※ヒロイントリップ中 魔女設定




「ちっす」

「おう、誰でィお前」

出会って1秒後に交わした挨拶は見事に崩れ去った。まぁそりゃそうか、だって私もあんたの事知らないし。とりあえずイケメン最高。そしてここ何処。

「どーやら異世界からトリップしてきたっぽいんだよね。あんたその服装からしてもしかして警察?だったらどーにかして私を元の世界に戻してくんない?」

「いや、これはただのコスプレなんで無理でィ。せいぜい一人で頑張んな」

「まじでか。の割にはクオリティたっけーなおい」

「これはわざわざパリから取り寄せた特注品でさァ。俺みたいな大富豪しか手に入らねぇ品物でィ」

「そうか、じゃあ話は早いな。その圧倒的な経済力を駆使して私を元の世界に戻すってどーよ」

「却下。セレブにそんな時間はねぇ。せいぜい泥に塗れたブタのように地面に這いつくばって帰る事でさァ」

じゃあ、そう言って気怠そうに後頭部に腕を廻してスタスタと去って行くその後ろ姿に「この薄情者―――!!」と大声で叫んでおいた。それでも振り返らないあの茶髪のイケメン野郎にイラっと来たが今はぶっちゃけそんな文句を言ってる場合じゃない。今度こそ本物の警察に会いに行かなければ。

と、考え直したのが一時間前。

「よう、異世界には帰れたか」

そしてこの男に再会したのは一時間後の今である。おい、誰がコスプレ好きの大富豪だよ。この大嘘つきのドS野郎。ふざけんなよっていう。





「で?あんたの名前は」

引き続き怠そうに欠伸をしつつ目の前の大嘘つきドS野郎(以下、ポリ公と呼ぶ事とする)は何やら調書らしきものを手に取り、私に質問を問いかけた。

「ミョウジナマエ。生まれは魔界。ピチピチの魔法使い1年生です」

「は?魔法使い?お前そんなナリして魔女なの?」

「はい、そーっすね。いわゆる美魔女ってやつです」

「いや上手くねーから。じゃあちょっと一人嫌いな奴いるからそいつ殺してこいよ」

「あ、それは無理っすね。まだ自分新米なんで人を殺したり呪ったり出来るのは5年以上キャリア積まないと無理なんすよ」

「ちっ、なんだ。ただのブタか。つーか魔法使えんならその魔力で元いた場所に帰りゃいいじゃねぇか。何やってんでィ、ブタ」

「だからそれが出来ないからここに来てんでしょうがァァァァア!つーかブタブタうっせぇよ!」

何こいつ!イケメンじゃなかったら100%ドロップキックするんだけど!

「まぁ一日中歩き回って疲れただろィ。これでも飲んで落ち着きな」

「わぁーありがとうございます…ってこれ泥水!?飲めるかっ!」

スコーン!とポリ公目掛けて紙コップを投げつけたのに、奴は真顔でその攻撃を優雅に交わした。ちくしょう。ナマエは40のダメージを喰らった。

「で?お前これからどーするんでィ」

「どーするって…だからあんたらポリ公がどーにかして下さいよ。困ってんですよ、一市民は」

「誰がだよ。不法侵入ブタのくせに」

「いやだから誰がブタだよ。しつけーぞ」

てかこの男、本当に警察?何か終始覇気ないし、目だって大概ヤル気ないそれだし、今だってひたすら怠そうに爪やすりしてるし。てか爪やすりってなんだよ!女か!仕事しろ!

「そもそもお前どーやってこの世界に来たわけ。まずはそれが分かんねぇと手の施しようがねぇだろィ」

「いやーそれがよく分かんないんですよねー。何か授業中に居眠りしてて目が覚めたらここに居た!って感じでいまいち記憶が曖昧なんですよ」

「へー、なに。お前学生なの」

「いや興味持ってほしいとこそこじゃないんですけど」

全くと言っていい程このポリ公と気が合わない。ついでに会話も噛み合わない。まじどーすんのコレ。どーやって元の世界に帰るの自分。

「あのー、とりあえず提案…ってかお願いがあるんですけどぉ」

「あん?」

「………………家、今日泊まらせてくれません?あとついでにご飯も下さい」

「……………」




はい、てなわけで。あれよあれよと急展開でお送りします。結局あれから粘りに粘ってどーにか寝床を確保した私は、今現在このポリ公が拠点としているらしい屯所って所にいるわけで。つーか何ここ!むさ苦しっ!この沸々と湧き出てるTHE男臭はなんだ。

