「万事屋緊急会議を開くぞ」
カチャ、とつい一秒まで口にしていた特大チョコパフェと手にしていたスプーンをテーブルに置き、深刻そうに重い瞼を見開いた我が万事屋社長、銀さんが口にした一言から全ては始まった。本日も安定した爆発クルクル天然パーマをくしゃくしゃと整えつつ真剣な表情でこちらを見つめるこの男の口周りには、シリアスな雰囲気には不釣り合いな生クリームがベッタリとついている。つられるように咳払いをし、少しだけ腰を上げ、綺麗に座り直して口にした第一声は、「まずその口についたでっかい生クリームをどうにかして下さい」だった。KYと言われようがなんだろうが僕の発言は絶対に間違ってない。可笑しいのはいつだってTPOに適応出来ない銀さんの方だからだ。
「これはアレだ、Fakeだ。口周りにクリームを付ける事によって大衆の目を惹きつけ、え?うっそヤダあれ。ちょー美味しそうなんですけどォォ的なイメージUP効果を狙って」
「なるかァァア!あとその横文字のイントネーション腹立つ!流行んねぇからんな喋り方!」
「まァまァ落ち着けヨぱっつぁん。チョコパフェと生クリームに罪はないアル!あ、イチゴパフェとバナナパフェ、あとそれからもう一回チョコパフェよろしくネ!」
「じゃねぇだろォォオ!!ちょっとー!あんたら一体何個パフェ食べるつもりですか!本題に入りましょうよ本題に!!」
「うるっせぇなー。ガミガミガミガミ叱りつけてくれちゃって。ほら、これ食え。糖分足りてねぇんだよお前は」
「いやあんたがここに僕達を呼び出したんでしょうが!緊急事態発生だって!」
「そう言えばそうだったアルな。銀ちゃんー、急にこんな所に呼び出してどうしたネ」
「あ、そうそう。忘れてたわ。そーだったそーだった。俺が呼び出したんだった」
そう言って、まるでこちら側が呼び出したかのような態度で面倒臭そうにボリボリと頭を掻いた銀さんは、「ちょっとこれを見てくれ」と真剣な面持ちでスッとある一枚の写真を机に置いた。
「なにアルかこれ。爪に何かいっぱいラクガキしてるアル」
「神楽ちゃん違う違う。これはネイルって言ってね?自分の爪に好きな模様を描いてお洒落を楽しむネイルアートの事だよ」
「はいっ!ここで君たち二人に注目して欲しい所はここね、ここ!」
ビシィ!という効果音が伝わってきそうな勢いで銀さんが指差したのは、その写真に写ってある女性の中指の爪だった。
「…これアレですね。なんかDETHって書いてありますね」
「しかも親指には何かやたらモッサリとした銀髪姿の男が書かれてるアル」
「あ、その隣の人差し指には弓矢みたいな絵が書かれてありますね」
「…………」
「…………」
「…………」
「………てかこれ、完璧に銀さんじゃね?」
「うん、これ完璧にどっからどー見ても銀ちゃんにしか見えないアル」
「バッカ、んな訳ねぇだろ。これはアレだ。銀色に着色された綿飴のアートだろ」
「いやこんな気持ち悪い綿飴なんてないでしょ」
「うん、こんな不味そうで濁った色の綿飴なんて見たことないネ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………いや、てかこれやっぱ銀さんじゃね?」
まるでお通夜のように静寂に包まれた長い長い沈黙が続いた。我ながら普段からかなり高いスペックで空気は読める方だと自負しているから分かる。要するにアレだ。この気まずい空気は僕が一番苦手とするパターンその1だ。うォォオ!誰かこの気まずすぎる空気をどうにかしてくれ!誰かってか残されたあとの二人!お前らの事だけどな!
「銀ちゃんー、その前にこれ誰の指ネ」
か、神楽ちゃんナイス!この空気をぶち壊してくれてありがとう!
「あー?知らね。何か朝起きたら枕元に置いてあったんだよ。これ見よがしに私綿飴です!みたいな感じでどっかりと座ってな」
「いや写真が座る訳ないでしょう。何ですか、その例え」
「銀ちゃん銀ちゃん、これ裏に何か文字が薄っすらと書いてあるネ」
「あぁ?」
ほら!そう言って手にしている写真を店内の蛍光灯にかざして目を細める神楽ちゃんから銀さんは前からやんわりと奪い取り、そして同じ動作をしたまま固まった。
「もう何なんですか二人とも。僕にも見せて下さいよ」
未だその場にてフリーズしてる銀さんを後目に2人同様蛍光灯に向かって写真をかざしてみる。そこに浮かんだ文字とは
「さようなら浮気者。今まで無駄な時間をどうもありがとう……ってこれ銀さん!まさかこの文章書いたのって」
「ナマエアル!!」
「……………………マジでか!」
反応遅!!という定番のツッコミを一通りし終えた所で、いらっしゃいませー!と店員が元気よく新規の客を迎え入れる声が響き渡った。ある意味その声に救われたかもしれない。腕を組み、顎に手を乗せたまま口周りにベッタリと付いた生クリームを拭いつつ、軽く放心状態の銀さんが目の前に存在しているからだ。
「………銀さん、どうするんですかこれ。ってかあんた一体何したんですか」
「どうせまたフラフラ飲み歩いてその辺のビッチ共に声掛けまくった結果に決まってるアル。振られて当然ネ」
「馬鹿言え。確かに俺は基本ただれた恋愛しかしてきてねぇがあいつと一緒になってからもそんな事したよ」
「したんかいィィイイ!!」
駄目だこいつ!馬鹿すぎる!
