「ど、これ」

「前のが良いでさァ」

「マジでか。どの辺が?」

そんなコントみたいなやりとりから始まる総悟との会話は、はたからみればただの何てことはない、至って普通の会話だ。だけどきっと彼は気付いている。昨日までロングヘアーだった私の髪型が、打って変わって180度違ったショートヘアーに変貌した理由を。

「やっぱ夏はガリゴリ君に限るでさァ。なんて言ってもこのシャリシャリ感がたまんねぇ」

「あー、やっぱ失敗かー。自分でも昨日ちょっと美容師に切りすぎなんじゃないの?ってアドバイスしてみたんだけどさぁ。まぁ見事に無視されるよね」

「仕方ねぇ、もう一個買ってくっか」

「ちっ…やっぱワックスとVO5の力だけじゃ駄目か」

「すいやせーん、この店にあるありったけのガリゴリ君全部くだせェー。お代は全部土方コノヤローのツケでお願いしますわー」

いつもの如く全くと言って良い程噛合っていない私達。だけどこのスタイルが一番居心地が良い。ミーンミーンと夏特有の蝉の鳴き声がそこら中に広がれば、このうだるような暑さに涼しさを求め、アイスキャンデーをひたすら頬張る総悟の眉間には深く刻み込まれた皺が寄っている。

「あちぃ、こんな所にずっと居たんじゃあ丸焦げになっちまわァ」と、ぶつぶつ文句を言い放つ総悟に向かってもう一度ニューヘアーの感想を聞いてみれば、あー、いんじゃねぇの。と、何とも適当な返事を頂いた。うん、お前何にも人の話聞いてないな。今直ぐにラリアットを決めてぶっとばしてやろうかこの野郎。

「お前も食え。今日は特別に許可出してやらァ。そして共にこのガリゴリ君の美味さについて討論し合おうじゃねぇかィ」

「ふっ…馬鹿め。幼い頃からガリゴリ君にこの身を捧げてはや10数年、この品評会会長ミョウジに勝てるとお思いか!」

貸せ!と、悪人顔負けの捨て台詞と共に勢い良く総悟からガリゴリ君を奪い取り、ビリビリと男らしく包み紙を歯で食い千切った私は恐らく誰よりも逞しい。「うめぇ!」と歓喜の雄叫びを喚けば、「うるせぇ、んな事百も承知でさァ」とハリセンチョップをかました総悟の横顔を盗み見ると未だ険しい表情のままだった。どんだけ暑さに弱いんだ、アイスかお前は。

「まっ、いっかー。このご時世、ちょっとくらい髪切りすぎてもウィッグやら何やら色々あるし余裕だよね」

「あー、確かに。お前アレとかいんじゃねぇの。アゴ美みたいなヘルメットのやつ」

「髭生やせってか」

そんなくだらない総悟とのやりとりを交わしている間に、溶け始めたアイスが指へと伝わってきて再び手元のガリゴリ君へと意識を集中させた。シャリっと口の中に広がるソーダ味のそれは、この炎天下の真昼間にはうってつけの神味で、だらしなく緩みきった自分の頬は恐らく近藤さんみたいに腑抜けた顔をしているだろう。そんな私を見かねた呆れ気味の総悟に「ここ、ついてんぞィ」と軽く注意されつつも口の周りを雑に拭られる。と同時に不覚にもちょっとドキっとしてしまった自分を殴ってやりたい。どうやら今の私は自分で思っているよりも遥か深く傷心しきっている模様。これあれだわ。いわゆる緊急事態発生ってやつだわ。

「まァ、あんな下衆野郎なんざとっとと別れて正解でィ。お前みたいなメス豚にはてんでSっ気が足りねぇや」

「いやいや、別に相手にSっ気なんて求めてないからね。たまたま毎回オラオラ系を好きになるだけで」

「あーあっちいー。頼むから土方死ねよー全力で溶けろー溶けてしまえー」

「無視かよ!」

大江戸マートの駐車場にて、ぎゃあぎゃあとじゃれ合う私達の姿はきっととんでもないバカップルに見られている事だろう。そしてその彼氏役の総悟の目元には、変な絵柄のついたあの定番のアイマスクが装着され始めている。というかたった今完全に装着完了したようだ。やる事はやっ。なんだよ、面倒臭いから私の話はもうシャットアウトってか。

「…もう一本貰いますよーっと」

沈黙を掻き消すように最後の一口をパクっと完食し終えて直ぐに、ガサゴソとビニール袋の中を探ってみるけなげな私。うん、見事にガリゴリ君オンリーだ。ってか、この男はこんなに無駄に買い込んで後々どうするつもりなんだろうか。屯所に持って帰るにしても大半は溶けてしまうだろうに。やっぱり馬鹿の考えることは理解し難い。

「…ねぇ総悟ー、私ちゃんと次も良い男見つかるかなぁ」

「あー?」

「このままずっと生涯一人きりだったらどうしよ。んであれだよ、最後ニュースで80歳の老人女性、自宅にて孤独死発見!とかニュースで読まれるパターンのやつ。あれだけはまじで嫌だなー」

「安心しろィ。孤独死どころか完全犯罪でお前の最後を俺が飾ってやりまさァ」

「すいません、一つも安心するフレーズがないんですけど」

今度は慎重にガリゴリ君の袋を開け、更には本日2回目と言う事もあり、さっきよりかは丁寧にアイスに噛り付いた私の効果音と総悟のニヒルな笑い声が辺り一面に広がる。何のポリシーでその変なアイマスクを選んだのかいささか詳細不明ではあるが、何故かこの程よい空気感にピッタリで、私の淀んだ心の中は不思議と風通しが良くなったような気がした。

「俺は好きですぜィ、ショートカット」

「え?」

「ロングの女は男受けを狙ってるって相場が決まってるらしいし?」

「マジでか!え、何それ何情報?」

「万事屋の旦那情報」

「あーなら間違いない。銀ちゃんが言う事は大体当たってるもん。毎回何の根拠もないけど」

うんうん、と深く頷きつつもシャリシャリと再びガリゴリ君に噛り付けば、突如頭の奥底にて冷たい食べ物特有のキーンという嫌な音が鳴り響いた。やっぱ立て続けにアイス2個はきつかったか。でもなーこれまじで美味いからなー。そんな馬鹿な事を考えているうちに、隣でダルそうに足を伸ばしていた総悟の目元からアイマスクが離れて、互いの視線と視線が重なり合う。

「だからもう伸ばすのやめなせエ」

「え。なにが?」

「髪。ずっと俺好みのショートでいれば」

「………なんで?」

外は見事なまでの晴天。どこまでも続く青い空。沢山の人達が行き交う江戸の町、歌舞伎町。規則正しく夏限定で自分の主張をする蝉の鳴き声に、何のムードの欠片もない平凡な大江戸マート駐車場前。

「……答えは涼しい所で教えてやらァ」

そんないつもと変わらないこの町の片隅に、何かが変わる未来を感じ取った二つの影がここに。さて、問題です。果たしてこの二人、この後どうなったでしょうか?


境界線

幸せなんて、案外すぐ側に転がっているもんだ。

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