「ここは俺達真選組が拠点とする、まぁ秘密基地みたいなもんでさァ。通常だったら女は出入り禁止だが、まァお前はブタだから良いだろう」

「ブタネタしつこいっすね…もう慣れたからスルーするけど」

「丁度今食事担当がお偉いさんの護衛についてて不在なんでさァ。お前魔法使えんだろィ。だからサクサクーっと俺達隊士の飯をその魔力で何とかしてくれ」

「あ、そうそうポリ公さん。それで思い出しました。大事な事言うの忘れてましたけど、私どーやらこの世界で魔法使えないみたいなんですよね。だからサクサクーっと準備するのは無理っす」

「まじでか。じゃあさっさと帰って」

「ちょっとォォォォォオオオオ!いくら何でもそれはないんじゃないのー!?こんないたいけな少女を孤独死させる気!?」

「大丈夫さ、お前はブタだ。いざとなったらその丸々肥えた自分の肉を剥ぎ取って生き延びればいいさ。キリっ。」

「いやキリっ、じゃねぇよ!そんな効果音つけて格好つける場面ですかここ!てかまじで追い出すのだけは勘弁して!」

ぎゃあぎゃあと言い争いしてるのが悪目立ちしたのか、「なんだー総悟。さっきから騒がしいな。Gでも出たかー?」と背後の襖からゾロゾロとおっさん共が登場した。え、てか誰あんたら。

「ぎゃっ!何この可愛い子さん!総悟!お前の女か!?ついに男になっちゃったの!?ちょっとトシィィィイ!大変!総悟が童貞卒業したみたィィイ!」

「あー?あの万年ドS野郎がみすみす童貞なんざ捨てるかよ。捨てるんならもっと調教しようがある雌ブタみたいな女に決まって………って、あんた誰」

「………あ、どーも初めまして。私こういうものです。以後お見知り置きを」

そう言って懐に忍ばせておいた魔法検定カードを手にし、名刺代りにジャーン!とその場にいる全員の前で見せびらかした。

「「「「「魔法使い……?」」」」」

「はいっ!魔界一年生、魔女になりたてピッチピチの美魔女、ナマエでっす!よろしくお願いしまーす!」

深々と90度直角に頭を下げて挨拶をかます私。は、多分今完全に浮いている。何と無くこの場の空気でそれだけは分かった。なんだよ、そんなに魔女が珍しいってか?

「まぁまぁ皆さん、てな訳で厄介もんを拾ってきた訳でしてねィ。料理班も今不在な訳ですし、どーです。こいつを家畜として暫くここに置こうかと思うんですが」

「いや、どーですって言われても…お前法度を忘れたのか。そんなの認められねぇに決まって」

「ようこそ我が真選組へ!さぁさっ!お部屋はこちらにご用意しておりますゆえ!」

「って聞けよお前らァァァァア!」

終始瞳孔が開きっぱなしの彼の雄叫びも虚しく、私はその他大勢の人達に存分にちやほやされつつもまんまと正式に寝床を確保する事に成功した。どうやら後から聞いたところ、この大人の色気をムンムンに醸し出している人物こそ、この世界では鬼の副長とも呼ばれ恐れられている土方さんという人らしい。因みに始めに沖田さん(この名前も後から本人に聞いた)が抹殺して欲しがっていた人物も土方さんだったらしい。イケメン同士の抗争か?とかどーでも良い事を考えつつも、興味がなかったのでその日はさっさと眠りについた。




「おいブタ、暇ならさっさとこれに酌しろィ」

「へいっ沖田隊長!ただいま!」

あれからなんやかんやと月日は無駄に流れた。当初の予定では今頃私は無事に元の世界に生還していた筈。なのに現実ってやつは中々シビアだ。一向に帰れる気配すら手掛かりさえもない。あれなにこれ。私一体何してんの?

