「おーい、姉ちゃん。そこのすんげぇ高そうで、一度手出したら二度とシャバには戻ってこれなさそうな、借金地獄行き確定の高級指輪の隣に置いてあるもん、ちょっと見せてくれや」

「…………は?」

「いや、そんな貧乏臭ぇ指輪後にして、その隣の隣にある、まさに俺みたいな役人しか手がだせねぇ、富裕層御用達の指輪を先に頼む」

「…………え?」

「おいこらてめっ!なーに横から現れて早々、意味分かんない事言ってくれちゃってんの!?馬鹿か!?馬鹿なのか、おめーは!」

「あぁ!?てめーこそ、んな所で何やってんだコノヤロ!さっきから俺の行く所行く所付いてきてんじゃねぇぞコラ!目障りなんだよ、さっさと失せろ!」

「あ、あのー…」

「上等だコラ!その腰に巻き付いた腐れ刀持って表出ろやマヨラー」

「はっ…望む所だ。てめーこそ、その薄汚ねぇまがい物の木刀持って表出ろや。今日と言う今日はそのセンスの欠片もねぇクルクル頭かち割ってやらァ!」

「い、いやあのー…お客様…ほ、他のお客様のご迷惑になりますので」

「「うるせぇ!!ちょっと黙ってろ!!」」

ピキっ!その瞬間。私の脳内で、確かに血管のぶち切れる音が聞こえた。

「まずはてめぇぇえらが黙れぇええ!!他の客の迷惑になるって言ってんだろうがぁぁぁああ!!」

ボカ!!バキ!!と言う効果音がよくお似合いの鉄拳を、とりあえずこの馬鹿2人に向かってかましておいた。

つーかその前に、あんた等、誰。




「はい、これにサインして。あぁ、あと勿論、住所と拇印も忘れずにね」

「あ、はい」

「そっちのヘビースモーカーも。さっさとサインしてくれる?こっちも暇じゃないんでね」

「あ、はい」

「ったく。クリスマス前でただでさえ客が多いっていうのに、何で私がこんなこと…」

「あ、ちょっとすいませんお姉さん」

「は?なに?」

「これ、何の契約書ですかねぇ?」

「…………」


銀髪と言うか、白髪と言うか、もはやあんたの髪色何色?的な死んだ魚のような眼つきをした粋な兄ちゃんが、そうポリポリと頭を掻きながら疑問符を私に突きつける。仲良く隣に腰を降ろした、終始瞳孔が開き気味の黒髪兄ちゃんも、うんうん、と首を縦に振りつつも、腕を組んだまま相槌なんぞ打っていて、ただでさえ殺気だっていると言うのに、その呑気な発言に更にイライラ感は増した。

何の契約書だって?今何の契約書か、あんた達私にそう聞いた?

……そんなの、

「決まってんでしょ!もう今後一切うちの店には出入りしない!その契約書に決まってんだろぉぉおがぁぁああ!!」

「「えぇぇぇええええっ!?」」

目ん玉が飛び出るくらいの、これまた仲良く仰天した馬鹿共に喝!と言う名の制裁を下してやれば、両肩を竦めて手を天井に突き上げる2人が視界に映り込んできた。つーか何なのよ。その、「そんなの聞いてねぇぇえぞ!」的なリアクションは。初耳だろうが何だろうが、こっちとしてはそんな事知ったこっちゃない!あんた達みたいな迷惑な客、商売してる側とすれば不審者以外の何者でもないのよ!って、私ただの雇われバイトだけどね!ここ最近不景気で、まったく時給上がんないからもう辞めようかと思ってる所だけどね!

「ちょ、ちょ、ちょーっと待った姉ちゃん!それめっちゃくちゃ困る!俺ァどうしてもここの店の指輪じゃねぇと駄目なんだよ」

「右に同じく、激しく同意。まぁーこいつの事なんざ知ったこっちゃねぇが、少なくとも俺は困る。今回の所は見逃してやってくんねぇか」

「理由は」

「「は?」」

「だからりーゆーう、理由!どうしてもこのお店じゃないと駄目な理由は?こっちは迷惑掛けられたんだから、そのくらい聞く権利はあるでしょ」

「「理由…」」

明後日の方向で、左右逆方向に視線を逸らしたこの馬鹿2人は、またもや声を揃えて「理由ねぇ…」などとブツブツ呟いている。あぁもう!ほんっとイライラするなぁ!こっちはこのクソ忙しい中、かなりの時間を拘束させられてんだから、そのくらいのオプションがあっても良いでしょうよ!お前ら2人して究極のKYか!

