、ありがとぅう…!」

わぁぁああん!まじで死ぬかと思ったぁあ!子供みたいに善逸くんの腕の中でワンワンと泣き叫んでいると、フゴフゴと寝息を立てていた善逸くんの鼻ちょうちんが割れたと同時に彼の意識も覚醒した。

「えっ!えぇっ!?ナマエちゃん!?って、近っ!可愛いすぎて死ぬわ俺!やばい死ぬ死ぬ死ぬっ!」

「善逸くん…!今日も本当にカッコいかった!」

「え何これぇ!夢ぇ!?」

てか鬼は!?ギャっ!死んでるぅう!

そう次から次へとデカいリアクションを繰り返す善逸くんに笑みが溢れた。彼は本当はヘタレなんかじゃない。強くて、優しくて、いつも私がピンチな時に、一目散に助けにきてくれて守ってくれる。そういう人だ。

「?ナマエちゃん。平気?」

「……うん、平気!善逸くんがいてくれるから」

「ちょっと待ってこれぇ!俺勘違いしちゃうよぉ!?」

「良いよ!して!」

「していいのぉぉぉおっ!?」

目ん玉が飛び出るんじゃないかと心配になるほど、赤面しながら驚いている善逸くんの頬に両手を這わせて、そのままそこにそっと唇を寄せた。パチパチ、と二度と瞬きを繰り返して、ようやく状況を理解した善逸くんが後ろにバタン!と倒れる。おーい!善逸くーん!と一応声を掛けてみたものの、この状態じゃ彼の意識は恐らく当分戻ってはこないだろう。

「いい加減、そろそろ自分の気持ちを伝えようかなぁ…なーんて」

未だ地面に横たわって気絶している善逸くんの頬をツンツンとつつきながら、口角を上げて一人微笑んだ。きっと、この想いを彼に伝えるのはまだまだ当分先の事だろう。鬼殺隊に入る気なんてサラサラなかったあの頃の私だけれど、逆に捉えたら今は入隊出来た事にもっと感謝をするべきなのかもしれない。

『無事に任務を終えて戻ってきたら、次は女子会だね!』

そう言って頭を撫でてくれた師範の顔を思い出しては心が一気にポカポカと暖かくなった。甘露寺邸に戻って、師範に任務報告を終えたら伝えてみようかな。

「今なら素直に、恋の呼吸を扱える気がします!」…ってね。


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