「おっせぇよ。罰としてお前今から丸焼きな。さっさとその汚ねぇケツでも洗って下ごしらえでもしてこい」

「いやいやいや、沖田隊長それだけはご勘弁を。てかあの一つ質問してもいいですか?」

「無理」

「いや無理とかじゃなくてェェェエ!」

「うるっせぇな…おいそこのガキども、イチャイチャしてる暇があんなら攘夷志士共の新しいアジトの一つでも見つけてこい。あとナマエ、こっちにも酒」

「人を家政婦並にこき使うのやめてくださいよ土方さんまでェェエ!」

結局あれからどうする事も出来なくなった私は、あれよあれよと気付いたら真選組の女隊士に任命され、しかも何故か沖田隊長率いる一番隊へ入隊してしまったのである。幸い元の世界でも魔力より身体能力だけは優れていると先生にも太鼓判を押されていたせいか、自分でも意外に戦闘能力は高い方だった。まぁ刀を魔法のステッキと同じと考えたら話は早かった訳である。んで今は、昨日大量の攘夷志士達を一気に検挙した祝い、宴の真っ最中だったりする。早い話、今私あちらこちらからこき使われまくってます。つらたん。

「は!じゃなくて沖田隊長!だから質問なんですけど、私一体いつ元の世界に戻れるんですかね!?このままじゃ下手したらずーっとこの真選組にいる羽目になっちゃうんですけど!」

「あーうめぇ。やっぱ日本酒のお供にはブラックサンダーがよく合うわー」

「って話聞けよ!つーか絶対合わないでしょその組み合わせ!」

絶対さっきから耳に届いてるくせにわざと聞こえないフリしてるってこの人…まじ鬼。この数か月、何度同じ質問を投げかけても毎回これだ。そもそも本当にこの男は私を元の世界に戻してやろうとか思っているのだろうか。………いや、100%思ってないな。つーかそもそも非協力的だったしこの人。駄目だ…終わった。

「いやーそれにしてもナマエちゃんが真選組に来てから隊士達も全員明るくなったな!山崎なんて前以上に張り切ってミントンやり始めたし、こりゃ良い傾向だ!だーはっは!」

「いや近藤さん…ミントンは関係ねぇだろ完全に…」

「はいっ!この山崎退、ナマエちゃんが真選組に来てくれてからミントンの調子がうなぎ登りで本当に感謝感謝です!」

「いやだからミントンは関係な…はぁ…もーいい、ツッコむの面倒くせぇ…」

「それに何より、ナマエちゃんが来てくれてから沖田隊長の雰囲気も変わりましたよね!何か前より優しくなったというか何というか…仕事に関しても更に気を張って気合い入れてるのもよく分かりますし!」

「…………あぁ?」

それまで我関せず、みたいな顔をしてサクサクと引き続きブラックサンダーを食べ続けていた沖田隊長の顔がかなり歪んだ表情でこちら(てか山崎さん)を睨みつけた。ヒィっ!と肩を竦ませた山崎さんが私の背後にすかさず隠れてオドオドし始める。うん、気持ちは分かるけど言い出しっぺはあんただからね。私まで巻き込まないでくれ。

「おい山崎、何言ってんでィ。俺はいつだって神対応で仕事にも常に慢心してただろィ、このブタが来る前から」

「まだブタ言うかこのドS野郎」

「いいいいいいやぁ〜…!それはそうなんですけど…ほらなんというか…その、ねぇ副長ぉ?」

「いや俺に振るなよっ!」

ぎゃあぎゃあと責任の押し付け合いをする土方さんと山崎さんを無視して、するりとその場から離れた沖田隊長の後ろ姿を目で追う。他の人達には悪いが、何となくその後ろ姿が気になって後を追いかけた。沖田隊長が向かった先は、先ほどの大広間から近い吹き抜けの廊下だった。そこにゆっくりと腰を降ろして夜空を見上げる沖田隊長の横顔を満月が控えめに照らす。その表情が何だか苦しそうに見えて、思わず「あの、」と声を掛けた。

「なんでィ。こんな所まで付いてきても餌はやらねぇぞ」

「いや別にいらないです。…じゃなくて、大丈夫ですか?」

「あ?」

「なんか…ちょっと元気なさそうな感じがしたので」

「……………」

勘違いだったらすいません!そう頭を下げて沖田隊長からの返事をじっと待つ。どのくらいそのままの状態でいただろうか。ある程度静かに時は流れて、しまいにはそよそよと心地良い風が吹き抜けた、その時だった。

