最近女子力UPを向上するため、女性誌やらなんやらかんやら様々な手引きを開いた結果、道端で偶然再会した退君に「あれ、何か綺麗になったね」と言われた。ので、有頂天になりつつ久々に真選組屯所へと繰り出した。無論いつだってVIP待遇の私は警備の堅い門なんてスルリとクリア。いそいそと目的地へと辿り着き、恐らくこの襖の向こうに居るであろう人物に対して熱のこもった挨拶をぶっこんだ。
「わ、た、し」
「帰れ」
なんの迷いもなく口にされた辛辣な言葉なんて私には一切響かない。項垂れるどころかそれ以上に彼に会えた事実に胸を弾ませた私は間髪入れずにスパーンと襖を横にスライドさせ、ズカズカとお目当ての場所へと辿り着く。
「帰れって言ってんだろうが。てめぇは日本語も通じねぇのか」
はぁ、とこれ見よがしに大きな溜息と紫煙を吐いた土方さんの表情は硬い。何故だ。最愛の彼女が登場したというのに!
「誰が彼女だ誰が」
「あれ、違ったっけ?」
「違うわボケ!いいかよく聞け。俺は今会議に使う書類作りで忙しい。よって変態女の相手をしてる暇なんざねぇ。分かったらとっとと帰れ。仕事の邪魔だ」
「変態女なんてそんな照れるじゃないですか!」
「そこォォオ!?しかも全っ然照れる意味分かんないんだけどォオ!」
未確認生物でも発見したかのように、全力で両手を天井につきあげ全力で驚いた土方さん。あぁ可愛い。ヨダレ出るわ。なんだその萌え仕草。チャーミングすぎて死ねる。
「で、お前まじで何しに来たわけ。いや良いやっぱ言うな」
「よくぞ聞いてくれました!今日の私なんかいつもと違くないですか?こことかこことか、あとこの辺とか?てか全部?みたいな」
「もしもし?俺の声聞こえてる?」
げっそりした表情でこちらに問いかける土方さんもこれまた萌え。はいその顔頂き。ご馳走様です。
「何しにきたのか知らねぇがいーからとっとと帰れ。どうせお前その調子じゃまたいつもみたいに勝手に入ってきたんだろ」
「何で分かるんですか!愛のパワー?」
「あー殴りてぇ」
よし無視しよう。そう言って何処かしら遠い目をした土方さんを逆に無視して、さりげなく隣をキープ。残念ながら椅子は一つしかないので、体育座りでその場でバッチリ畳に決め込んでみた。
「ねぇねぇ土方さん。土方さんのそのお美しい肌の秘訣はやっぱり美容パックのお陰とかなんですか?」
「あぁ?」
「それとも岩盤浴とかに通ってるんですか。ってか何で喫煙者の癖にそんな肌艶良いんですかくっそ腹立つでも好きです」
「……………」
「……………」
「……………」
「………いや、語尾可笑しくね?」
暫しの沈黙。まるで時が止まったかのようなこの狭い空間内に、土方さんの口元に咥えたままの煙草の煙がモワンモワンと天井に上っていく。それと重なって瞳孔の開いた冷めた目付きでこちらを見つめるその熱い視線にうっかり倒れそうになってしまうのは、これ見よがしに美しすぎる土方さんのせいである。ちょっともうなんなのこの人、色気ありすぎてツラたん。
「実は最近私も美容パックを毎日使ってまして、ほらほら!分かります?この弾力、ハリ、ツヤツヤ感!」
「いや全然」
「やっぱ女って磨けば磨くほど綺麗になれるもんなんですねー。こうなる事が分かってたらもっと早くから女子力UPに徹すれば良かったですよ。…あ、ついでに触ってみます?今私の肌めっちゃツルツル期間ですし」
「いや良い全然触りたくない」
「そんな遠慮しないで下さいよ!さぁさこちらへフフフ…」
