ピンポーン…


「おーい、神楽ー…ババアのお出ましだーさっさと追い返したれー」

ピンポーン…

「おいおい…朝っぱらからどんだけ良い夢見てんだよ。…ったく、しゃーねぇなぁ。無視だ無視。こういう朝特有のテンションが低い時は無視に限る」

ピンポーン…ピンポピンポピンポーン…

「…………」

ピンポピンポピンポピンポー

「っだぁぁああー!もうっ!何っだよ!朝っぱらからうるせ」

「銀時ぃぃぃいいいいいい!!」

……出るんじゃなかった。冴え渡る清々しい筈の俺の朝は、ある一人の女の泣き叫び声で、最悪な幕開けとなった。





「で?こんな朝っぱらから何だよ。折角良い感じに、結野アナとアダルトな夢を見てたっつーのによ」

朝一早々、最悪な目覚めで起床した俺の目の前に正座するナマエは、あからさまに雑な態度で相槌を打つ俺の訴えには何一つ気付かぬまま、いつもの如く、悩み相談と言う名のただの愚痴話を吐き始めた。

「それがさ!聞いてよ銀時!昨日さぁ、珍しくトシの時間が空いて、久々のデートだったんだけどさぁ!」

「あー待て待て待て。その話長い?もしかして、無駄に前振りが長くて女子が主食とするガールズトークの下りってやつ?」

「やっぱあれじゃん?久々のデートだからこそ、身も心もスキンシップ計りたいじゃん?」

「あ、無視ですか」

「だからさぁ、いつも以上にデート中は可愛いらしく、トシに絡みまくってた訳よ」

「あーもう、絶対この流れ面倒臭いパターンじゃん」

「そしたらさぁ!その後トシ、何って言ったと思う!?」

「知るかーたまにはマヨネーズじゃなくて、お前の乳首をしゃぶりたい、とかだろどーせ」

「惜しい!正解は、『俺は常日頃市中回りで心身共に疲れてんだよ。外で色々気を回してる分、お前にまで気を回してやる気はねぇ』って言ったんだよあいつ!信じられる!?」

「うん、全く惜しくない。それ全く惜しくないからね、ナマエちゃん」

「ほんっっとあの男ムカつく!つーかありえない!久々に会った彼女に対して、普通そんな事言う!?酷すぎると思わない!?」

グシャ!と言う、何ともけたたましい音をたてて、どっから持ち出したのか不明の、俺がこよなく愛してやまない、イチゴ牛乳パックを握り潰したナマエの眉間の皺は、相当のもんだ。つーかそれ、どー考えても俺ん家のイチゴ牛乳だろうが。何お前当然のように冷蔵庫から引っ張り出してんの!?もう銀さん泣くよ!?泣いちゃうよ!?

「そっからいつもの如く、お互い売り言葉に買い言葉で凄まじい喧嘩になっちゃってさぁー。お前この前俺が大事に取っておいた新発売のマヨネーズ使っただろ、だの、あんたこそこの間私が通販で買った下着の匂い嗅ぐだけ嗅いて捨てただろ、だの、何か私途中から何に対して怒ってんのか分かんなくなってきてさぁー。結果、この前テレビで観た再放送ドラマの真似して、『あんたみたいな男、こっちから願い下げよっ!もう実家に帰らせて頂きますっ!』宣言して街中から飛び出してきちゃってさぁー。え?これまじ?もう引くに引けなくね?状態でこうして今万事屋に来たんだけどさぁー。やっぱなんだかんだあいつの事気になっちゃうわけよー。ねぇ、銀時ー。私どうしたらい」

「知るかボケ。つーか話長ぇわ。特にマヨネーズからの下りいらねぇんだよ。ふざけんなコノヤロー」

客間のソファーにて、正座したままのナマエに鋭いツッコミを入れた後、本当なら今頃まったりと起床してきて早々、口にしている筈だった俺のイチゴ牛乳を前から奪い取るようにヤツの手元から取り上げる。そんな怒り心頭の俺を無視して、「あぁ…!私のイチゴ牛乳…!」とかなんとかかんとか別れを惜しんでいるアホ女に唐手チョップをかましてやった。誰がてめーのイチゴ牛乳だ。こいつァ俺のだ、俺の。イチゴ牛乳に優しくしない子にはイチゴ牛乳に泣く!これ鉄則だからねっ!鉄則!