「教えてやっても良いけど、その変わり絶対笑わない?ねぇ、絶対?」

「はぁ…?」

「俺も教えてやらねぇ事もねぇが、絶対笑わねぇってんなら理由を話してやっても良いぜ」

「はぁあ…?」

何で2人して無駄に上目線!?そんな感じならもういいわ!と、告げれば、「仕方ねぇ。そんっなに聞きたいんなら教えてやるよ」と、銀髪頭がダルそうに口を開いた。何だよ、結局教えたいんじゃん。なんなのあんたら。ほんっと面倒くさ。

「実は俺の惚れてる女がつい最近、この店のショーウィンドウをずっと眺めててよぉ。それって要するに、この店もとい、ここのジュエリーが好きって事じゃん?つー事はなに?つまりはこの店のジュエリーを男からプレゼントされたいって事じゃん?だから出入り禁止になったら困るっつー訳よ。どーしてもこの店の物じゃねぇと駄目みたいだから」

「あぁ?お前もか。奇遇だな、俺もつい最近それと似たような出来事があって、忙しい合間を縫ってまでも今日来店したんだが」

「え!何お前も!?なぁーになぁーに?鬼の副長ともあろうお方が、女一人落とすのにそんな小細工しなきゃ駄目なわけ?ぷぷっ、ご愁傷様です!」

「うるせっ!物事には順序ってもんがあんだよ!…つーか、そりゃお前もだろうがっ!何自分は違いますぅー的なオーラで涼しげな顔してんだよ!ふっざけんなよてめぇ!」

まるで小学生が先生に告げ口をするような喋り口調で、またもややんややんやと言い争いを再開させた馬鹿共達。そんなやたら青臭い奴等を遠巻きに眺めつつも、思わずはぁ、と大きな溜息が漏れた。ったく、こいつら全然分かってない。可憐な女心って奴を。

「あのさぁー、ハッキリ言わせてもらうけど、彼氏でも何でもない奴等にいきなり指輪とかプレゼントされても、その女の子からしたらただ重いだけだと思うんだけど」

「「……え?」」

「いや、え、じゃなくて。だってそうでしょ?何でそんな告られてもない男から指輪なんて貰わなきゃいけないのよ。そんなのキモすぎるわ」

「「キ、キモい…」」

「うん。あとさぁ、あんた等惚れてる子の事ちゃんとリサーチしたわけ?」

「「リサーチ…とは?」」

「決まってんでしょ。その女の子に彼氏がいるかどうか、基本中の基本、最重要ポイントの事よ」

「「…………」」

コホン、と小さくヘビースモーカーが咳払いをすれば、その隣の銀髪頭も一つ、コホン、とわざとらしく咳払いをする。そして暫しの間。秒数で表すと約5、6秒って所だろうか。そんな無駄でしかないこの時間に当然の如くイラっとした私は、「おい、馬鹿二人共」と、女にしてはかなりの低音で声を掛け、バン!と派手に机を叩いた。

「い、いいいないんじゃないかなぁ〜…ね、ねぇ?土方君」

「お、おおおう…確か前にいねぇって言ってた気がするわ。ね、ねぇ?坂田君」

「……ってかさ。そもそもあんた達、その子とちゃんとした知り合いなわけ?」

「「!!!」」

あぁ、こりゃまさに図星!って顔だな。こんな猿でも分かる簡単な答えさえ頭に浮かんでこないなんて…馬鹿ってほんとに可哀想。

「あのねぇ…指輪だのなんだの言う前に、まず始めにちゃんとした知り合いになってから、その子の好きな物とかリサーチしてきなさいよ。じゃなきゃ相手を困らすだけでしょ?」