「フフフじゃねぇだろ!恐ぇから近寄んな……っておい馬鹿離せこの変態女ァァア!」
ドガシャーン!と派手な音をたてて見事畳にゴロンゴロンと転がった私と土方さん。思いのほか強く腕を引っ張りすぎたせいなのか、はたまた彼に触れたくて衝動的にはしゃぎすぎたせいなのか、今の所詳細は不明だがこれは千載一遇の大チャンスである。この機会を掴まずとしていつ掴むというのか。うっし、まずはプランAのさりげなく彼の胸板に抱き着く作戦でいくか。
「そーは行くか。つーか声駄々漏れだ馬鹿。邪魔だ退け」
「えっ!土方さんってやっぱ私の事好きなんですか?愛するが故に分かっちゃう、みたいな?」
「ねぇ、どうやったらそんな脳内変換されんの。意味分かんないんだけど」
逆に何をそんなに嘆く事があるというのか、色々と説教たれる土方さんを前にどさくさに紛れてガバっと勢いよく抱きついてみた。嗚呼、最高。鼻血吹き出てないかなコレ自信ないんだけど。だがとりあえずの所プランAは成功した。よって次はプランBのさりげなく首に腕を廻し、チューをするという任務に取りかかろうかと思う。
「あっれぇー?土方さんよく見たら襟元に何かゴミがついてますよー?」
「………あぁ?」
「仕方ない!ちょーっと動かないで下さいね」
「おい馬鹿やめろ」
まるでデジャブ。つい3分前の出来事が舞い戻ってきたかのようだ。咥えていた煙草を携帯灰皿に擦り付けた彼の前に訪れたのはさっきと全く同じ流れでやってきたドリフみたいな展開。まさかの土方さんとの0の距離だった。いわゆるチューする目前の体制である。何とかこの状況を打破しようと無理矢理上半身を起こそうとし、前方からニュっと伸びてきた私の両腕を鮮やかに交わしたかった土方さん。だが全くそれに動じず、我こそが我こそが精神で勢いを止めなかった私。結果、私のよこしまな気持ちが打ち勝った、という訳だ。やべっ、近すぎて鼻血出そう。
「………お前、よくそんなテンションで毎度毎度ぶつかってくるな。呆れるの通り超して逆に尊敬するわ」
「えぇ、何せこっちも必死なもんで。とりあえずこの流れに沿ってチューでもしときますか?」
「しねぇよ。どんな流れだ。いいからそこ退け」
「何故!土方さんに釣り合う女になる為に、こうしてわざわざ女子力までUPさせてきたのに!」
「あーはいはい。可愛い可愛い。だから退いて」
「はい!いやっふぅぅう!褒められたァァア!」
「……………良かったね」
ったく、こんなんじゃまともに仕事一つ出来やしねぇ。そう言って困った顔をしてポリポリと頭を掻く土方さんを前に「では!」という一言と共にスク!と勢いよくその場に立ち上がる。急に行動に起こしたもんだから彼はどうやら驚いたらしい。「な!なんだよ急に。ビビらせんな!」と少しどもり気味に言葉を被せつつもチラリとこちらを見上げ、恐る恐る言葉を繋いだ。
「帰ります!大事な会議前にすいませんでした、また夜に夜這いしに来ます!」
「あ?もう帰んのか。……て、夜這いは良い。勘弁して」
「はい!ではとっておきの勝負下着を身に付けて参ります!失礼しました」
「待て待て待て待て!おいコラ変態女」
全然問題解決してねぇよ!そう言って踵を返した私に向かって背後から的確なツッコミが突き刺さる。「え、じゃあ官能的なネグリジェも身に付けてきます」と返せば、そういう問題じゃねぇよと更に辛辣な台詞が飛んできた。なんだと。ネグリジェを足しても物足りないと言うのか。……仕方ない、じゃあアレを使う事にし、
「来るんなら、ちゃんとその前に連絡してこい。迎えに行ってやるからよ」