「お前はやっぱり元の世界に帰りてぇのか」

そう淡々と言葉を発した沖田隊長の声のトーンが、何故かいつもより数段低く感じて床に落としていた視線を上に上げる。

「え…?」

「まぁ、そりゃそうだよな。俺だってお前にさっさと帰って貰った方が好都合だと思ってた訳だし?」

「沖田隊長…」

「今は隊長って呼ぶのやめろィ。総悟でいい」

「………でも、沖田隊長」

「違ぇ。総悟、ほら呼んでみろィ」

「……………」

真剣な眼差しでこちらをじっと見つめる彼の表情にドキっとする。しまいにはどんどんその鼓動が大きくなっていって、まるで自分じゃないみたいだ。『総悟、』たったそれだけを口にするだけだというのに、何で今私の喉はカラカラで、何でこんなにも緊張してるんだろうか。

「……………そ、総悟」

「はい、もう一回」

「そ、総悟…」

「あともうひと押し」

「総悟…」

「はい、よく出来ましたー。ご褒美に後でビーフジャーキーやるよ」

「いや…全力でいらないですけど」

ふざけてるのか本気なのかもはやよく分からないテンションで何故か褒められる。そのまま呆然とそこに立ち尽くしたままの私に、「座れば」と気怠そうに、ん、と顎でご指名を頂いた。拒否するのもなんなので素直に腰を降ろす。風は未だそよそよと木々達を揺らし続けていた。

「ナマエ、お前はつくづく変わった女だな」

「え?」

「万年無気力のこの俺に、仕事の覇気まで出させやがって」

「……………」

「おかげで手ぇ抜こうにも抜けなくなっちまった。たった一つ守るもんが増えただけだっつーのに、おちおち居眠りも出来やしねぇ。いつ敵がお前を襲ってくるかと考えただけでゾッとしちまう」

「隊長…」

「あーあ、どーしたもんかなー…まさか女一人でこんなにも自分が変わっちまうなんて前代未聞でさァ」

そう言って、後頭部に腕を組んでバタリと後ろに倒れた彼の表情は至って真剣な顔だった。そのまま身を任せてそっと瞼を閉じた沖田隊長に、何故か私は触れたくて仕方がない衝動に駆られ、無意識に腕を伸ばして彼のサラサラとした前髪に触れた。

「私だって同じですよ」

「…………あん?」

「実は今口で言う程そんなに元の世界に帰りたいと思ってる訳じゃないから。だって何だかんだ皆優しくしてくれるし、何より毎日楽しいし……それに、」

「それに?」

一瞬、次の言葉を言うか言うまいか悩んだ。でも何となく言うなら今しかないとも思った。から、私は大きくその場で深呼吸をして、次に出てくる予定の恥ずかしい台詞に自分で自分の耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

「そ…総悟の側に居たい!……って思うから」

「……………」

「だ、だからその…!なんていうか…気持ちは一緒!…というか、あの、つまりその…って、きゃあっ…!!」

おどおどと話していた私の言葉を遮るように、無理やり強い力で腕を引っ張られて体制を崩す。次に気付いた時には沖田隊長に覆いかぶさるように胸の中に閉じ込められていて、ついに私のドキドキ度は最高潮に達した。

「あの…沖田隊長、」

「総悟」

「あ…はい、そ、総悟」

「なんでィ…」

「あの…すいません。苦しいです…あとドキドキしすぎて胸が破裂しそうです」

「そうか、じゃあ存分に破裂しろィ」

「いやちょっとそれだけは勘弁してくださ、」

「帰したくねぇな」

「………………え?」

聞き間違いかと思い、一瞬緩んだ腕の力を有効活用してスルリと上から彼の顔を見下ろす。そうは言っても視線は合わないだろうと高を括っていた私の予想に反して、その端正な顔が目の前にあってちょっと…いやかなり動揺した。そのまま反射的に後ろに下がろうとしたが今度は更に片手でガッチリと後頭部をホールドされてクルリと反転される。結果、押し倒されたのだと気付いたのはそれから約5秒後の事だった。

「…………帰したくねぇ」

ナマエ、ずっと俺の側にいろ。隊長命令だ。

そう言って有無を言わさず近付いてきた総悟の唇を当然にように受け入れた。卑猥な音を背景に、薄っすらと滲んだ涙まで丁寧に舐め取る彼の首にそっと腕を廻し、本能のままにキスを強請った。お互いいつから惹かれあっていたのか、だなんて振り返った所で意味なんてない。そしてこの先ずっと一緒に居られる保障も何処にもない。

それでも今完全に私は彼に溺れている。彼もまた同じように私を求めてくれている。ただ今は、それだけで充分なような気がした。


この結末を誰も教えないで

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