「決まりアルな。同じ女としてお前みたいなカスの隣には死んでもいたくねーヨ」
「ちょっ、ちょっと神楽ちゃん!幾ら万年金欠で天パでろくに給料も払えない最低最悪の人間だとしてもそれは言い過ぎなんじゃないかな」
「いやお前が一番酷いからね、それ全然フォローになってないからね」
「ナマエもようやく目が覚めたって事ネ!そんな隣にいるあなたを私は全力で応援します!」
「何新人政治家のキャッチコピーみたいな事言って…………ん?隣?」
「…………」
「…………」
「やほー」
どこから登場してきたのかいささか詳細不明のナマエさんが満面の笑で、ヒラヒラとこちらに対して手を振る姿が視界に映った。そして当然のようにフリーズする僕と銀さん。
「…………新八」
「なんですか銀さん…」
「…………」
「…………」
「「逃げるぞォォォォオオオ!!」」
「「させるかァァァァアアア!!」」
ダッシュで逃げようと踵を返した瞬間首根っこを掴まれ息が詰まった。「どこ行くんだてめぇらあん?」とゴゴゴと背後に黒いオーラを身に纏った神楽ちゃんとナマエさんの鬼のような表情にヒィ!と方が竦む。ってか何で僕まで!?何にもしてない!僕なんにもしてませんよ!!
「どわはははは!馬鹿め!一緒に逃げた時点でお前もこっち側の人間なんだよ!思い知ったか!」
「いや何で張本人のあんたがそっち側につくの!!ってかお前のせいだろ!」
「ごめんね新八君。こうなると多少の犠牲は仕方ないからさ」
「いや全く!?全く仕方なくないけど!?ってか何でナマエさんサラっと怖い事言ってんの!?今日は僕の命日ですか!?」
「観念して両手を突き上げるヨロシ。はいそこの天パも!」
「はっ!嫌なこった」
「銀さんんんん!お願いだから言う事聞いてェェェエエ!」
僕の叫びも虚しく、自分が悪い癖にちっとも悪びれない銀さんに向かってナマエさんがスッと中指を突き立てる。勿論その先端にはDETHと書かれた死の宣告。泣いていいですか?
「つーかナマエお前なんだよ。浮気しただのピーだのパーだのグチグチグチグチ。妄想もいい加減にしときなさいよ。銀さんオロオロするよ」
「オロオロするんかいィィィイイ!」
「それにアレだ。今回に限ってはお前の完全なる勘違いだ。確かに昨日も飲みに行きましたよ?だけどね、だからと言ってアバズレ共に声掛ける程俺も飢えてませんよ」
「嘘つき!だって昨日女物の香水の匂いがしたもん!」
「あーはいはい、だったらこれはいらねーんだな。んじゃババアにでもやるか」
「…………え?」
そう言って着物の袖から出てきたのは、綺麗にラッピングされた小包だ。不思議そうに首を傾げるナマエさんの左手を奪い取り、「開けてみろ」と銀さんは死んだ魚の眼をしたまま彼女を施す。
「………銀時、これ」
「ハッピーバースデーナマエ。これからも俺とこいつらのお守り宜しくな」
どうやら何とかこの場を持ち返したようだ。何故ならさっきまでキンタマ袋…じゃない、堪忍袋がはち切れそうだったナマエさんの眼尻に大量の涙が溜まっているから。手にはちょこんと女物の香水が握られていて、ホッと胸を撫で下ろした。なんだ、僕が心配する必要なんてなかったんじゃないか。この二人はちゃんとお互いがお互いを必要とし合ってる。銀さんにはナマエさん、ナマエさんには銀さん。そんな唯一無二の存在が。
「だからさよならなんて言うな。これからも変わらず俺の側に居て支えて欲しい」
「………あ、たしも。あたしもずっと銀時の側にいたい!そして銀時や神楽ちゃんを支えていきたい!」
「いやナマエさん、僕は?」
「決まりだな。よしじゃあお前ら!今日は夜な夜なナマエの誕生日会じゃァァアア!家にあるありとあらゆる食材を持ち寄り最高級の鍋するぞ!!」
「「イエッサー!!」」
「えまさかの無視ィイ!?」
「銀ちゃん!そうとなるとこんなしょぼい店なんてさっさとオサラバして万事屋に戻るアル!」
「だな!んじゃまァ出るか!つー訳でナマエここ頼むな。一次会はお前持ちって事で」
「ちょっと待たんかいわれ」
ガシィ!と勢いよく首根っこを掴まれた銀さん。まるでブラックホールのようだ。もがいてももがいても一向にその場所から微動だにさせない彼女の腕力とは一体どれ程のものなのだろうか。考えただけで恐ろしい。
「なんだこの大量のパフェ達の残骸は。軽く100皿いってんだろーが。これを払えと?」
「い、いいいいやァ〜ほらアレじゃん?銀さんお前の誕プレ買ったから金ないじゃん?だからほらその代償として」
「言いたいことはそれだけか」
「……………え?」
そこから先は早かった。少し離れた場所からわざわざ物凄い加速を付け、銀さんの顎にクリーンヒットさせたナマエさんの技はかなり美しかった。まるで昔流行ったストリートファイターの昇竜拳を再現されてる気分に陥った程だ。………なにはともあれ、
「もう勝手にやってください」
触らぬ神に祟りなし
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