「にしても、ほんっと朝っぱらから面倒臭ぇなぁ。んなのとっとと今からあいつに謝りに行って、ご機嫌取りすりゃいいだけのはな」

「いやっ、それは違うネナマエ!!ここで引けば女がすたるネ!女はいつだって愛を求め続けるさすらいのハンターヨ!」

バターン!!と、少女漫画ヒーロー登場シーンかのように押入れから登場したのは、寝癖が偉く酷い、頭爆発気味の神楽だった。

「うるせぇぇぇええええ!!つーかお前いつから起きてた!?んでもって何時から話聞いてた!?子供にこの話はまだ早ぇ!ガキは酢昆布でもしゃぶってお寝んねしてろ!!」

「あ、おはよー神楽ちゃん!ごめんねー起こしちゃったー?」

「全然いいネ!実はナマエの連続連打ピンポンの段階で起きてたけど面倒臭くて寝ているフリしてただけアル!そういうダルい事は銀ちゃんかぱっつぁんが担当ヨ!」

「神楽ちゃん!いつからそんな冷徹な娘になったの!?銀さんはそんな子に育てた覚えはありませんっ!」

「銀ちゃーん、とりあえずイチゴ牛乳持ってこいヨー。私昨日大盛り特大ラーメンを食べまくる夢見たせいか、喉がからからネー」

「銀時ぃー、出してやりなー。いたいけな少女のおねだりを無視する気ー?」

「知るかっ!!これ以上てめぇらバカ二人にやるイチゴ牛乳なんざねぇんだよ!!」

未だかつてない程寝起き最悪な俺に向かって、まるで畳み掛けるみてぇにあれやこれやとこき使おうとするナマエと神楽に、これでもか!いや、これでもか!レベルの大声で話を遮る。特にナマエお前!なに神楽に対して普通に朝の挨拶しちゃってんの!?空気読めよ!

「はーもーちっさぁー。これだから男って嫌よ。男のプライドが何とかかんとか言って、協調性ってもんがないんだからさぁー。抱くだけ抱いて後はポイっ!なんて最低ー」

「ほんとアル。銀ちゃんー、そんなだから一向に女が出来ないネ。ちょっとはレディーファーストを学べヨー」

「もうほんっっと黙ってお前ら!話ズレてる、つーかもはや乱れまくってるから!!」

あっちこっちと話の腰を折るどころか、ますますヒートアップしていく馬鹿2人の話にツッコミ入れまくったら、ヤツから奪い返した筈の俺のイチゴ牛乳がグシャリ!という、派手な音をたてて今度こそ本当に他界した。は?なにこれ。何でこんな事になってんの?つーか俺普段ツッコミ担当じゃねぇし。なにこの損な立ち回り。もう本当いい加減にして。

「銀さーん、神楽ちゃーん、起きてますかー?今日は一ヶ月ぶりの仕事の日ですよー。さっさと顔洗って準備してくださーい」

来た、救世主!新八ぃー、もう俺ギブ。リタイア。朝っぱらからこの馬鹿2人の相手なんざやってらんねぇもん。ここは一つ、常日頃からツッコミ担当のお前に任、

「なにぃぃいいっ!?それマジないっすわぁああ!!神楽ちゃんみたいなガサツな子に言うならまだしも、ナマエさんみたいに純粋で可憐な人にんな訳分からん小言吐くとは何事だぁああぁあ!」

「おい新八、もっかい言ってみろ。次同じ事言ったらお前のキンタマもいで、ここから一番近い川に投げ捨ててやるネ」

って、おィィイ!!ちげぇ!そこじゃねぇ!そこじゃねぇよツッコむ所!つーか新八、お前あいつの見てくれに騙されてんじゃねぇよ!世の中の可憐な子は、人様の冷蔵庫勝手に開けてイチゴ牛乳勝手に盗まないから!それやっていいの、コソ泥のサンタのおじさんだけだから!

「やっぱり!?だよね!?だよね!?酷いよね!?トシの奴!」

「えぇ、それはとんでもない男ですよ!自分の愛する恋人に対して、よくもまぁそんな酷い事が言えたもんです!ナマエさんには勿体無いですよ!」

「ほんとネ!ナマエ、今からでも遅くないヨ!あんなマヨラーなんかとっとと捨てて、次は長嶋茂雄みたいに器がデッカい男と付き合うアル!」

「なる!長嶋茂雄!それ良いね!!んじゃそうし」

「はいはいはーい、お嬢さん方ストップストップー。んなくだらねぇ作戦立ててる暇があるんなら、直ちに銀さんのイチゴ牛乳でも買いに御使いにでも行ってきなさい。はい、行った行ったー」

パンパン!と両手を叩いて、この暴走気味の3馬鹿に向かって画期的な命令を下してやれば、「えー!何でネー銀ちゃーん!今からが一番盛り上がる所なのにィー」と、口を尖らせた神楽と、それに同意する新八2人の背中を背後から強く押して強制退場させてやった。

「うるせー、はい!とっとと行くー。後でちゃんとおつりは返せよー。それ無いと、銀さん今日パチンコ出来ないから」

「もー、相変わらず人使い荒いんだからー。さっ、じゃあ行こっ!神楽ちゃん、新八く」

「てめぇーは留守番だアホ。元凶をノコノコ逃がすかよ」

「はっ!?なに!?なんでっ!?何この死亡フラグ!」

「ナマエー、達者でなァー!戻ってきたら一緒にごはんですよ!食べるネー!」

「ナマエさん、頑張ってください!作戦会議はまた後でー!」

「ちょっと待ってぇぇぇええええ!!こんなS野郎と2人っきりになんてしないでぇぇぇえええ!」

そう言って床に手をつき、あいつらに助けを求めるナマエの首根っこを掴んだまま、ズルズル客間へと引き返す。「いやぁぁあああ!離せー糖尿病野郎ー!」などと暴れまくるこいつに対して、声を大にして言ってやりたい。俺はまだ辛うじて糖尿病ではない。これでもギリギリ首は繋がってんだよ!そして神楽!ごはんですよ!じゃなくて銀さんのイチゴ牛乳を買ってこいって言ってんだろうが!どんだけ自己中なんだよお前は!