「……………え?」
土方さんを物にする為に、脳内であれやこれや試行錯誤と理性と危ない妄想に耽りこむ私に向かって、予想外の展開がやってきた。……と、トシィ。初めてじゃん。私にそんな優しい言葉投げかけてくれたの。
「誰がトシだ。……あー、なんだ。その危ねぇだろ。んな馬鹿な格好でフラフラ夜道歩いたら何処に変態が潜んでるか分かりゃしねぇし、お前も腐っても見た目は女だろうが」
「腐ってもって……はい。確かにこんなプリチーな女子は滅多にいませんけど」
「なっ、…まぁその下りは面倒だから無視するが、とりあえず一回電話しろ。本当に夜こっちに来る気ならな」
「………!!は、はい!承知しました!じゃあ勝負下着とネグリジェに、更にコロンもつけて来ま」
「だからそーいう問題じゃねぇ……って、おーい。駄目だこいつ。聞いちゃいねぇ」
はぁ、と諦めたように深い溜息をつく土方さんをそっちのけで、またもや危ない妄想に突入した私の脳みそと腰はヘニャヘニャとその場にて力尽きた。つ、遂にきた!夢にまで見た土方さんとの初夜が…!そんな完璧イッちゃってる私の目の前にタンタンと響く一つの足音。そのままピタリと音が鳴り止んだと同時にフッと二つの影が重なった。
「あ、あれ…何か今まさに絶好のチャンス到来?」
「気のせいだ。確かに肌ツルンツルンだな。卵みてぇ」
「やっぱここはさりげなく頬を寄せてスリスリする所から始めるのが妥当でしょうか」
「あぁそうだな、んじゃそうするか」
「…………えっ」
てっきりいつもみたいに全力のツッコミが飛んでくるかと思いきや、ゆるゆると私の両頬を撫でる土方さんの返しに一気にフリーズした。目の前にしゃがみ込む彼の綺麗な眼の奥には、馬鹿みたいに動揺して真っ赤な顔をした自分が写り込んでいる。その圧倒的な美しさにやられて思わず後ろに後ずさってみたが、「逃がすかよ」と言う胸キュン台詞と共に腰に腕を廻され一気に距離が縮まった。終いには右手首を掴む彼に徐々に恋人繋ぎなんかされちゃったりしてはいもうショート寸前。え、なんなのこの萌え展開。とりあえず一旦倒れていい?
「……ナマエ、お前男ってもんを何にも分かっちゃいねぇな」
そう言って上手く身体をカバーしながら優しく畳に押し倒し、私の首元に顔を埋めた土方さん。……あれ、まだ夜じゃないよね。辛うじて夕方だよね。え、てか何で私押し倒されてんの。話の流れ的にこれって私の片想い系じゃないの。倒れる所か倒されちゃってんだけど。
「ひ、土方さん…会議のし、資料作りは…?」
「あぁ、誰かさんのせいで行き詰ったから一旦休憩だ。脳を休ませるのも大事な仕事の一環だからな」
「で、でもまだ夕方ですよ…ちゃんと夜に参りますので安心してくだ」
「いいから黙ってろ。お前は大人しく俺に抱かれてりゃいい」
口封じと言わんばかりの激しいキスに不思議と涙が溢れた。どんな気紛れで相手してくれてるのかなんて分からない。…でももうこの際夢でも何でもいいや。煙草の入り混じった苦い香りと彼独特の心から安心する匂い。ゴチャゴチャしてる思考は一旦停止して、今はこの温もりにただ単純に甘えてみる事としよう。
だってようやく手の届きそうな場所に、彼の方から舞い降りてきてくれたのだから。
理想への願い
土方さーん、ちょいと失礼しやすぜィ…
ズドォォオン!
総悟ォォオ!てめっ待ちやがれェェエ!
ー決めた。夜は紐パン履いてこよう。
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