「な、なるほど…」

「あと、もしその子に彼氏がいたとしても諦めるのはまだ早い。ある程度距離が縮まって度々会える機会を狙い、暫くはその子の相談役を買ってでる事。そうすれば、いざチャンスが来た時に瞬時に行動に移せる!」

「べ、勉強になります…!」

「よぉし、そうと決まればやる事は決まったわね!さぁ、一刻も早くその子の元に行け!そしてもう二度とこの店には戻って来るな!」

大きな掛け声と共に勢いよくその場を立ち上がり、にんまりと口の端を上げたまま、ヒラヒラと両手を振る私の姿が窓越しにハッキリと映る。一見とても親切なアドバイスを送っているようにも見えるが、本命は最後のコメントが大前提だ。そしてあえて今もう一度言おう。頼むから二度とこの店に戻ってこないで。迷惑極まりないから。


「そうだな。んじゃここは姉ちゃんの意見を素直に聞き入れてやるとするか」

「まぁ、確かに言われてみりゃ俺ら何の準備もせずにこの店に来た訳だしな。今日の所は指輪については諦めてやっても良い」

「うんうん、分かってくれた!?んじゃまぁーお二人さん、もう二度と会う事はないだろうけどお元気で」

「「彼氏、いる?」」

「……………は?」


ようやく馬鹿二人とオサラバ出来ると読んだ瞬間、右手と左手にガッシリと力強い感触。そして同時にくっ付いてきた意味不明の疑問文達が、この場にて暇を弄ばせている。

って、そんな事より………え、今なんて?

「…あぁ?なんっでてめぇが俺の惚れた女の手握ってやがる。離せ!即刻離せ、腐れマヨラー!」

「あぁ?てめぇこそ何ガッチリ自分の薄汚ぇ手をこの女の指に絡ませてやがんだ。汚れるだろうが、離せこのクソ天パ!」

またもやまたもや醜い争いをおっぱじ始めた二人を遮るように、ゴッホ!オッホ!ゲェッホ!と今度は自分が強く咳払いをして、二人の喧嘩を一時中断させてこちらに注目させてみる。するとピタっ!と動きが止まった二人の視線がやたら胸に付き刺さって痛い…あぁ、モテる女って常にこんな気持ちなのかしら。

「あ、あのぉー…ものすっっごーく嫌な予感がするんですけどー…、もしかして…もしかするとあんた等が好きな女ってまさか…わ、私!?なーんて…」

「「あん?何を今更。」」

「ま、まじでぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!?」


『まじでー…!まじでー…!』という山びこのような断末魔が、静かな部屋一面に広がっていく。なーにが『今更』だ。知るかっ!そんなもん!ってかいいって!そういうベタな展開!別にそんなスリル満点の非日常なんて私全く望んでないし!!

「まぁ、俺今日から本気であんたを狙っていくんで。一つ宜しく」

「はっ…これだから元攘夷浪士はセンスの欠片もねぇ言葉だな。俺なんか今この瞬間から狙っていくんで。以後宜しく」

「くわぁぁあああっ!!はいっ!銀さんキレたー今本格的にブッチンってキレましたー!やっっぱさっさと刀持って表出ろや、万年マヨネーズオタクさんよぉ!」

「マヨネーズ馬鹿にすんっじゃねぇぞコラ!上等だ!終いには公務執行妨害でてめぇを逮捕してやろうか、あぁっ!?」

いやいやいや、別に大して変わんないから。とか、さっきまでの私なら確実にツッコミを入れていたであろう。だがしかし10分前の私と、今の私との状況下ではあまりにも違いがありすぎる。ここは一つタッチの南ちゃんならぬ、ちやほやされまくるポジションを大いにフル活用して高みの見物とさせて頂こう。


「「やっぱてめぇだけは腹立つ!!」」


ぎゃあぎゃあと、部屋の真ん中を陣取って取っ組み合いをしている柄の悪い男2人を見つめながら、思わずふっと笑みがこぼれる。何だかよく分かんないけど、突然やってきたモテ期を楽しむ為にも、とりあえずの所はお試し期間とさせてもらおうじゃないか。


…って。あんた等2人の名前、私まだ知らないんだけど。

ムードもへったくれもない

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