「ほら、とりあえず一旦落ち着け。どーせいつもの如く、ただのお前とマヨラーの痴話喧嘩だろ。大体ナマエ、お前なァ。毎っ回毎っ回あいつと喧嘩する度に、俺に助け求めてくるのはやめ」

「…………じゃん」

「あ?」

「…………じゃんか。」

「あー?もしもしー?何だってー?そんな虫ケラみたいな声量じゃ、何言ってるか全然聞こえないよー?ナマエちゃんー」

「だから!仕方ないじゃん…!トシとは普段滅多に逢えないんだから!あいつは仕事と恋愛を器用に両立出来るタイプじゃないの!そういう不器用な奴なの!分かってんのよ本当は!」

「……………」

「分かってるけど止まんないの!たまにしか逢えないからこそ、久々のデートの時はちょっとでもイチャイチャしたいのよ!女ってものは、そういうデリケートな生き物なの!」

「…ちゃんと分かってんじゃねぇか。んじゃそれを素直にあいつにそう伝えればいいだろ」

「無理!だって…トシの重荷には死んでもなりたくないもん…」

そう言って床に疼くまったナマエは、頬を赤く染めつつも、小さく弱々しい声でポツリと言葉を繋いだ。

…ったく、こいつは中2病か。既にあいつの女になって軽く3年は経つっつーのに、まだそんな小言なんざ吐いてんのかよ。そりゃマヨラーも手を焼く訳だ。

「んな事言ったって、そんな状態じゃあ現状何も変わんねぇだろ。…ほら、とりあえず立て。んでもって洗面所にでも行って今の自分の顔でも眺めてこい。ひっでぇ面だぞお前」

「…私、銀時みたいな男と付き合えば良かった」

「あ?」

「銀時みたいな男と付き合ってれば、きっとこんな回りくどい想いなんてしなくて済んだのに…」

「……………」

その瞬間。ナマエのか細い言葉を皮切りに過った台詞。


『なら、俺にしとけ』


多分そう言えば、奪う、とはならなくとも情にほだされやすいコイツの事だ。少なくとも、多少は気持ちが揺れる。


『銀時聞いて聞いて聞いてー!!思いきってトシに告白したら、まままさかのOK貰っちゃった…!!』


…だが、今それを伝えた所でどうなる。せいぜいコイツの気持ちを振り回して困らせて終わりだ。あいにく俺は一昔前に流行った草食系男子なもんでね。惚れた女を力尽くで奪い取るなんざ、はなから向いてねぇんだよ。

「……何、お前。今更銀さんの魅力に気付いたの。んな事言ったってもう遅ぇよ?逃がした魚はデカい、って奴だ」

「あはは…確かに。そうかもね。ごめんね、銀時。毎回毎回トシと喧嘩する度に、こうして頼ってばっかりで。強くならなきゃね、私」

「おう、そうだそうだ。それでこそ俺の大好きなナマエちゃんよォ。たかが一度二度マヨラーとぶつかったからって弱腰になってんじゃねぇよ」

「えへへ、そうだね…うん。私、もっともっと強くなる」

「おー、その調子調子。…でもまぁ、」

「ん?」

それまでずっと床に俯いたままのナマエの顎を持ち上げて、目尻一杯に溜まってる涙を両手で優しく拭ってやる。そのまま流れるように後頭部へと片手を滑らせて頭を撫でてやれば、不思議そうに横に首を傾げるナマエと、視線が交わった。


「……辛くなったら、いつでもここに来い。お前のその似合わねぇ涙、またこうして俺が拭ってやるからよ」


自分でも引くぐらいの下手な作り笑いをして、下から覗き込むようにナマエに言葉を投げ掛けてやれば、「うん、ありがとう…!やっぱり銀時は、私の一番の男友達だね!」と、無邪気に笑うナマエの笑顔が、やたら胸の奥に突き刺さった。


………一番の男友達、ねぇ。

まぁ、そのポジションで充分だわ。出会いはマヨラーより遥か前だったつーのに、結局最後まで自分の気持ちを伝えられなかった俺自身への戒めと罰とは、多分こういう状態を指すんだろう。

敵対してる男の女だろうが何だろうが、どんな形でもお前の傍にいられるんなら、

俺はただそれだけで、宇宙一の幸せもんだ。

痴情のもつれ

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